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来週には、学園に入学するというその日は、婚約者とのお茶会の日だった。
今月はジェトリー子爵家でのお茶会だ。
デリスは、1ヶ月ぶりに会えるアンドリューを思って、朝からソワソワしていた。おそらく上の空でもあったのだろう、朝食時口に入れようと千切ったパンが、口の中に到達する前に、うっかりポロリと落としてしまった。
「まぁ、どうしたのですか?食事を粗末になさって」
デリスの粗相を不躾に指摘した声が、隣から聞こえてきた。
デリスも素直な質であるから、誤魔化したりするのは苦手ではあるが、食事中の粗相は見て見ぬ振りをして、後で注意をするのがスマートだというのは知っている。
食事のマナーの授業も兼ねているなら、注意もありだが、今はそんな時間ではない。
(あぁまた)
隣から声を上げたのは、1ヶ月前からジェトリー子爵家に居候しているアイリスだった。
思わずデリスは心の中で呟いたものの、自分が粗相をしたのは間違いない。隣からの声に、嫌だなという表情をしながらも、謝罪はしなければと心とは違う声を出す。
「し、失礼しました」
アイリスが、声を上げるのはマナー違反ではない。あくまでもスマートではないという事だから、指摘されたら無作法を詫びなければならなかった。
「いい「いいよ、デリス」」
アイリスが、言いかけた言葉を、アイリスと同じ頃に留学先から帰ってきた、デリスの兄のマリウスが態と遮った。
マリウスは初めて会った時から、どうやらアイリスが気に食わないようだ。しかも不思議なことに、マリウスの行った他者の言葉を遮るというマナー違反を、アイリスは指摘しない。
不穏な空気の漂う食堂で、デリスは気不味くて紅茶を急いで飲み干した。
「こ、これで失礼します」
「デリス。今日は、こちらだろう?」
「えぇお兄様もご挨拶されますか?」
「いや、今日は遠慮しておこうかな。たまにしか会えないんだから部外者は、居ない方がいいだろう」
マリウスは、態とアイリスを牽制するようにデリスに答えた。直ぐに顔に出るデリスは、兄の気遣いが嬉しくて、今の今まで眉間に寄せていたシワがぴゅんと伸びて、ぱぁっと顔を輝かせた。それから急いで食堂を出ようと立ちあがる。
残されたアイリスは、何事もなかったように、食事を続けるようだった。その背中を見て、デリスはホッと息を吐いた。
1ヶ月前から、ジェトリー子爵家にやって来たアイリスの事を、デリスは苦手に思っている。何をされたわけでもない、強いて言うなら面倒臭いのだ。
アイリスは、ジェトリー家に来る前に、ドンテ子爵夫人に付け焼き刃的にマナーを詰め込まれたらしい。相当なスパルタだったらしく、苦労したのはデリスにも分かる。
何せ貴族令嬢が、幼い頃から学ぶマナーを、短期間で形にしようとされたのだから、その苦労は大変な物だと思うから同情もする。だがデリスは、その同情はどちらかというと、メアリーおば様の方に向けていた。
何故なら、やって来たアイリスは、どうしてそれをされたのか、あまり理解していないようだったからだ。
ただ単に、メアリーに虐められたと感じているようだと、その情報をくれたのは、アイリスと一緒に子爵家にやって来た、ダンテ子爵家のメイドのメイリンだった。
彼女は、アイリスの専属メイド兼ダンテ家への報告係としてジェトリー家に来たらしい。
そしてこの1ヶ月間、デリスはアイリスから事ある毎に、無自覚の嫌味を言われ続けていた。
例えば。
デリスの専属メイドのベスと、二人で話しながら廊下を歩いている時、呼び止められて指摘される。
「廊下は静かに黙って歩かなくてはいけないのでしょう?」
先日、ロイドの執務室に学園入学前だからと二人揃って呼ばれた時も。
デリスのロイドに対する挨拶が、目についた模様で
「目上の方に対して、その挨拶は如何な物でしょう?」
と、アイリスがデリスに苦言を呈した。これには、ロイドが面食らった。
確かにデリスはロイドに「お父様、何か御用ですか?」と、執務室に入って直ぐに尋ねた。
その時アイリスは、先に執務室でソファに座って待っていた。
デリスの問いかけにロイドが、いつものように「あぁそこにお座り」と言う前に、先程の指摘をアイリスがしたのだ。
確かに、デリスの言葉は目上のものに云々という指摘は間違いではない。だが、デリスはロイドの娘だから、この場合は当て嵌まらない。アイリスがそこに居ると言っても彼女は居候の立場だから、客人とも違う。
ロイドはアイリスに、そう説明したのだが、アイリスは首を左右に振った。
「ですが、私はハリスに、指摘されました」
要は、アイリスは自分の立場を、弁えられずにいたのだろうし、今も分かっていない。ロイドは生意気なアイリスを直ぐに激高するほど器も小さくなかった為、一度は許す事にして、やんわりとその事を指摘した。
それ以降のアイリスは、ロイドとアリス、マリウスに対するデリスの事は見逃す事にしたらしく、その点だけは指摘しないように改善したらしい。
だがそれ以降も、デリスの行動をイチイチ自身の学びに照らし合わせて指摘するアイリスを、デリスはとても面倒臭いなと感じていた。
平民のアイリスの言葉遣いを、短期間で劇的に矯正したメアリーを、デリスは感服している。デリスにはとてもじゃないが無理だ。
こんな面倒臭い人とは、正直友人にもなりたくない。
同じ学園に通う事になるけれど、極力関わらないようにしようと思っていたし、家の中のアイリスのそんな指摘も、度がすぎるようなら素知らぬ振りをしても良いと、デリスはロイドに許されている。
