婚約を解消いたしましょう

maruko

文字の大きさ
1 / 25
第一章 初恋の終わり

1

しおりを挟む
「それでは、婚約を解消しようと思います」

 ──カチャン──

 ロッサルト公爵家での祝いの晩餐の最中、デザートに差し掛かり、そろそろいいかな?と云うふうに、父ロッサルト公爵の問いかけに対して、ユリアーナの返したその応えに、一番動揺したのは問いかけた父でもなく、招待された婚約者家族でもなく、ユリアーナの義母エリーヌだった。
 彼女は震える指先がままならず、思わずスプーンをソーサーに落してしまった。
 その彼女の心を慮ったユリアーナは義母に申し訳ないと思い、それ以上言葉は続けず長い睫毛を伏せた。

「も、申し訳ありません」

 義母エリーヌの口から出た謝罪の言葉は、食器の音を立てた無作法に対してか、今日まで慈しんだなさぬ仲のユリアーナの婚約を壊したのが、自身の連れ子だったという事実に対してなのか、それはユリアーナには分からなかった。

 心の中で大きく嘆息するユリアーナ

 ユリアーナ・ロッサルトは今日3年間通った王立貴族学園を卒業した。
 この晩餐の席は彼女の卒業祝いの為に用意された物であった。

 お祝いの席で自身の婚約解消を願わなければならないなんて。

 (どうしてこんな事になってしまったのか)

 ユリアーナの見つめる先には、婚約者であるオスカーが座っており、無表情でユリアーナを見ていた。


 ◇◇◇


 ユリアーナとオスカーの婚約が調ったのは、彼女が貴族学園に入学する直前だった。

 女王陛下の統べるこのライレーン王国には、近隣諸国と異なる事柄が大なり小なりある。
 それは女王陛下が幼き頃より外交に力を入れ、自身で諸外国に赴き、取り入れる事と切り捨てる事の選別を行った結果だった。

 陛下の改革の一つに学園の有り様があった。

 王立学園は王立貴族学園と名を変え、その名の通りこの学園には貴族しか通えず、またそれは強制でもあった。
 その代わりに設立したのが無償で通える平民向けの領立学園だった。
 こちらの主体は各領主に一任し運営は各領内の税収にてする事となり、足りない分は国からも補助金を申請させる事にした。
 そしてこの学園運営の評価が、各貴族家の評価と定めたのだ。

 貴族しか通わない学園では、完全に小さな社交界となり、学内の教育は貴族としての自覚を持たせることに重きを置く事になる。

 これは市井から流行が始まった読み物の影響で、一番重要視しなければならない貴族間の婚約を、軽んじる風潮に待ったをかける為であった。
 女王陛下が即位する前は婚約破棄や解消などを、卒業式や公の夜会など衆人環視の中で行われ、貴族家では“負”でしかない事案が相次ぎ、衰退する貴族、特に上位貴族で傾く家が多くあったが、陛下の学園改変により改善されたおかげで、各家の当主は安心して学園入学前に婚約を結ばせる事が可能になった。

 ユリアーナの父であるユリシーズ・ロッサルト公爵は、溺愛する愛娘の婚約を慎重に吟味した。
 ユリアーナはロッサルト公爵家の嫡女である。
 将来はロッサルト女公爵として領地経営に手腕を発揮してもらわなければならない、そんな彼女を心身共に支えられる男を探した。

 そして送られて来た数多の釣書の中から見つけたのが、ルルベルド伯爵家の次男オスカーだった。オスカーはユリアーナの一つ年下ではあったが、家庭教師から優秀な成績だと聞いていたし、何より彼は優しい少年だと評判で、身分の低い者にも毅然とした態度ではあるが見下したりは決してしないと、公爵は身辺調査で確認してオスカーならばユリアーナは幸せになれると確信して婚約を纏めた。

 ユリアーナは父から婚約者の名を聞いた時まさかと思った。
 父はひょっとして知っていたのかと少しだけ疑ったが、ただの偶然だったようで安心した。何故ならオスカーはユリアーナの初恋の相手だったから。自分の初恋を父が知っているなんて恥ずかしい事この上ない。

 彼との出会いをユリアーナは鮮明に覚えている、彼の言葉のおかげでユリアーナの心はとても慰められ、嫡女であろうという気力も湧き覚悟もできたのだから。

 残念ながらオスカーの方は忘れているようで、ユリアーナとの初顔合わせで、何も名言しなかったから少しだけ寂しく思った。

 オスカーから「初めまして」と挨拶された時は、ツキンと胸が傷んだ。
 忘れてしまった相手に覚えていないのかと言うのも野暮だと思い、それ以降初めてあった日の事をユリアーナからオスカーに言う事はなかった。ただ心の中では「ありがとう」と感謝の気持ちを持っていた。そしてその出会いを結婚式のあとに打ち明けようと、密かに思ってもいたのだった。

 だがユリアーナは話して於けば良かったと知った時は後悔して泣いた。そうすればここまでモヤモヤすることも無く惨めにならなかったかもしれない。喩え結果は変わらず同じだったとしても、まだスッパリと諦めがついたのではないだろうか。

 オスカーは、ユリアーナとの思い出を彼女の義理の妹のマリアンナだと勘違いしてしまっていたのだ。そして控えめで大人しいマリアンナは、オスカーから聞く出会いに身に覚えはないが、きっと自分が忘れているだけなのだと、オスカーの勘違いを訂正することなく話を合わせていた。

 それがのきっかけだと知ったのは、ユリアーナとオスカーが婚約して3年が経とうとするつい先日の事だった。オスカーから婚約解消の打診を受けた日だ。

 勘違いを知って数日経った今もユリアーナは訂正できていない、今更言ってもオスカーの気持ちは変わらないだろうと思う。
 ユリアーナはこれ以上惨めな気持ちにはなりたくなかった。




 ✎ ------------------------


 新連載です、久しぶりの恋愛カテ
 緊張しております- ̗̀(๑ᵔ⌔ᵔ๑)

 2章の予定ですので途中で短編から長編になる可能性があります。

 先ずは1章12 話から
 よろしくお願いします🙇‍♀



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

婚約は破棄なんですよね?

もるだ
恋愛
義理の妹ティナはナターシャの婚約者にいじめられていたと嘘をつき、信じた婚約者に婚約破棄を言い渡される。昔からナターシャをいじめて物を奪っていたのはティナなのに、得意の演技でナターシャを悪者に仕立て上げてきた。我慢の限界を迎えたナターシャは、ティナにされたように濡れ衣を着せかえす!

完結 愛される自信を失ったのは私の罪

音爽(ネソウ)
恋愛
顔も知らないまま婚約した二人。貴族では当たり前の出会いだった。 それでも互いを尊重して歩み寄るのである。幸いにも両人とも一目で気に入ってしまう。 ところが「従妹」称する少女が現れて「私が婚約するはずだった返せ」と宣戦布告してきた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

処理中です...