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カフェテリア
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お昼になって、私は初めての休憩時間に工場の施設内にあるカフェテリアへ向かった。
カフェテリアは2階にあり、工場の中央にそびえる巨木の周りを一周している。入り口を通ると、広々とした空間でロボットが食事の配膳を行っていた。
この巨木は、レディ・レイヴンクロフトが子ども時代を過ごした家にあったものを移植したものだそうだ。何かしら思い入れがあるのだろう。樹を見ていたら、本屋に平積みされていた彼女の伝記を思い出した。確か、表紙には木に登って本を読んでいる少女の絵が描いてあった。あのイラストの木は、この大樹をイメージしていたのかもしれないなと思った。
食堂の壁には彼女が映し出されるスクリーンが置かれていた。その映像は、少々前時代的な会社への忠誠心を鼓舞しようとしてくる。
弧を描いた食事カウンターが設置され、私が空いたスツールに腰掛けるとピザとケーキが提供された。
ピザは生地部分が赤、青、黄がモザイク状に組み合わさった立方体でなんとも奇異な見た目だった。ケーキもまたブロック状だったが、こちらはカラフルなアイシングで装飾されていて美味しそうだった。
空腹だった私は恐る恐るピザにナイフとフォークを入れる。
ひと口食べると低温で焼かれたパンピザ生地のねっちりとした食感がする。低温で焼くのはパンに香ばしい焼き目をつけるより、鮮やかな色を出すことを優先したからだろう。粘土のような味わいにがっかりした。
咀嚼し、流し込む作業に努めていると、ここが私一工場を稼働させるユニット一に補給をさせ、送り出す場所に思えてきた。悲観的に一人食事をとる。
そこへ、アリッサが笑顔で近づいてきた。
「昼食はどう?」
彼女は尋ねた。
「控えめに言って、まずくないですか?」
私が言うと、アリッサは頷きながら答えた。
「私も最初は驚いたのよ。愛社精神のためにそこまでするか!?って。笑っちゃうわよね。」
そうやって朗らかに笑うので、私もつられて笑った。
これを笑っていいことに安心する。私はいつも考えすぎるのだ。
別にモニターのレディは一方的に話しているだけで、忠誠を強要してるわけじゃない。
これから仕事にやりがいを感じれば愛社精神が育つかもしれないし、そうでなければ給料分自分の責任を果たせばいい。
私の隣に座ったアリッサにも、ピザとケーキが提供された。
「でも、安全な食事なのは間違いないので安心して。ブリックの品質を保つためにも、作業員の健康は配慮されてるの。
栄養バランスはしっかり考えられてるから。ブリックファクトリーは従業員一人一人を大切にする会社だから」
「…………」
私は何と答えるか逡巡し、何も言えなかった。
私たちの世代は、他の世代から陰で棄民といわれていた。私を生んだ親世代は突出した人口の多い世代で、国の繁栄を支えた。流れるように大量生産し、大量消費する世相の中で、生命も大量生産した。私たちは余った。なぜ余るのか、余るならどうすればいいのか、どうにもできないまま、ロボットたちのおこぼれのような仕事についた。私はずっとそんな扱いを受けてきた。社会保障、福利厚生、そんなのは表向き必要なので決めておきました、というものだと思っている。雇用契約と違うと訴えたところで、代わりはいくらでもいるのだから嫌なら辞めろと言われる。それだけだ。
「本当よ。わたし、ここにきてから吹き出物が出なくなったのよ。」
「へえ、いいですね。私も期待しておきます。」
「まだ疑っているのね」
私の全く納得していない返事に彼女は苦笑した。でも、怒ったりはしなかった。彼女は幸せで、ここの生活に満足しているのだろう。幸せな人間は寛容だ。そう考えて、自分の卑屈さがちょっと嫌になった。そうやって自分を省みることができる程度には、私の精神状態はマシになったみたいだ。
