知らされた真実〜それぞれの選択〜

アンソニー編

17

「あの旦那様、奥様は何か悪い事をされたのでしょうか？」

ジェインのその質問にアンソニーとサイラスは息を呑んだ。

「何故そう思うんだ？」

内心穏やかにはいられないアンソニーは努めてそれを隠すのに必死でかなり低い声が出たのだが、ジェインはそれを威圧と捉えたようだった。

「出過ぎた真似を！も、申しわけございません！」

ソファから立ち上がり床に両膝をついて謝罪を始めるジェインの様子に、アンソニーは呆気に取られる。

「立て！立つんだジェイン！私は君を責めてはいない。ただどうしてそう思ったかを聞きたいだけだ」

アンソニーの言葉に平伏して謝罪していたジェインは促されるまま頭を上げたが、それが不思議だというように首を微かに傾げたのが見えた。それを見てアンソニーは困惑する。

(ジェインは如何してこんな態度を？これではまるで私が常に使用人にそうさせてるみたいではないか)

これまでのことを思ってもアンソニーには身に覚えがなかった、これまでアンソニーが使用人を馘首にした事など、ただの一度もないのだから。困惑したままサイラスを見ると彼も不思議に思っているように見えた。

「ジェイン、もう一度聞く、如何してそう思ったんだ？」

「あの、私はランディ様のお世話は苦ではありません、ですから、あの、ランディ様の侍女をこれからも、続けさせて貰えないでしょうか？その、お願いします」

主人の質問とはまるで違う答えを返すジェインにアンソニーは益々混乱する、この部屋に入ってから一言もそんな事を言っていないのに、如何してジェインはこうまで怯えるのだろうか？

「ジェイン」

未だに床から立ち上がろうとしないジェインにサイラスが同じ様に跪いて、彼女の背中を優しく叩きながら立つように促した。
すると漸くジェインは立ち上がり、キョロキョロと忙しなく目を動かしている。まるで、アンソニーとサイラスの態度が変でもあるかの様に、彼女の困惑が伝わってきた。

「旦那様は君の知ってる事を知りたいだけだ、私が請け負うよ。旦那様は理不尽に使用人を馘首に等した事はない」

サイラスの言葉にジェインは上目遣いで一瞬睨んだように見たが、直ぐに顔を伏せた。
アンソニーとサイラスはそれに気付いたが、取り敢えず今は彼女の話を聞くのが先決と、敢えてその疑問の態度を後回しにした。

「ジェイン話してくれ、如何してあの女が悪い事をしたと思ったのかい？」

ソファに座り直し此方を見たジェインの瞳が先程よりも少し力強く映って見える、さっきまでは怯えが感じられていた。

「暫く前に奥様に公爵家から手紙が届きまして、かなり焦っているようでした。何時もは必ずランディ様を罵倒しに来られますが、その手紙の後からは来なくなりましたので。それに執事さんから旦那様と奥様が離縁なさったとも聞きましたので。その突然の離縁と旦那様が奥様を『あの女』と呼んでらっしゃる件、それと公爵家からの手紙の後の奥様の焦り具合とを鑑みて、そう私が思っただけです。ただの推測を口に出してしまいまして、申しわけありません」

ジェインの言葉でチェルシーが毎晩ランディに悪態を吐いていたのをアンソニーは知って、その方に気を取られてしまった。

「如何してランディへの仕打ちを報告しなかったのだ」

「⋯⋯⋯⋯」

ジェインは頑なに口を開こうとはしなかった。
何度アンソニーが聞いてもサイラスが促しても駄目でそれからは一言も話そうとはしなかった為、アンソニーはジェインを下がらせる事にした。

「ジェイン、下がっていい。これからもランディを頼む」

アンソニーがそう言うと俯いていたジェインは急に嬉しそうにパアッと顔を輝かせて立ち上がり、頭を深々と下げて部屋を出て行った。

アンソニーは背凭れにドカッと体を預けてサイラスに聞く。

「何か変だ、私はひょっとしてランディに恨まれているのか？」

ジェインの態度で導いた問だったがサイラスは首を振って否定した。

「いえ旦那様、ランディ様はまだ4歳です。それに旦那様との関係は良好だと私はお見受けしていました。流石にランディ様の姿が演技だとしたら、あそこ迄になると、もう既に舞台俳優でございます、考えられません。ですが何かあるのは確かですのでお調べにならなければいけないとは思いますが」

「そうだな、私は知らない事が多すぎる」

アンソニーは目を瞑ったまま首を振った。