20 / 26
第二章 アトルス王国にて
20
しおりを挟む
叩かれたユリアーナは気を失っていたようで、気づいたときは体が揺れていた。
自分の現状を把握できずに揺れるがままになっていたら、ふとベージュのシャツが目に入り誰かに抱き上げられている事に気づいた。
「えっ?」
「あっ、気がついた?災難だったね。もうすぐ医務室だから。顔相当腫れてるよ」
その話し方と合間に見えた八重歯で、ユリアーナは自分を運んでくれているのがシモンだと分かった。
「ごめんなさい、ご迷惑おかけしてしまって」
「気にしないで、偶然だけど通りかかって良かったよ」
彼女はあれからどうなったのかと聞きたかったが止めておいた。あの行動を取らせてしまったのには、ユリアーナにも責任があるように思えて言葉が出せなかった。
ユラユラユラユラ
抱き上げられたまま揺れるに身を任せていたユリアーナは、それを周りがどの様に見ているかなど、気に掛ける余裕がなかった事を後で悔やむ事になる。
医務室で医師に診察を受けると、腫れた頬を冷やしながらベッドで安静にするように言われる。
シモンは心配そうに医務室の簡易ベッドの横に座って迎えを手配した事を告げてくれた。
「ありがとうございます」
頬が腫れているからか話し難かったが、伝わったようでシモンは微笑んで頷いてくれた。
暫くすると知らせを受けたダイナスもやって来て、申し訳なかったと散々に頭を下げられた。
連絡を受けた公爵家からはマールとルーカスが迎えに来た、ゆっくり立ち上がろうとしたけれど、ユリアーナが思っていたよりも体へのダメージが大きかったようでフラフラとふらついてしまう。自分で歩くのは諦めて、ルーカスに馬車まで運んでもらったが、その横に付き従いながらマールは泣きそうになっていた。
夜、部屋で休んでいるとエリーヌがやって来て、額から頭にかけて撫でてくれたが、その目は潤んで見えた。
「ユリアーナ可哀想に、痛かったでしょう」
何だか言い方が幼子に言っているようだったが、ユリアーナは胸にジンと込み上げて来るものがあって涙が溢れる。
(お母様の手はとても温かい)
義母はユリアーナを本当に慈しんでくれた、それを常からユリアーナは感じていたし感謝もしている。それでも何故かこの手には変えられない、そう思う事が義母への裏切りのようで胸も痛む。この感情は何なのか、ユリアーナには言い表す言葉を見つけられなかった。
ルビィン伯爵令嬢が謝罪に来たのは翌日だった。まだ顔が腫れていたので、学院を休んでいたユリアーナはその時ベッドの上で本を読んでいた。
腫れた顔で会うのはあまり気が進まなかったが、ルビィン伯爵令嬢が自分が何をしたかを分かってもらうにはいいかもしれないと、伯母が薦めたので面会する事にした。
倒れた時にユリアーナはどうやら脳震盪を起こしていたようで、まだベッドからは出られない。彼女は部屋へと案内されて来た。
ルビィン伯爵令嬢はユリアーナの腫れた頬を目の当たりにして驚いて自分の口元を押さえていた。どんなに力を込めて打ったのか分かったのだろう、直ぐに深々と頭を下げて謝罪を繰り返した。
「本当に申し訳ありませんでした、ごめんなさい本当にごめんなさい」
謝罪が途中から取り乱し始めたからユリアーナは止めた。
「もう良いのです、私も貴方の傷を抉ってしまいました、誰よりも気持ちがわかるはずなのに。その点に関しては申し訳なかったと謝罪いたします」
ユリアーナは自己満足だと思ったが、自らも謝罪した。したところで彼女の傷ついた心が晴れない事は分かっていた。
「いえ、宜しいの、自分でも思っていたのよ。どうして言っちゃったのかしらって。でもあの時は言わなければ!何て思ってしまったのよ。それを貴方に図星を指されて、我を忘れてとんでもない事をしてしまったわ。本当にごめんなさい」
そう言った彼女にユリアーナは謝罪を受け取り許すと伝えた。ルビィン伯爵令嬢は、このまま一週間謹慎したあと帰国する事が決まったそうだ。今後母国の社交界で数年後には会うかもしれないが、暫くはお互いに会うことはないだろうとユリアーナはこの事を忘れてはいけないと自分に誓った。
不用意な発言で一人の令嬢の未来を自分は変えてしまったのだ。これを戒めにしなければならないと思った。
腫れは思ったよりも早く引いたが鬱血痕がまだ少し残っていて、化粧で隠せるまで学院に行くのは止めておけと伯父から言われたので、大人しく従うことにした。
その暇な時間にユリアーナは公爵家の図書室にあった薬草の本を読むことにした。
その日は公爵家の広い庭に設置してあるベンチで本を読んでいた。初夏に差し掛かる前の日差しは柔らかだが、日焼けを気にするマールがベンチの後ろから日傘を差して日陰を作ってくれていた。
「マール腕が疲れたでしょう、ずっと差していなくて良いのに」
「いえお嬢様の顔に将来といえどもシミなんてつけては成りませんから」
将来⋯いったい何年先を想定して日傘を差し掛けてくれたのかと、ユリアーナは唖然としてマールを見つめた。
そんなマールの腕も限界だろうと部屋に戻ろうとした時にルーカスが執事から渡されたと手紙を持ってきてくれた。
急いで部屋に戻り逸る気持ちを押さえて手紙を開いたのが何故なのか、この時の気持ちをユリアーナは良く分かっていなかった。
手紙はシモンからだった。
自分の現状を把握できずに揺れるがままになっていたら、ふとベージュのシャツが目に入り誰かに抱き上げられている事に気づいた。
「えっ?」
「あっ、気がついた?災難だったね。もうすぐ医務室だから。顔相当腫れてるよ」
