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第三章 葛藤
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ライレーン王国王家主催の夜会にシモン・ゲートラン公爵令息は招待された。
何故自分が招待されたのか、それはきっと友人であるこの国の第二王子ダイナスの友情からの情けだと理解している。
きっとダイナスは、自分の意志で何も出来ないシモンに同情して夜会への招待をしてくれたのだ。
アトルス王国に現存する公爵家は6家ある。その中でもシモンの生家ゲートラン公爵家は稀有な成り立ちをしている。
他の5家は王族から臣籍降下絡みで叙爵された成立ちだが、ゲートラン公爵家だけは元は平民からの叩き上げである。
大陸でも小国でありながら長い歴史を持つアトルス王国で、薬師を生業にしていた先祖が戦争の際に尽力した事で、王家から男爵を賜ったのが始まりだった。
そこから数十年、数百年かけて臣下の最高位に上り詰めそしてそのまま維持して現在に至る。
先祖代々の苦労は如何ばかりかと、ゲートラン公爵家は一族郎党でそれを誇りにしている。
シモンとシモンの兄セルシオは幼い頃は仲の良い兄弟とは言えなかった。シモンも兄もお互い嫌いではない、だが二人の環境があまり良好とは言えなかった為、何となくシモンは兄に近寄るのを遠慮していた。
そんな兄弟の前にある日一人の少女が現れた。
隣接するタウンハウスのショーズ侯爵家の一人娘だったファライナは自由な少女だった。
彼女に関してはシモンは出会った時から苦手だった。相手の懐にズケズケと遠慮無しに入り込む、兄との距離に悩むシモンの心などお構いなしだった。
彼女がいて良かった事は、遠慮がちなシモンがファライナに振り回されるのを、気の毒に思ったからか兄が気にかけてくれるようになった事くらいだった。そのうち兄の侍従として仕えるようになったカインも交えて4人で行動する事が増えた。
自由で相変わらずなファライナは、やはりと言うべきか他の貴族の令嬢達とは全く合わない、令嬢達がというよりもファライナに合わせる意思がなかったのが一番の原因だとシモンは思っていた。
だけどそんな事を気にしてあげるほどシモンはファライナに情が湧く事がなかったから放っていた。そうも言ってはいられない自体になったのは、突然降って湧いたような、シモンとファライナの婚約が結ばれてからだった。
何故そうなったのかも知らないシモンは困惑して、その時初めて兄に相談した。
兄は「カインがもう少し高い身分だったらな」と言って、なんてことのないように笑っていた。
そんな兄の言葉にシモンの中では、徐々に爵位を上げていった叩き上げの先祖が脳裏には浮かんでいた。だからカインが良かったと嘆くファライナに言ったのだ。
「今は男爵でも将来は分からない」
それはシモンの方が切にそう願っての事だった。
だから婚約後、王都を離れたファライナに手紙は送っても、それ以上婚約者としての交流などする気はなかった。何よりファライナもシモンも交流どころか婚約自体を望んでいなかったから。二人ともに足掻いていた。
手紙を送っていたのはあまりにも両親が五月蝿かったからだ。
まさかそんなシモンを思って兄がカインに、ファライナとの交流を命じていたとは思っても見なかった。
それをカインから聞かされた時、シモンは申し訳無さで胸がいっぱいになった。
兄はシモンが婚約に乗り気で無いことを知っていた。だが公爵家と言ってもシモンは次男だ。叩き上げの公爵家は従属爵位を既に手放しており、手許には初代の男爵位すら残っていない、何れシモンは平民になる道しか無い。愛して止まない子が弟が何れ平民になってしまう、その時の公爵家での一番の懸念をショーズ侯爵が解消してくれた。婚約を殊の外喜んだのは実にゲートラン公爵家の方だった。
薬師を目指す少年のシモンが何れ平民になるのを見越して夢を語ると兄は勘違いしてしまった。
ただ単にシモンが薬草に魅入られ、その研究をしたくて薬師を目指してるとは思ってくれなかった。