だがアイリスは、デリスの愛しのアンドリューの前でも、変わらなかった。
今月はジェトリー子爵家でのお茶会だ。
デリスは、1ヶ月ぶりに会えるアンドリューを思って、朝からソワソワしていた。おそらく上の空でもあったのだろう、朝食時口に入れようと千切ったパンが、口の中に到達する前に、うっかりポロリと落としてしまった。
「まぁ、どうしたのですか?食事を粗末になさって」
デリスの粗相を不躾に指摘した声が、隣から聞こえてきた。
デリスも素直な質であるから、誤魔化したりするのは苦手ではあるが、食事中の粗相は見て見ぬ振りをして、後で注意をするのがスマートだというのは知っている。
食事のマナーの授業も兼ねているなら、注意もありだが、今はそんな時間ではない。
(あぁまた)
隣から声を上げたのは、1ヶ月前からジェトリー子爵家に居候しているアイリスだった。
思わずデリスは心の中で呟いたものの、自分が粗相をしたのは間違いない。隣からの声に、嫌だなという表情をしながらも、謝罪はしなければと心とは違う声を出す。
「し、失礼しました」
アイリスが、声を上げるのはマナー違反ではない。あくまでもスマートではないという事だから、指摘されたら無作法を詫びなければならなかった。
「いい「いいよ、デリス」」
アイリスが、言いかけた言葉を、アイリスと同じ頃に留学先から帰ってきた、デリスの兄のマリウスが態と遮った。
マリウスは初めて会った時から、どうやらアイリスが気に食わないようだ。しかも不思議なことに、マリウスの行った他者の言葉を遮るというマナー違反を、アイリスは指摘しない。
不穏な空気の漂う食堂で、デリスは気不味くて紅茶を急いで飲み干した。
「こ、これで失礼します」
「デリス。今日は、こちらだろう?」
「えぇお兄様もご挨拶されますか?」
「いや、今日は遠慮しておこうかな。たまにしか会えないんだから部外者は、居ない方がいいだろう」
マリウスは、態とアイリスを牽制するようにデリスに答えた。直ぐに顔に出るデリスは、兄の気遣いが嬉しくて、今の今まで眉間に寄せていたシワがぴゅんと伸びて、ぱぁっと顔を輝かせた。それから急いで食堂を出ようと立ちあがる。
残されたアイリスは、何事もなかったように、食事を続けるようだった。その背中を見て、デリスはホッと息を吐いた。
1ヶ月前から、ジェトリー子爵家にやって来たアイリスの事を、デリスは苦手に思っている。何をされたわけでもない、強いて言うなら面倒臭いのだ。
アイリスは、ジェトリー家に来る前に、ドンテ子爵夫人に付け焼き刃的にマナーを詰め込まれたらしい。相当なスパルタだったらしく、苦労したのはデリスにも分かる。
何せ貴族令嬢が、幼い頃から学ぶマナーを、短期間で形にしようとされたのだから、その苦労は大変な物だと思うから同情もする。だがデリスは、その同情はどちらかというと、メアリーおば様の方に向けていた。
何故なら、やって来たアイリスは、どうしてそれをされたのか、あまり理解していないようだったからだ。
ただ単に、メアリーに虐められたと感じているようだと、その情報をくれたのは、アイリスと一緒に子爵家にやって来た、ダンテ子爵家のメイドのメイリンだった。
彼女は、アイリスの専属メイド兼ダンテ家への報告係としてジェトリー家に来たらしい。
そしてこの1ヶ月間、デリスはアイリスから事ある毎に、無自覚の嫌味を言われ続けていた。
例えば。
デリスの専属メイドのベスと、二人で話しながら廊下を歩いている時、呼び止められて指摘される。
「廊下は静かに黙って歩かなくてはいけないのでしょう?」
先日、ロイドの執務室に学園入学前だからと二人揃って呼ばれた時も。
デリスのロイドに対する挨拶が、目についた模様で
「目上の方に対して、その挨拶は如何な物でしょう?」
と、アイリスがデリスに苦言を呈した。これには、ロイドが面食らった。
確かにデリスはロイドに「お父様、何か御用ですか?」と、執務室に入って直ぐに尋ねた。
その時アイリスは、先に執務室でソファに座って待っていた。
デリスの問いかけにロイドが、いつものように「あぁそこにお座り」と言う前に、先程の指摘をアイリスがしたのだ。
確かに、デリスの言葉は目上のものに云々という指摘は間違いではない。だが、デリスはロイドの娘だから、この場合は当て嵌まらない。アイリスがそこに居ると言っても彼女は居候の立場だから、客人とも違う。
ロイドはアイリスに、そう説明したのだが、アイリスは首を左右に振った。
「ですが、私はハリスに、指摘されました」
要は、アイリスは自分の立場を、弁えられずにいたのだろうし、今も分かっていない。ロイドは生意気なアイリスを直ぐに激高するほど器も小さくなかった為、一度は許す事にして、やんわりとその事を指摘した。
それ以降のアイリスは、ロイドとアリス、マリウスに対するデリスの事は見逃す事にしたらしく、その点だけは指摘しないように改善したらしい。
だがそれ以降も、デリスの行動をイチイチ自身の学びに照らし合わせて指摘するアイリスを、デリスはとても面倒臭いなと感じていた。
平民のアイリスの言葉遣いを、短期間で劇的に矯正したメアリーを、デリスは感服している。デリスにはとてもじゃないが無理だ。
こんな面倒臭い人とは、正直友人にもなりたくない。
同じ学園に通う事になるけれど、極力関わらないようにしようと思っていたし、家の中のアイリスのそんな指摘も、度がすぎるようなら素知らぬ振りをしても良いと、デリスはロイドに許されている。
だがアイリスは、デリスの愛しのアンドリューの前でも、変わらなかった。
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