その話し方と合間に見えた八重歯で、ユリアーナは自分を運んでくれているのがシモンだと分かった。
「ごめんなさい、ご迷惑おかけしてしまって」
「気にしないで、偶然だけど通りかかって良かったよ」
彼女はあれからどうなったのかと聞きたかったが止めておいた。あの行動を取らせてしまったのには、ユリアーナにも責任があるように思えて言葉が出せなかった。
ユラユラユラユラ
抱き上げられたまま揺れるに身を任せていたユリアーナは、それを周りがどの様に見ているかなど、気に掛ける余裕がなかった事を後で悔やむ事になる。
医務室で医師に診察を受けると、腫れた頬を冷やしながらベッドで安静にするように言われる。
シモンは心配そうに医務室の簡易ベッドの横に座って迎えを手配した事を告げてくれた。
「ありがとうございます」
頬が腫れているからか話し難かったが、伝わったようでシモンは微笑んで頷いてくれた。
暫くすると知らせを受けたダイナスもやって来て、申し訳なかったと散々に頭を下げられた。
連絡を受けた公爵家からはマールとルーカスが迎えに来た、ゆっくり立ち上がろうとしたけれど、ユリアーナが思っていたよりも体へのダメージが大きかったようでフラフラとふらついてしまう。自分で歩くのは諦めて、ルーカスに馬車まで運んでもらったが、その横に付き従いながらマールは泣きそうになっていた。
夜、部屋で休んでいるとエリーヌがやって来て、額から頭にかけて撫でてくれたが、その目は潤んで見えた。
「ユリアーナ可哀想に、痛かったでしょう」
何だか言い方が幼子に言っているようだったが、ユリアーナは胸にジンと込み上げて来るものがあって涙が溢れる。
(お母様の手はとても温かい)
義母はユリアーナを本当に慈しんでくれた、それを常からユリアーナは感じていたし感謝もしている。それでも何故かこの手には変えられない、そう思う事が義母への裏切りのようで胸も痛む。この感情は何なのか、ユリアーナには言い表す言葉を見つけられなかった。
ルビィン伯爵令嬢が謝罪に来たのは翌日だった。まだ顔が腫れていたので、学院を休んでいたユリアーナはその時ベッドの上で本を読んでいた。
腫れた顔で会うのはあまり気が進まなかったが、ルビィン伯爵令嬢が自分が何をしたかを分かってもらうにはいいかもしれないと、伯母が薦めたので面会する事にした。
倒れた時にユリアーナはどうやら脳震盪を起こしていたようで、まだベッドからは出られない。彼女は部屋へと案内されて来た。
ルビィン伯爵令嬢はユリアーナの腫れた頬を目の当たりにして驚いて自分の口元を押さえていた。どんなに力を込めて打ったのか分かったのだろう、直ぐに深々と頭を下げて謝罪を繰り返した。
「本当に申し訳ありませんでした、ごめんなさい本当にごめんなさい」
謝罪が途中から取り乱し始めたからユリアーナは止めた。
「もう良いのです、私も貴方の傷を抉ってしまいました、誰よりも気持ちがわかるはずなのに。その点に関しては申し訳なかったと謝罪いたします」
ユリアーナは自己満足だと思ったが、自らも謝罪した。したところで彼女の傷ついた心が晴れない事は分かっていた。
「いえ、宜しいの、自分でも思っていたのよ。どうして言っちゃったのかしらって。でもあの時は言わなければ!何て思ってしまったのよ。それを貴方に図星を指されて、我を忘れてとんでもない事をしてしまったわ。本当にごめんなさい」
そう言った彼女にユリアーナは謝罪を受け取り許すと伝えた。ルビィン伯爵令嬢は、このまま一週間謹慎したあと帰国する事が決まったそうだ。今後母国の社交界で数年後には会うかもしれないが、暫くはお互いに会うことはないだろうとユリアーナはこの事を忘れてはいけないと自分に誓った。
不用意な発言で一人の令嬢の未来を自分は変えてしまったのだ。これを戒めにしなければならないと思った。
腫れは思ったよりも早く引いたが鬱血痕がまだ少し残っていて、化粧で隠せるまで学院に行くのは止めておけと伯父から言われたので、大人しく従うことにした。
その暇な時間にユリアーナは公爵家の図書室にあった薬草の本を読むことにした。
その日は公爵家の広い庭に設置してあるベンチで本を読んでいた。初夏に差し掛かる前の日差しは柔らかだが、日焼けを気にするマールがベンチの後ろから日傘を差して日陰を作ってくれていた。
「マール腕が疲れたでしょう、ずっと差していなくて良いのに」
「いえお嬢様の顔に将来といえどもシミなんてつけては成りませんから」
将来⋯いったい何年先を想定して日傘を差し掛けてくれたのかと、ユリアーナは唖然としてマールを見つめた。
そんなマールの腕も限界だろうと部屋に戻ろうとした時にルーカスが執事から渡されたと手紙を持ってきてくれた。
急いで部屋に戻り逸る気持ちを押さえて手紙を開いたのが何故なのか、この時の気持ちをユリアーナは良く分かっていなかった。
手紙はシモンからだった。
354
あなたにおすすめの小説
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
婚約は破棄なんですよね?
もるだ
恋愛
義理の妹ティナはナターシャの婚約者にいじめられていたと嘘をつき、信じた婚約者に婚約破棄を言い渡される。昔からナターシャをいじめて物を奪っていたのはティナなのに、得意の演技でナターシャを悪者に仕立て上げてきた。我慢の限界を迎えたナターシャは、ティナにされたように濡れ衣を着せかえす!
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる