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第三章 葛藤
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ユリアーナの父ユリシーズは、嘗ては女王陛下の側近だった。実母エリーヌも女王陛下の後ろ盾を受けライレーン王国へと嫁いできている。
そんな二人の子供であるのにユリアーナはライレーン王国の社交にも王家にも馴染みはなかった。
ただ、一年に一度だけユリシーズは姉妹の中でユリアーナだけを伴い女王陛下へ謁見していた。
謁見と言っても陛下のプライベートゾーンに訪ってユリシーズが王配達と話す間、女王陛下がユリアーナの遊び相手になっているという、他の貴族家が聞いたら畏れおおすぎて卒倒しそうな境遇である。
自分が畏れ多い境遇にあるという事にユリアーナは12歳の時に気付いた。その時までは、年に一度会う優しいおば様が“ヘーカ”という名の貴族の女性だと本気で思っていたのだ。
知った時にユリアーナは他の貴族達と違わぬ感覚で卒倒したのは言うまでもない。
気づいてからはそれまでの様に陛下に甘える訳にもいかず、ユリアーナの態度が変わった事に女王が寂しいと漏らしていたと聞いたのは、学園の創作倶楽部の部室でダイナスから愚痴を言われた時だった。
義母エリーヌとユリシーズの離婚が成立したのはユリアーナが帰国して5日後だった。
そのタイミングでロッサルト公爵家に王家から書簡が届いた。
何時も王家からは公爵家のみに届くのだが、その日は中に一通、別の封書が忍ばせてあった。表書きにはユリアーナの名が流暢な手で認められており、陛下からであるのは一目瞭然だった。
それをユリアーナは父から受け取り、内心「ひぇ~」と震えながら開くと、中には一言『寂しい』とのみ書かれていた。
公爵家宛の書簡には直ちに登城せよと有り、ユリシーズは渋々ユリアーナを連れて陛下の元へと参じた。
久しぶりの陛下は、ユリアーナを抱きしめて頭を撫でる、何時もと変わらぬ陛下だった。
◇◇◇
「ヘンボ!行くならこれを持って行け!」
ロッサルト公爵父娘が陛下の庭でお茶を頂いている時に、徐に女王陛下がユリシーズに封書を渡した。
しっかりとライレーン王家の玉璽が封蝋されており、何事かと思ったユリアーナだったが、陛下の次の言葉で畏れ多いとは思ったが呆れてしまった。
「エリーヌがこちらに来るのを渋ったらアトルスの王にこれを渡せ。エリーヌがこっちに来るように協力せよと書いた」
一介の公爵家の再婚を、国家ぐるみで何とかしようとする程の我儘を、女王が言っているのだからユリアーナが呆れるのも仕様がない。
だが同時にそれ程に女王はエリーヌに会いたくて信頼を寄せてる事が、ユリアーナは嬉しくもあった。
今なら昔から不思議に思っていた事を気軽に聞けそうだとユリアーナは思い、思い切って女王陛下に訊ねてみた。
「陛下、お訊ねしても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「何故に陛下は昔からロッサルト公爵を“ヘンボ”と呼ばれるのでしょうか?父に聞いても教えて頂けないのです」
そのユリアーナの問いに、ユリシーズは苦虫を噛み潰したように歪み、陛下はその美しい顔に似合わぬニヤけた笑みを浮かべ、後ろに控える侍女や護衛達は興味津々の顔をしていた。
「ククク何だそんな事か、ハハハヘンボはヘンボだ」
「は?」
「⋯⋯陛下!」
なかなか女王は教えてくれず、ユリアーナが不敬な一言を発すると、我慢できないとばかりにユリシーズは未だ含み笑いをする女王を窘めた。
「はぁ~ユリアーナ、お前の父親は昔っからヘタレであった。私は長年この男と共にいたが、いつも眉間に皺を寄せてた。前国王や王妃よりも口煩くてな、私を掌で弄ぶんだぞ酷いと思わぬか?」
「弄ぶですか?」
他家の貴族が聞けば絶対に誤解して非ぬ疑いをかけられそうな言葉だが、幸い此処は陛下のプライベートゾーンだ。陛下の意向を無視するような輩は居らず事なきを得ていた。
「だから私はいつも此奴に何とか一矢報いたいと思っていたんだぞ、そうしたらアトルスにエリーヌがいた。わたしは歓喜した、生意気な男がヘタレに変わって大笑いした」
女王の昔語りが始まった。
これが始まるとかなり長くなるので、ユリアーナやユリシーズ、周りのお付の者達全員が遠い目をして覚悟した。
延々と話し終えて結局の所ユリアーナの問いは有耶無耶になり、聞かされたのは実母エリーヌが、どんなに学生時代の女王陛下の心の支えになっていたのかという事だけだった。
辞する時、陛下はユリシーズの胸に手を置き優しい目をして言った。
「ヘンボ、今度こそ心して、な」
その言葉に父が何度も頷くのを見て、ユリアーナは二人が姉弟に見えてしまい、後で自分の感覚にまたもや畏れ多くて震えた。
◇◇◇
帰る時、王宮の廊下を父と並んで歩きながら、ユリアーナは久しぶりに来たので、つい廊下の窓越しに外を眺めるという愚行を冒していた。一歩間違えると余所見しながらなので危ない行為だ。
王宮は何処からでも癒やしの庭園が見えるようになっていて、ユリアーナは来る度に癒やされているのだが今日は癒やされなかった。
窓から見える庭園を二人の男女が歩いていた。
