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maruko

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第二章 アトルス王国にて

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 叩かれたユリアーナは気を失っていたようで、気づいたときは体が揺れていた。
 自分の現状を把握できずに揺れるがままになっていたら、ふとベージュのシャツが目に入り誰かに抱き上げられている事に気づいた。

「えっ?」

「あっ、気がついた?災難だったね。もうすぐ医務室だから。顔相当腫れてるよ」

 その話し方と合間に見えた八重歯で、ユリアーナは自分を運んでくれているのがシモンだと分かった。

「ごめんなさい、ご迷惑おかけしてしまって」

「気にしないで、偶然だけど通りかかって良かったよ」

 彼女はあれからどうなったのかと聞きたかったが止めておいた。あの行動を取らせてしまったのには、ユリアーナにも責任があるように思えて言葉が出せなかった。

 ユラユラユラユラ

 抱き上げられたまま揺れるに身を任せていたユリアーナは、それを周りがどの様に見ているかなど、気に掛ける余裕がなかった事を後で悔やむ事になる。

 医務室で医師に診察を受けると、腫れた頬を冷やしながらベッドで安静にするように言われる。
 シモンは心配そうに医務室の簡易ベッドの横に座って迎えを手配した事を告げてくれた。

「ありがとうございます」

 頬が腫れているからか話し難かったが、伝わったようでシモンは微笑んで頷いてくれた。
 暫くすると知らせを受けたダイナスもやって来て、申し訳なかったと散々に頭を下げられた。

 連絡を受けた公爵家からはマールとルーカスが迎えに来た、ゆっくり立ち上がろうとしたけれど、ユリアーナが思っていたよりも体へのダメージが大きかったようでフラフラとふらついてしまう。自分で歩くのは諦めて、ルーカスに馬車まで運んでもらったが、その横に付き従いながらマールは泣きそうになっていた。

 夜、部屋で休んでいるとエリーヌがやって来て、額から頭にかけて撫でてくれたが、その目は潤んで見えた。

「ユリアーナ可哀想に、痛かったでしょう」

 何だか言い方が幼子に言っているようだったが、ユリアーナは胸にジンと込み上げて来るものがあって涙が溢れる。

 (お母様の手はとても温かい)

 義母はユリアーナを本当に慈しんでくれた、それを常からユリアーナは感じていたし感謝もしている。それでも何故かこの手には変えられない、そう思う事が義母への裏切りのようで胸も痛む。この感情は何なのか、ユリアーナには言い表す言葉を見つけられなかった。


 ルビィン伯爵令嬢が謝罪に来たのは翌日だった。まだ顔が腫れていたので、学院を休んでいたユリアーナはその時ベッドの上で本を読んでいた。

 腫れた顔で会うのはあまり気が進まなかったが、ルビィン伯爵令嬢が自分が何をしたかを分かってもらうにはいいかもしれないと、伯母が薦めたので面会する事にした。

 倒れた時にユリアーナはどうやら脳震盪を起こしていたようで、まだベッドからは出られない。彼女は部屋へと案内されて来た。

 ルビィン伯爵令嬢はユリアーナの腫れた頬を目の当たりにして驚いて自分の口元を押さえていた。どんなに力を込めて打ったのか分かったのだろう、直ぐに深々と頭を下げて謝罪を繰り返した。

「本当に申し訳ありませんでした、ごめんなさい本当にごめんなさい」

 謝罪が途中から取り乱し始めたからユリアーナは止めた。

「もう良いのです、私も貴方の傷を抉ってしまいました、誰よりも気持ちがわかるはずなのに。その点に関しては申し訳なかったと謝罪いたします」

 ユリアーナは自己満足だと思ったが、自らも謝罪した。したところで彼女の傷ついた心が晴れない事は分かっていた。

「いえ、宜しいの、自分でも思っていたのよ。どうして言っちゃったのかしらって。でもあの時は言わなければ!何て思ってしまったのよ。それを貴方に図星を指されて、我を忘れてとんでもない事をしてしまったわ。本当にごめんなさい」

 そう言った彼女にユリアーナは謝罪を受け取り許すと伝えた。ルビィン伯爵令嬢は、このまま一週間謹慎したあと帰国する事が決まったそうだ。今後母国の社交界で数年後には会うかもしれないが、暫くはお互いに会うことはないだろうとユリアーナはこの事を忘れてはいけないと自分に誓った。

 不用意な発言で一人の令嬢の未来を自分は変えてしまったのだ。これを戒めにしなければならないと思った。
 腫れは思ったよりも早く引いたが鬱血痕がまだ少し残っていて、化粧で隠せるまで学院に行くのは止めておけと伯父から言われたので、大人しく従うことにした。
 その暇な時間にユリアーナは公爵家の図書室にあった薬草の本を読むことにした。

 その日は公爵家の広い庭に設置してあるベンチで本を読んでいた。初夏に差し掛かる前の日差しは柔らかだが、日焼けを気にするマールがベンチの後ろから日傘を差して日陰を作ってくれていた。

「マール腕が疲れたでしょう、ずっと差していなくて良いのに」

「いえお嬢様の顔に将来といえどもシミなんてつけては成りませんから」

 将来⋯いったい何年先を想定して日傘を差し掛けてくれたのかと、ユリアーナは唖然としてマールを見つめた。
 そんなマールの腕も限界だろうと部屋に戻ろうとした時にルーカスが執事から渡されたと手紙を持ってきてくれた。

 急いで部屋に戻り逸る気持ちを押さえて手紙を開いたのが何故なのか、この時の気持ちをユリアーナは良く分かっていなかった。

 手紙はシモンからだった。





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