ファライナとの婚姻で侯爵家に婿に入ればシモンは貴族でいられる、そんな兄の思いから、シモンとファライナの絆が切れぬ様にとカインに命じたのだった。
それが完璧に裏目に出てしまった。
今となってはカインの気持ちもファライナに傾いていたのかもしれない、ここに来て兄はカインに激怒したのだ。だが世間の噂は違う方向に舵を取った。兄がショーズ侯爵家に激怒した事になってしまった。
もうシモンがどう足掻いてもどうにもならない。そもそもシモンは元からどうにも出来なかった、何度も両親には婚約の解消を願い出ていたのだ。
だが両親も兄と同じ考えだった。
先のない次男に侯爵家の婿を用意したつもりになっていた。
噂話と兄の激高にカインがファライナの前から姿を消した。それからのファライナは意気消沈して殊更シモンの所へ来る。
シモンの心中はその頃、ファライナに構ってやれるほど穏やかではなかった。
だが彼女を見るとカインへの申し訳無さが浮かんでしまう。長く仕えたはずの兄に激高された時、カインはどんな気持ちだったのだろうと、シモンはその責任が公爵家にあるのだと、申し訳無さでいっぱいになる。
だからファライナを見ると切なくなり、元気を取り戻せるように心を尽くしていた。
だがシモンは、初めて側にいたいと願った令嬢に出会ってしまっていた。だから想いはライレーンに飛んでいた。
気持ちが芽生えても婚約者のいる身ではどうにもならない。気持ちも伝えられず、かと言って諦めることも出来ない。
昔、薬師になりたくて必死に学んでいた時、その気持ちを父に伝えたら頭から反対された、兄にも散々窘められた。
何度も願ったけれどそれは叶わなかった、絶対に諦めきれないと思っていた気持ちだったが、その時は時間が解決してくれた。
薬師に成らずとも薬草に携わるのは家業でもあるから諦めることができた。
でも、ユリアーナへの恋心は燻ぶったままで常に心にこびりついたまま剥がれてくれない。薬師の時のように時間が経てば忘れられるのだろうか?
そんなシモンの気持ちを見透かしたように、彼女は自分の前から姿を消してしまった。
それからのシモンは自分の不甲斐なさに打ちのめされる日々を送って腑抜けになっていた。
その招待状はそんな時に送られてきたのだ。
何故自分が招待されたのか、それはきっと友人であるこの国の第二王子ダイナスの友情からの情けだと理解している。
きっとダイナスは、自分の意志で何も出来ないシモンに同情して夜会への招待をしてくれたのだ。
アトルス王国に現存する公爵家は6家ある。その中でもシモンの生家ゲートラン公爵家は稀有な成り立ちをしている。
他の5家は王族から臣籍降下絡みで叙爵された成立ちだが、ゲートラン公爵家だけは元は平民からの叩き上げである。
大陸でも小国でありながら長い歴史を持つアトルス王国で、薬師を生業にしていた先祖が戦争の際に尽力した事で、王家から男爵を賜ったのが始まりだった。
そこから数十年、数百年かけて臣下の最高位に上り詰めそしてそのまま維持して現在に至る。
先祖代々の苦労は如何ばかりかと、ゲートラン公爵家は一族郎党でそれを誇りにしている。
シモンとシモンの兄セルシオは幼い頃は仲の良い兄弟とは言えなかった。シモンも兄もお互い嫌いではない、だが二人の環境があまり良好とは言えなかった為、何となくシモンは兄に近寄るのを遠慮していた。
そんな兄弟の前にある日一人の少女が現れた。
隣接するタウンハウスのショーズ侯爵家の一人娘だったファライナは自由な少女だった。
彼女に関してはシモンは出会った時から苦手だった。相手の懐にズケズケと遠慮無しに入り込む、兄との距離に悩むシモンの心などお構いなしだった。
彼女がいて良かった事は、遠慮がちなシモンがファライナに振り回されるのを、気の毒に思ったからか兄が気にかけてくれるようになった事くらいだった。そのうち兄の侍従として仕えるようになったカインも交えて4人で行動する事が増えた。
自由で相変わらずなファライナは、やはりと言うべきか他の貴族の令嬢達とは全く合わない、令嬢達がというよりもファライナに合わせる意思がなかったのが一番の原因だとシモンは思っていた。