一人はダイナス、そしてもう一人は5日後に結婚式を控えたユリアーナの親友エンバーだった。
二人は見間違いでなければ手を繋いで歩いていた。
そんな二人の子供であるのにユリアーナはライレーン王国の社交にも王家にも馴染みはなかった。
ただ、一年に一度だけユリシーズは姉妹の中でユリアーナだけを伴い女王陛下へ謁見していた。
謁見と言っても陛下のプライベートゾーンに訪ってユリシーズが王配達と話す間、女王陛下がユリアーナの遊び相手になっているという、他の貴族家が聞いたら畏れおおすぎて卒倒しそうな境遇である。
自分が畏れ多い境遇にあるという事にユリアーナは12歳の時に気付いた。その時までは、年に一度会う優しいおば様が“ヘーカ”という名の貴族の女性だと本気で思っていたのだ。
知った時にユリアーナは他の貴族達と違わぬ感覚で卒倒したのは言うまでもない。
気づいてからはそれまでの様に陛下に甘える訳にもいかず、ユリアーナの態度が変わった事に女王が寂しいと漏らしていたと聞いたのは、学園の創作倶楽部の部室でダイナスから愚痴を言われた時だった。
義母エリーヌとユリシーズの離婚が成立したのはユリアーナが帰国して5日後だった。
そのタイミングでロッサルト公爵家に王家から書簡が届いた。
何時も王家からは公爵家のみに届くのだが、その日は中に一通、別の封書が忍ばせてあった。表書きにはユリアーナの名が流暢な手で認められており、陛下からであるのは一目瞭然だった。
それをユリアーナは父から受け取り、内心「ひぇ~」と震えながら開くと、中には一言『寂しい』とのみ書かれていた。
公爵家宛の書簡には直ちに登城せよと有り、ユリシーズは渋々ユリアーナを連れて陛下の元へと参じた。
久しぶりの陛下は、ユリアーナを抱きしめて頭を撫でる、何時もと変わらぬ陛下だった。
◇◇◇
「ヘンボ!行くならこれを持って行け!」
ロッサルト公爵父娘が陛下の庭でお茶を頂いている時に、徐に女王陛下がユリシーズに封書を渡した。
しっかりとライレーン王家の玉璽が封蝋されており、何事かと思ったユリアーナだったが、陛下の次の言葉で畏れ多いとは思ったが呆れてしまった。
「エリーヌがこちらに来るのを渋ったらアトルスの王にこれを渡せ。エリーヌがこっちに来るように協力せよと書いた」
一介の公爵家の再婚を、国家ぐるみで何とかしようとする程の我儘を、女王が言っているのだからユリアーナが呆れるのも仕様がない。
だが同時にそれ程に女王はエリーヌに会いたくて信頼を寄せてる事が、ユリアーナは嬉しくもあった。
今なら昔から不思議に思っていた事を気軽に聞けそうだとユリアーナは思い、思い切って女王陛下に訊ねてみた。
「陛下、お訊ねしても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「何故に陛下は昔からロッサルト公爵を“ヘンボ”と呼ばれるのでしょうか?父に聞いても教えて頂けないのです」
そのユリアーナの問いに、ユリシーズは苦虫を噛み潰したように歪み、陛下はその美しい顔に似合わぬニヤけた笑みを浮かべ、後ろに控える侍女や護衛達は興味津々の顔をしていた。
「ククク何だそんな事か、ハハハヘンボはヘンボだ」
「は?」
「⋯⋯陛下!」
なかなか女王は教えてくれず、ユリアーナが不敬な一言を発すると、我慢できないとばかりにユリシーズは未だ含み笑いをする女王を窘めた。
「はぁ~ユリアーナ、お前の父親は昔っからヘタレであった。私は長年この男と共にいたが、いつも眉間に皺を寄せてた。前国王や王妃よりも口煩くてな、私を掌で弄ぶんだぞ酷いと思わぬか?」
「弄ぶですか?」
他家の貴族が聞けば絶対に誤解して非ぬ疑いをかけられそうな言葉だが、幸い此処は陛下のプライベートゾーンだ。陛下の意向を無視するような輩は居らず事なきを得ていた。
「だから私はいつも此奴に何とか一矢報いたいと思っていたんだぞ、そうしたらアトルスにエリーヌがいた。わたしは歓喜した、生意気な男がヘタレに変わって大笑いした」
女王の昔語りが始まった。
これが始まるとかなり長くなるので、ユリアーナやユリシーズ、周りのお付の者達全員が遠い目をして覚悟した。
延々と話し終えて結局の所ユリアーナの問いは有耶無耶になり、聞かされたのは実母エリーヌが、どんなに学生時代の女王陛下の心の支えになっていたのかという事だけだった。
辞する時、陛下はユリシーズの胸に手を置き優しい目をして言った。
「ヘンボ、今度こそ心して、な」
その言葉に父が何度も頷くのを見て、ユリアーナは二人が姉弟に見えてしまい、後で自分の感覚にまたもや畏れ多くて震えた。
◇◇◇
帰る時、王宮の廊下を父と並んで歩きながら、ユリアーナは久しぶりに来たので、つい廊下の窓越しに外を眺めるという愚行を冒していた。一歩間違えると余所見しながらなので危ない行為だ。
王宮は何処からでも癒やしの庭園が見えるようになっていて、ユリアーナは来る度に癒やされているのだが今日は癒やされなかった。
窓から見える庭園を二人の男女が歩いていた。
一人はダイナス、そしてもう一人は5日後に結婚式を控えたユリアーナの親友エンバーだった。
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