ミリアーナの恋人

maruko

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「ミリアーナ貴方これからどうしたいかしら?」

 アリーラに唐突に聞かれてミリアーナは固まった。質問の意味が分からなかったからだ。

 朝食が終わりミリアーナは執務室という所に連れてこられた。そこは昨日通された部屋とは違う部屋だったが中の印象は同じ様に茶系で纏められていた。
 頑丈そうな机の周りの壁に本がぎっしり詰まった本棚がある。あの机動かすの重そうね、動かせるのかな?等と他の者が聞けば笑うような事をミリアーナは思っていた。
 その机に座ったアリーラの前に立った時、先程の質問をされたのだ。

「どうとは?」

「昨日こちらの勝手な話ばかりしてよく考えたらあなたの事はあまり聞いてなかったように思ったの。それにセルヴィもルクオートの事やライヤの事など貴方の言い方では話すつもりだったけどまだ話せてなかった、と言う事でしょう?」

「はい、そうだと思います」

「では貴方何故うちに来ようと思ったのかしら?」

 アリーラの疑問は当然だとミリアーナは思った。何故ならミリアーナが話してないからだ。だけど昨日セルヴィの話を聞く前ならペラペラ話せたが、今は彼に対して蟠りはなかった。だからありのままを話したら、育ててくれたセルヴィの悪い印象を、アリーラに与えてしまうのではないかと躊躇してしまった。

 躊躇うミリアーナにアリーラは目で、言ってご覧なさいと問いかけている。
 ミリアーナは貴族って目で話せるんだと祖母なのに少し怖さを感じた。

「あの、誤解しないで欲しいんです。昨日お祖母様に教えてもらってからは、セルヴィさんに対しては感謝しかないんです。でも家を出た時は違う感情だったから」

「分かったわ」

 アリーラは微笑んで先を促すけれど目が笑ってない。大丈夫かな?と思いながらもミリアーナは誤魔化す話を用意していなかったから、咄嗟に嘘をつけなかった。
 それでありのままを話した。

「私、セルヴィさんを本当のお父さんだと思ってたから、もう一つ自分とは関係ない家族が居たのが悲しくて、そこに自分が含まれていなかった事も悲しくて、どうせ追い出されるなら自分から出て行こうって思ったんです。ブローチを貰った時の事を忘れてなかったから、頼れるのがあのブローチだけだったので。何故か記憶の貴婦人が自分の祖母なんじゃないかって漠然とは思っていたので」

 ミリアーナの話を聞いてアリーラは椅子から立ち上がった。そうしてミリアーナに「こっちに来てくれる?」と言った。ミリアーナが近づくとアリーラは彼女を抱きしめた。

「寂しい思いを貴女に強いてしまってごめんなさい。全て私のせいだわ、あの時もっと違う方法があったのかもしれないのに、これが最善と思い込んでしまった」

 アリーラの流す涙にミリアーナが戸惑った。

「あのでも私、これで良かったと思ってます」

 ミリアーナが言った言葉にアリーラの方が驚いた。もっと詰ったり恨み言や卑屈な事を言われてもしょうがないと思っていたからだ。

「私を恨んでない?セルヴィを恨んでないの?」

 ミリアーナはアリーラの言葉にギョッとした。

「うっ、恨むなんて、ないです!セルヴィさんも酷いってあの時は思ったけど話を聞いて仕方ないと思いましたし、これからも恨んだりはしないです。ただ貴族の事をよく知らなかったから、今は自分が貴族と言われてもちょっとどうかな?って思ってますけど」

「ふふ、ミリアーナは面白い子ね」

 ミリアーナを抱きしめていた手を離してハンカチで目元を拭きながらアリーラは笑った。今度は目も笑っていてミリアーナはホッとした。

「では貴族として今後生きていく気はある?」

「⋯⋯あの、一つだけお願いがあるんですけど」

「何かしら?」

「お母さんに会えませんか?私を娘と思っていなくてもいいんです。ただちょっとだけお喋りしたいなって。王様の奥さんだから難しいって思いますけど」

「⋯⋯⋯そう、ソフィアに会いたいのね」

 ミリアーナが頷くとアリーラは再び椅子に腰掛けた。そしてミリアーナにソファに座るように手で促す。

「顔を見る程度ならすぐにでも出来るけど会話となれば難しいわ。それは貴方を会わせたくない訳じゃないの。ソフィアは側妃という身分だから、やはり教養のある者じゃなければ娘といえど近づくのは厳しいのよ」

「そうですか、王様は私の事を知ってますか?」

「知ってるわ、でも敢えて関与しないようにされてると思う。陛下にしてみれば複雑なお気持ちでしょうから」

 ミリアーナはどうしようか悩んだ。
 母親の話を聞いてどうしても会ってみたくなったのだ。会って話してみたかった。

「もし、会えたとしてもミリアーナには辛いかもしれないわ、ソフィアは本当に貴方を産んだことすら覚えていないのよ」

「いえ娘としてではなくてもいいんです。ただ話したくて、何でもいいんですけど。声を聞きたいっていうか、上手く言えないんですけど」

 アリーラはミリアーナの気持ちが母への思慕だと気づいた。ミリアーナは無意識にまだ見ぬ母に焦がれているのだと分かった。
 それは今のソフィアを考えたら難しいかもしれないが、ミリアーナの気持ちを優先したいと思った。

「会う方法は私と同行すればいいけど、話すとなると今のままでは無理ね」

「如何すれば」

「貴族として勉強出来る?ソフィアの事は関係なしに貴女に私の跡を継いでもらえたらとは思っていたの、でも押し付ける気持ちはなかったのよ。貴族籍を抜けるのは何時でも出来るから。ただ貴方の未来の為にライヤは籍をいれたの、貴族籍って入るのはとても難しいから」

「貴族じゃなくなるのは簡単ってことですか?」

「そうよ、ただ除籍するだけだもの。何時でも手続きは出来るわ」

「でも平民になったらお母さんには会えませんよね」

「会えなくはないけどかなり難しいわね」

「じゃあ私、貴族のままで勉強します!ってこんな動機じゃ駄目でしょうか?」

「駄目じゃないわ、それでやる気が継続するなら。とても簡単なことではないから大変だけど頑張れるかしら?」

「はい!何をすればいいか全く分かりませんけど頑張りたいです」

 ミリアーナは大きな声で返事をした。

「ふふ、やる気が満ち溢れてるのね。では先ずその大声はだめよ」

 勉強が始まる前からアリーラにダメ出しをされてミリアーナは(うわぁ私頑張れ!)と心の中で自分にエールを送った。

「貴方を貴族籍に入れたのもそのままにしているのも、もう一つ理由があるの。実はソフィアの記憶が戻った時に喪失していた間の記憶がなくなってしまったと言ったでしょう」

「⋯⋯⋯⋯はい」

「あの時の医者は王宮の医官だったの、腕は確かな方だった。その方が無くした記憶が突然戻るかもしれないと言ってたの」

「⋯⋯私の事を思い出すかもって事ですか?」

「えぇ、確信はないそうよ。でも記憶喪失だったのに突然思い出せたでしょう、その逆も然りと医官は言ってた。ソフィアね侯爵家に帰ってきた時にずっと大きなお腹を庇ってたわ、大事そうにしていたの。だからライヤはソフィアがあなたを産んだことを思い出した時の事を考えて自分の籍に入れたのよ」

 ミリアーナは会ったことがない、もう会うことが出来ない戸籍上の父である伯父に心の底から感謝した。





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