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第三章 葛藤
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「はぁ」
朝一番の溜息は周りの心配を誘ったようで、マールを筆頭にユリアーナの朝の仕度をするべく集まった3人の侍女が、一斉にユリアーナに振り返った。
洗顔用の桶を片付けるべく扉の前から、ユリアーナの本日の髪型を整えるべく櫛などの準備の為ドレッサーから、ユリアーナの本日の衣装を選ぶべくクローゼットから、各々が仕事の手を止めてグインと振り返る首の音がなる程に力強かった。
「どうされましたかお嬢様」
代表してマールが聞いてくれたが、ユリアーナの溜息は無意識だったので、その問いに答えることが出来ずユリアーナは息を呑んだ。
「なん、でもないわ」
そう言うユリアーナに皆の一斉に浮かんだ怪訝な顔は一瞬で収まり、直ぐに「畏まりました」と笑顔を向けてくれたので安堵する。
ユリアーナは今日の衣装は軽装を選んだ。
今日父と来年度の予算についての話し合いが予定されていたからだ。重っ苦しいドレスなど着ていては汗だくになってしまう事を懸念していた。何時もはアルホーン任せの仕事を、時期当主として初めてユリアーナはそれを行う。それに今日はいくつかの商会を呼んでいる。予算が早々に決着したなら直ぐに来年度分の発注をしなければならない。ユリアーナの背にはカントリーハウスの執事と回った村の領民達の、泣きながらの笑顔が今日は重くのしかかっている。それに⋯。
(もう新婚旅行からは帰ってきてるはずよね)
ユリアーナは今日の来訪者の中にカインがいる事を期待していた。本当の所をカインから聞きたかった。思えば彼ら4人の事はファライナとダイナスから聞いただけで、ユリアーナはシモンにすらその関係性を確かめてはいなかった。
聞き齧ったり何気なく話したりするシモンの言葉を、ファライナやダイナスから聞いていた関係性に当てはめて、ユリアーナが勝手に推測していたのだと、シモンから告白を受けてわかってしまった。
ユリアーナに何かを思い込ませようとしていたのだと気づいたから、それはどんな思惑なのかが分からず、一番知っていそうで話してくれそうなカインに聞きたかった。
そうしなければ前に進めないような気がしていた。
◇◇◇
父の執務室の来客用のテーブルに地図を広げ、父に何処にどの薬草を栽培することにしたのかユリアーナは丁寧に説明する。その一つ一つの栽培に何が必要で予算は幾ら必要か、父へのプレゼンは思ったよりも熱が入った。
そんな娘の成長に父が内心とても喜んでいるのを、億日にも出さない様にユリシーズが堪えているなど、ユリアーナは全く気付かなかった。まだまだ青いユリアーナである。
ユリアーナの熱の籠った初のプレゼンが終わった所で、次は来年度の予算選定に移ることになり一旦休憩となった。取引している商会が既に応接室で待っているとアルホーンから伝えられたので、ユリアーナはサラサラとメモを書いてカインに渡すように頼んだ。
父へのプレゼンは思ったよりも上手く行ったようで、想定していた予算を勝ち取って、商会の面々が待っていた応接室でユリアーナは笑顔で各商会のカタログに見入っていた。そこにはユリアーナを溺愛する父の思いが予算に上乗せされていたのだが親の心子知らずであった。
アルホーンがプレゼン終了後に即座に纏めてくれた各村への予算を見ながらあれもこれもと発注する。
納品する時期等も話し合い、来年度の予算が充分に有効活用出来そうな事に、ユリアーナは一仕事終えたとご満悦だった。
その後は母とゆっくりお茶をしてシモンの花壇を見に行った。
シモンから貰った種が芽吹いた後は、その成長がゆっくり過ぎて冬を越せないのではないかと懸念したユリアーナは、到頭花壇に簡易の屋根を設えた。
雪に埋もれてしまってはいけないと、そんな思いで庭師にお願いした。屋根を作るなど畑違いの仕事を頼まれた庭師だったが、充分にユリアーナの希望を叶えていた簡易の屋根は、積もる雪にも耐えてシモンの花壇を守ってくれていた。
後ろから傘を差すマールに気を遣い、標準より少しだけ背の高いユリアーナは中腰になって眺めていると、メイドが小走りで近寄ってきた。
「お嬢様、お待ちかねの方が執務室にてお待ちです」
ユリアーナは、自分の動悸を落ち着かせるようにゆっくりと執務室へと向かった。
◇◇◇
執務室には通されたカインが待っていた。
ユリアーナが入ると立ち上がり礼をしようとしたが、挨拶は先程応接室で父と共に受けていたので、直ぐに座るように促した。
「お忙しいでしょう?ごめんなさい。聞きたいことが長くなるかもしれないけれどお仕事は大丈夫かしら?」
「小公爵様、私の事はお気になさらずとも大丈夫です。この後は宿に帰るだけでしたので時間は充分にございます」
「そう、ありがとう」
「あの、聞きたいこととは商会の事でしょうか?」
「いいえ」
ユリアーナは申し訳なさそうにカインに向けて首を左右に振った。アルホーンに託したメモには簡単に、聞きたいことがあるから後で執務室へと書いただけだった。
「実は貴方方幼馴染と聞いておりました。その事についてです」
それで察してくれのかカインは途端に難しそうな表情を浮かべて目を瞑った。
「小公爵様」
「ユリアーナで宜しいですわ。プライベートの話になりますから」
「⋯⋯⋯では、ユリアーナ様。申し訳ありません。私には話せる事もありますが、話せないことの方が多いです」
カインは申し訳なさそうにユリアーナに伝えた。だがそれはユリアーナの想定内だった。だがそれでも話してもらわねばならないからユリアーナは彼に話の骨幹の所を伝えた。
「私はシモン様をお慕いしています、そして先日シモン様からもお気持ちを伝えてもらいました。その上で知らなければならないと思ったのです。シモン様の知らないファライナ様の事を教えてください」
ユリアーナが真っ直ぐカインを見つめると、彼は「ふぅ」と一息吐き彼の知るファライナの真実を話してくれた。
朝一番の溜息は周りの心配を誘ったようで、マールを筆頭にユリアーナの朝の仕度をするべく集まった3人の侍女が、一斉にユリアーナに振り返った。
洗顔用の桶を片付けるべく扉の前から、ユリアーナの本日の髪型を整えるべく櫛などの準備の為ドレッサーから、ユリアーナの本日の衣装を選ぶべくクローゼットから、各々が仕事の手を止めてグインと振り返る首の音がなる程に力強かった。
「どうされましたかお嬢様」
代表してマールが聞いてくれたが、ユリアーナの溜息は無意識だったので、その問いに答えることが出来ずユリアーナは息を呑んだ。
「なん、でもないわ」
そう言うユリアーナに皆の一斉に浮かんだ怪訝な顔は一瞬で収まり、直ぐに「畏まりました」と笑顔を向けてくれたので安堵する。
ユリアーナは今日の衣装は軽装を選んだ。
今日父と来年度の予算についての話し合いが予定されていたからだ。重っ苦しいドレスなど着ていては汗だくになってしまう事を懸念していた。何時もはアルホーン任せの仕事を、時期当主として初めてユリアーナはそれを行う。それに今日はいくつかの商会を呼んでいる。予算が早々に決着したなら直ぐに来年度分の発注をしなければならない。ユリアーナの背にはカントリーハウスの執事と回った村の領民達の、泣きながらの笑顔が今日は重くのしかかっている。それに⋯。
(もう新婚旅行からは帰ってきてるはずよね)
ユリアーナは今日の来訪者の中にカインがいる事を期待していた。本当の所をカインから聞きたかった。思えば彼ら4人の事はファライナとダイナスから聞いただけで、ユリアーナはシモンにすらその関係性を確かめてはいなかった。
聞き齧ったり何気なく話したりするシモンの言葉を、ファライナやダイナスから聞いていた関係性に当てはめて、ユリアーナが勝手に推測していたのだと、シモンから告白を受けてわかってしまった。