だけどそんな事を気にしてあげるほどシモンはファライナに情が湧く事がなかったから放っていた。そうも言ってはいられない自体になったのは、突然降って湧いたような、シモンとファライナの婚約が結ばれてからだった。
何故そうなったのかも知らないシモンは困惑して、その時初めて兄に相談した。
兄は「カインがもう少し高い身分だったらな」と言って、なんてことのないように笑っていた。
そんな兄の言葉にシモンの中では、徐々に爵位を上げていった叩き上げの先祖が脳裏には浮かんでいた。だからカインが良かったと嘆くファライナに言ったのだ。
「今は男爵でも将来は分からない」
それはシモンの方が切にそう願っての事だった。
だから婚約後、王都を離れたファライナに手紙は送っても、それ以上婚約者としての交流などする気はなかった。何よりファライナもシモンも交流どころか婚約自体を望んでいなかったから。二人ともに足掻いていた。
手紙を送っていたのはあまりにも両親が五月蝿かったからだ。
まさかそんなシモンを思って兄がカインに、ファライナとの交流を命じていたとは思っても見なかった。
それをカインから聞かされた時、シモンは申し訳無さで胸がいっぱいになった。
兄はシモンが婚約に乗り気で無いことを知っていた。だが公爵家と言ってもシモンは次男だ。叩き上げの公爵家は従属爵位を既に手放しており、手許には初代の男爵位すら残っていない、何れシモンは平民になる道しか無い。愛して止まない子が弟が何れ平民になってしまう、その時の公爵家での一番の懸念をショーズ侯爵が解消してくれた。婚約を殊の外喜んだのは実にゲートラン公爵家の方だった。
薬師を目指す少年のシモンが何れ平民になるのを見越して夢を語ると兄は勘違いしてしまった。
ただ単にシモンが薬草に魅入られ、その研究をしたくて薬師を目指してるとは思ってくれなかった。
ファライナとの婚姻で侯爵家に婿に入ればシモンは貴族でいられる、そんな兄の思いから、シモンとファライナの絆が切れぬ様にとカインに命じたのだった。
それが完璧に裏目に出てしまった。
今となってはカインの気持ちもファライナに傾いていたのかもしれない、ここに来て兄はカインに激怒したのだ。だが世間の噂は違う方向に舵を取った。兄がショーズ侯爵家に激怒した事になってしまった。
もうシモンがどう足掻いてもどうにもならない。そもそもシモンは元からどうにも出来なかった、何度も両親には婚約の解消を願い出ていたのだ。
だが両親も兄と同じ考えだった。
先のない次男に侯爵家の婿を用意したつもりになっていた。
噂話と兄の激高にカインがファライナの前から姿を消した。それからのファライナは意気消沈して殊更シモンの所へ来る。
シモンの心中はその頃、ファライナに構ってやれるほど穏やかではなかった。
だが彼女を見るとカインへの申し訳無さが浮かんでしまう。長く仕えたはずの兄に激高された時、カインはどんな気持ちだったのだろうと、シモンはその責任が公爵家にあるのだと、申し訳無さでいっぱいになる。
だからファライナを見ると切なくなり、元気を取り戻せるように心を尽くしていた。
だがシモンは、初めて側にいたいと願った令嬢に出会ってしまっていた。だから想いはライレーンに飛んでいた。
気持ちが芽生えても婚約者のいる身ではどうにもならない。気持ちも伝えられず、かと言って諦めることも出来ない。
昔、薬師になりたくて必死に学んでいた時、その気持ちを父に伝えたら頭から反対された、兄にも散々窘められた。
何度も願ったけれどそれは叶わなかった、絶対に諦めきれないと思っていた気持ちだったが、その時は時間が解決してくれた。
薬師に成らずとも薬草に携わるのは家業でもあるから諦めることができた。
でも、ユリアーナへの恋心は燻ぶったままで常に心にこびりついたまま剥がれてくれない。薬師の時のように時間が経てば忘れられるのだろうか?
そんなシモンの気持ちを見透かしたように、彼女は自分の前から姿を消してしまった。
それからのシモンは自分の不甲斐なさに打ちのめされる日々を送って腑抜けになっていた。
その招待状はそんな時に送られてきたのだ。
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