【本編完結】婚約を解消いたしましょう

maruko

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第二章 アトルス王国にて

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 淡いブルーグレーのマーメイドドレスがトルソーにかけられているのを見た時、ユリアーナは思わず感嘆の声を上げた。
 申し込まれて1ヶ月という短い期間で準備されたドレスは、公爵家お抱え針子を総動員して頑張って貰ったと聞いて、その手配をしてくれた伯父と伯母にユリアーナは心から感謝するのだった。
 勿論夜鍋してくれたお針子達へ差入れは忘れない。

 袖は手首まで同色の透かしで所々にレースの刺繍で飾られて、裾は同色のフリル、大人っぽくなりすぎなデザインと色が、バックの腰部分に同布で大きなリボンがあしらわれているから、ユリアーナの歳でも違和感はないと思う。

 ダイナスの瞳の色は同系色の青だが、彼はサファイアブルーなので勘違いされることもないだろう。何より衣装はパートナーに合わせなければならないが、お揃いはご勘弁、周りの勘違いもご勘弁。
 それを考えてのドレスならこれがベストだと、伯母と母の見立ては流石だと、ユリアーナもこのセンスを見習わないといけないなと感じた。

そして1ヶ月前に起こった事を思い出し気を引き締めるのだった。

 今回の夜会はアトルス王国から1年前にライレーン王国が招待された、アトルス王国王太子の婚約式を兼ねた夜会だ。ダイナスには公務にあたる。

 公務のパートナーを行き当たりばったりで選ぶなど言語道断と、手紙で打診のあった翌日ユリアーナはダイナスに噛み付いた。
 静寂な図書室では思い切って噛み付けないので、会った早々に外に連れ出したのは言うまでもない。

「ダイナス様、どういうことですか!」

 ユリアーナの開口一番の噛みつきにダイナスは苦笑しながら事情という名の言い訳を始めた。

「いや、ごめんごめん。実は決めていたパートナーに不都合が出来てさ。どうしたもんかと考えてたら思いがけず丁度良いのが留学してきたから」

「丁度良い?」

「あぁ」

 相槌を打ちながら掌でユリアーナを指すダイナスに呆れたが、丁度良いというのはきっとダイナスの本心で、尚且つユリアーナが暗くならないように態と無神経を装っている事に気づいた。
 本来ならここは失礼だ、傷ついたと怒るべきなのかユリアーナは迷ったが、ダイナス向こうが無神経を気取るなら戯けて合わせようと思った。

「ふうん、丁度良いねぇ。私の婚約解消を丁度良いとは、ダイナス様私傷つきましたわ」

「ランチの5センチハムで許してくれ」

「⋯⋯⋯許します」

 実はまだ燻っているオスカーの思いをダイナスは感じて、こうやって茶化す事で薄れさせようとしているのだと、ユリアーナはそれがダイナスの心遣いだと理解した。これが見ず知らずの人にされたら本当に傷つくが、1年間同じ倶楽部で親交があったからこそ、ユリアーナの気の紛らわせ方をダイナスは知っていて成立した事なのだろう。


「ところで決めてたパートナーはよろしかったのですか?」

 約束したランチで、5センチの分厚いハムにナイフを入れながらユリアーナが聞くと、ダイナスは困った様に顔を顰めた。

「あぁまぁまだ相手には正式に打診はしてなかったんだ。だけどそのつもりでドレスを贈る準備もしていたのだけど」

「そこまで段取りされていて何故?」

「その相手が私に好意があるとわかったから、不味いと思ってな」

「⋯なるほど、ダイナス様はそんな気はなかったのですか?」

「あくまで学友で留学仲間だと、向こうもそう言っていたから気安くしすぎた。母上曰く私の不徳の致すところだそうだ」

「でしょうね」

 会話の遣り取りでユリアーナは決まっていたパートナーが、誰だったのかを察した。そう思ったらダイナスを責められなくなってユリアーナは「しょうがないですね」と頷いたが目が哀れんでいたかもしれない。


 ◇◇◇


 ランチを終えて午後の講義に出る為、急ぎ足で歩くユリアーナは突然腕を引かれた。危うくバランスを崩して転ぶところだったが、何とか持ち堪えて、誰がこんな事を?と相手を見ると、先程まで話題に登っていた打診前のパートナーの姿が目に入った。

「どういうおつもりですか?ルビィン伯爵令嬢」

 ユリアーナの一つ年上の令嬢が、目を釣り上げてユリアーナを睨んでいた。

「それはこちらのセリフだわ。横から入り込んだのは貴方じゃないの!」

 ユリアーナは彼女を知っている。母国の学園では成績も優秀で淑女として尊敬できる先輩だとユリアーナは思っていた。派閥も違うし家同士の交流を持ったこともない相手だったから、親しく言葉を交わすこともなかった。だがこんな事をするような人じゃなかったとも思っていた。

「どうして、告白なんてしちゃったんですか?」

 引っ張られた腕が彼女の爪で少しだが血が滲んでる上に、散々に睨みつけられていたから相手の気持ちなどお構いなしにユリアーナは彼女の心を抉った。

 そもそも、今までダイナスの前で心を隠して、完璧に学友のポジションをガッチリ掴んでいたのに、それをあっさりと彼女は手放した。そんなに自信が合ったのだろうか?それとも自信がなかったからだったのかな?と質問してからユリアーナを思った。

「貴方が、貴方が留学なんかしてくるからじゃない!」

 その言葉にユリアーナはキョトンとした。そして気づいた、彼女はユリアーナが留学したのだと思っている。
 ユリアーナの留学は3年も前に決まっていたから、婚約解消の方がイレギュラーなのだが、世間はそうは思っていなかったのだろう。

 恋とは思い込みとご都合な思考によって成り立つのだとユリアーナは身を持って知っていた事を再確認した。

 ここにも自分と同じく恋する人がいたんだとユリアーナは悲しくなった。

 オスカーもきっとマリアンナに違和感を感じた事もあったかもしれない、初恋の相手ではないのではと思ってもそれを自分の中で“恋”というスパイスで気のせいだと変換した。
 ユリアーナもそうだ、顔合わせの時「初めまして」と言われて悔しかったけど、いつかオスカーが気付いて、再会を喜んでくれるかもと期待した。マリアンナに傾倒していくのがわかっても“恋”という名の元に“いつか”を待っていた。

 ルビィン伯爵令嬢もきっとユリアーナと同じだ。
 学友でもダイナスが自分の気持ちに気づいてくれて二人は結ばれると夢を見ていた。だから長期に及んでも期待を止められなかった。だがそこに傷心のユリアーナが留学してきて、しかもダイナスが気に掛ける。ユリアーナは彼女の気持ちが痛いほど分かる、分かるけどこんな事をしてはいけないというのも分かる。

「ルビィン伯爵令嬢、それは⋯」

 勘違いです、というのをユリアーナは止めた。

 今それが彼女の欲しい言葉だろうか?

 その一瞬の躊躇いが彼女を悪い方向に導いてしまった。

 ──バチン──

 ユリアーナは突然の事で避けられなかった。左頬がジンジンと熱を帯びている。思いもかけない事だったので、ユリアーナは重力に逆らえずその場に勢いで転倒してしまった。

「何をしているんだ!」

 左目はおそらく腫れていて、右目は痛みから涙に潤んでいたから、声が誰かはユリアーナにはピンとこなかった。
 ただ薄れる意識の中で黒髪が見えたような気がした。





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