ユリアーナに何かを思い込ませようとしていたのだと気づいたから、それはどんな思惑なのかが分からず、一番知っていそうで話してくれそうなカインに聞きたかった。
そうしなければ前に進めないような気がしていた。
◇◇◇
父の執務室の来客用のテーブルに地図を広げ、父に何処にどの薬草を栽培することにしたのかユリアーナは丁寧に説明する。その一つ一つの栽培に何が必要で予算は幾ら必要か、父へのプレゼンは思ったよりも熱が入った。
そんな娘の成長に父が内心とても喜んでいるのを、億日にも出さない様にユリシーズが堪えているなど、ユリアーナは全く気付かなかった。まだまだ青いユリアーナである。
ユリアーナの熱の籠った初のプレゼンが終わった所で、次は来年度の予算選定に移ることになり一旦休憩となった。取引している商会が既に応接室で待っているとアルホーンから伝えられたので、ユリアーナはサラサラとメモを書いてカインに渡すように頼んだ。
父へのプレゼンは思ったよりも上手く行ったようで、想定していた予算を勝ち取って、商会の面々が待っていた応接室でユリアーナは笑顔で各商会のカタログに見入っていた。そこにはユリアーナを溺愛する父の思いが予算に上乗せされていたのだが親の心子知らずであった。
アルホーンがプレゼン終了後に即座に纏めてくれた各村への予算を見ながらあれもこれもと発注する。
納品する時期等も話し合い、来年度の予算が充分に有効活用出来そうな事に、ユリアーナは一仕事終えたとご満悦だった。
その後は母とゆっくりお茶をしてシモンの花壇を見に行った。
シモンから貰った種が芽吹いた後は、その成長がゆっくり過ぎて冬を越せないのではないかと懸念したユリアーナは、到頭花壇に簡易の屋根を設えた。
雪に埋もれてしまってはいけないと、そんな思いで庭師にお願いした。屋根を作るなど畑違いの仕事を頼まれた庭師だったが、充分にユリアーナの希望を叶えていた簡易の屋根は、積もる雪にも耐えてシモンの花壇を守ってくれていた。
後ろから傘を差すマールに気を遣い、標準より少しだけ背の高いユリアーナは中腰になって眺めていると、メイドが小走りで近寄ってきた。
「お嬢様、お待ちかねの方が執務室にてお待ちです」
ユリアーナは、自分の動悸を落ち着かせるようにゆっくりと執務室へと向かった。
◇◇◇
執務室には通されたカインが待っていた。
ユリアーナが入ると立ち上がり礼をしようとしたが、挨拶は先程応接室で父と共に受けていたので、直ぐに座るように促した。
「お忙しいでしょう?ごめんなさい。聞きたいことが長くなるかもしれないけれどお仕事は大丈夫かしら?」
「小公爵様、私の事はお気になさらずとも大丈夫です。この後は宿に帰るだけでしたので時間は充分にございます」
「そう、ありがとう」
「あの、聞きたいこととは商会の事でしょうか?」
「いいえ」
ユリアーナは申し訳なさそうにカインに向けて首を左右に振った。アルホーンに託したメモには簡単に、聞きたいことがあるから後で執務室へと書いただけだった。
「実は貴方方幼馴染と聞いておりました。その事についてです」
それで察してくれのかカインは途端に難しそうな表情を浮かべて目を瞑った。
「小公爵様」
「ユリアーナで宜しいですわ。プライベートの話になりますから」
「⋯⋯⋯では、ユリアーナ様。申し訳ありません。私には話せる事もありますが、話せないことの方が多いです」
カインは申し訳なさそうにユリアーナに伝えた。だがそれはユリアーナの想定内だった。だがそれでも話してもらわねばならないからユリアーナは彼に話の骨幹の所を伝えた。
「私はシモン様をお慕いしています、そして先日シモン様からもお気持ちを伝えてもらいました。その上で知らなければならないと思ったのです。シモン様の知らないファライナ様の事を教えてください」
ユリアーナが真っ直ぐカインを見つめると、彼は「ふぅ」と一息吐き彼の知るファライナの真実を話してくれた。
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