【本編完結】婚約を解消いたしましょう

maruko

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第三章 葛藤

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 ユリアーナは部屋のベランダから西の方角に向けて空を見ていた。
 外は昨晩からサラサラと粉雪が舞っていた。
 先週から降り始めた雪が、積もって小山を作って漸く一旦止んでいた、その上に粉雪は更に積もる。
 降る粉雪に合わせて空から庭へとユリアーナは視線を落としていく。
 その落ちる様が、知らずに増す自分の恋心のように思えて、庭にこんもりと積もった雪を見て(あぁまた増えた)と苦しい胸に手を当てた。

 ライレーン王国では、年の明けにとんでもない発表が王家から通達され、どの家も寝耳に水だと驚愕した。

 ユリアーナはその報せを前もって教えてもらっていたけれど、その日から胸が苦しくて堪らないのだ。

『ダイナス・ライレーン』

 ライレーン王国第二王子は王太子が二人お子を儲けた後、臣籍降下の予定だった。
 それは彼が生まれて数年で決定され、王族である彼には婚約者選定の発言権も自由もなかった。

 それを淡々と受け入れて彼は過ごしていたはずだと、ユリアーナは信じて疑っていなかった。
 募る恋心も自身の中で昇華させて前を向いて歩いているのだとあの日まで思っていた。

「ダイナス様、そんなにもエンバーを忘れたくなかったの?」

 庭の小さな雪山を見ながらユリアーナは白い息と共に呟いた。


◇◇◇


 ダイナスは昨年最後の夜会の後、王族から除籍して聖国グラスレイ王国から招待された来賓の導きで彼の国かのくにへと旅立った。
 その国は国名にあるように聖なる国で、別名大陸の神の国と呼ばれている。
 その国で神官になるのだと発表された。


 ユリアーナにその一報を齎したのは父ロッサルト公爵だった。
 ダイナスは、かなり前から用意していたようだと父は教えてくれた。
 そもそもショーズ侯爵家と協力して製紙事業を興すこと自体がおかしな話であった。父はその頃から訝しんでいたという、聞けば凡そダイナスらしくない。

 ダイナスはアトルス王国へは今後の事業の為に留学した。印刷技術を学びその機械を作る過程も学んだ、製紙も同じ様にで良かった物を、他国と絡めて立ち上げるなどせずとも、自国でその製紙事業を立ち上げれば済む話だった。
 ユリシーズもそう言ってかなり説得したが、ショーズ侯爵家を外せないと彼はかなり拘っていたのだという。ユリシーズが中々首を縦に振らないのを感じてマホニー伯爵家まで巻き込もうとした事に、ユリシーズはダイナスの危うさを感じたという。

「殿下はもっと慎重なお方だった、だからあの行動は何か意図があって態となのかとその時は推察した。だがそれは間違っていた、もうその頃には心の平定を保てていなかったのかもしれない」

 父の感じた事が当たっているのかは分からないが、あの夜会の日、最後に見たダイナスからユリアーナは声をかけてもらっていた。

「ユリアーナ、お前は公爵家を背負う立場だ。だからといって心を殺して狂っていいはずはない。消せないなら、大胆になっても少しは許されるんじゃないか?のアドバイスだ。ユリアーナ、お前は俺の様になってはいけない。俺の心はもう耐えられない、そんな俺のせいで関係ない令嬢を不幸には出来ない」

「ダイナス様、それは⋯⋯」

 ユリアーナの気持ちを知ってるようなダイナスのアドバイスは、ユリアーナに自分の気持ちを相手に伝えろと背中を押してくれてるように思えた。募る恋心が現実に砕け散ってしまった末路を見せつけてもいるようだった。
 きっとその日に招待したシモンにも同じ様に伝えたのだろう。

 ユリアーナはあの夜会の日、シモンからの愛の告白に胸が震えて涙に溢れた。その告白が3日早かったらきっと歓喜してその胸に素直に飛び込めただろう。


 シモンは3日遅かった。
 ユリアーナはその日返事を保留にしている、保留にしている事がユリアーナがシモンを慕っている証だが、そんな事はシモンは知らない。
 少しの希望だけを抱えて、彼は次の日にはアトルスに帰って行った、ユリアーナは密かにそれを見送っている。



 それは本当に偶然か神の悪戯なのか。
 夜会の3日前にユリアーナは二人の男女から其々に心の内を打ち明けられていた。

 一人はカインだった。
 彼が働く商会とロッサルト公爵家は取引がある上に、その取引はユリアーナが今領地領民の為に力を入れている物に関係するから、担当の彼とは頻繁に顔を合わせていた。

 最初の手紙以外では自身のプライベートは話さないカインだったが、彼が結婚したのだと報告を受けたのが夜会の3日前だった。その関係で新婚旅行の間、担当が一時的に変わる事の打ち合わせ序の報告だった。

「おめでとう」というユリアーナに照れながら、同僚に冷やかされるカインはとても幸せそうで嬉しさが滲み出ていた。

 その時ユリアーナの脳裏にふと浮かんだのが、カインとの事はファライナの思い込みによるものだったのではないかと云う疑惑だった。

 シモンの兄の件もそうだが、ファライナの奇天烈な行動からもそう思えた。それが確信に変わったのは、丁度カイン達が帰ったあと、同じ日に届いたファライナの手紙だった。

 手紙にはカインが突然いなくなって探しているが見つからない。日々が味気なく過ぎていき心が死んでしまった。カインを見つけたら今度こそ家を捨てて駆け落ちを実行しようと思っている。その時はライレーンに逃げようと思っているから協力して欲しいと、思い込みにしても恐ろしいお願いが認めてあった。

 匿うことは出来ないからと断りの返事を返したのは即日だった。その際にシモンの想い人がファライナだと思っていたユリアーナは、ちゃんとシモンと向き合って幸せになって欲しいとも書いてしまっている。

 その3日後にシモンに彼の思いを打ち明けられたのだ。

 ユリアーナが彼の思いに応えたくても、ダイナスにアドバイスを貰っても、タイミングが最悪な時だった。





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