ピザを食べ終わると、いいタイミングで配膳ロボットがコーヒーを持ってきてくれた。ケーキは普通においしい。
配膳ロボットは工場の外観のように白くてつるりとしていた。頭部らしき部分にカメラ、トレイが収まった胴体、アームがついている。これもまたブリックで構成されているのだろう。継ぎ目の見えない組み立てが素晴らしい。
以前、清掃業務で派遣されていた低価格レストランの配膳ロボットは、おしゃべりでかわい子ぶった動物の皮をかぶった媚びたやつらだったが、ここのロボットは、いさぎよく機能性第一で黙々と作業をするだけなのが好ましく思う。
そういえばこの建物ではロボット掃除機が稼働している。掃除してはいけないものは落ちていないんだろう。
何もかもが整っていてクリーンで気持ち良い。
午後に向かう日差しはやわらかで、カフェテリアは明るく、緑が揺れている。
「それより、敬語はやめて?私たち年も変わらないし、入社した時期もそんなに変わらないし」
「いいんですか?……えっと、いいのかな。
あまりタメ口に慣れてないんだ。でも、これからはそうする。」
何にでも懐疑的な私の性格は、あまり愉快とはいえないと自分でも思っているが、アリッサは明るく接してくれる。
今までのツキのない人生のせいで私はひねくれた人間になってしまったが、これを機に自分を変えられるかもしれない予感がした。
入社一日目は悪くない滑り出しだった。あの時、幻影広告に表示された求人広告に出会えた僥倖《ぎょうこう》を感謝した。
カフェテリアは2階にあり、工場の中央にそびえる巨木の周りを一周している。入り口を通ると、広々とした空間でロボットが食事の配膳を行っていた。
この巨木は、レディ・レイヴンクロフトが子ども時代を過ごした家にあったものを移植したものだそうだ。何かしら思い入れがあるのだろう。樹を見ていたら、本屋に平積みされていた彼女の伝記を思い出した。確か、表紙には木に登って本を読んでいる少女の絵が描いてあった。あのイラストの木は、この大樹をイメージしていたのかもしれないなと思った。
食堂の壁には彼女が映し出されるスクリーンが置かれていた。その映像は、少々前時代的な会社への忠誠心を鼓舞しようとしてくる。
弧を描いた食事カウンターが設置され、私が空いたスツールに腰掛けるとピザとケーキが提供された。
ピザは生地部分が赤、青、黄がモザイク状に組み合わさった立方体でなんとも奇異な見た目だった。ケーキもまたブロック状だったが、こちらはカラフルなアイシングで装飾されていて美味しそうだった。
空腹だった私は恐る恐るピザにナイフとフォークを入れる。
ひと口食べると低温で焼かれたパンピザ生地のねっちりとした食感がする。低温で焼くのはパンに香ばしい焼き目をつけるより、鮮やかな色を出すことを優先したからだろう。粘土のような味わいにがっかりした。
咀嚼し、流し込む作業に努めていると、ここが私一工場を稼働させるユニット一に補給をさせ、送り出す場所に思えてきた。悲観的に一人食事をとる。
そこへ、アリッサが笑顔で近づいてきた。
「昼食はどう?」
彼女は尋ねた。
「控えめに言って、まずくないですか?」
私が言うと、アリッサは頷きながら答えた。
「私も最初は驚いたのよ。愛社精神のためにそこまでするか!?って。笑っちゃうわよね。」
そうやって朗らかに笑うので、私もつられて笑った。
これを笑っていいことに安心する。私はいつも考えすぎるのだ。
別にモニターのレディは一方的に話しているだけで、忠誠を強要してるわけじゃない。
これから仕事にやりがいを感じれば愛社精神が育つかもしれないし、そうでなければ給料分自分の責任を果たせばいい。
私の隣に座ったアリッサにも、ピザとケーキが提供された。
「でも、安全な食事なのは間違いないので安心して。ブリックの品質を保つためにも、作業員の健康は配慮されてるの。
栄養バランスはしっかり考えられてるから。ブリックファクトリーは従業員一人一人を大切にする会社だから」
「…………」
私は何と答えるか逡巡し、何も言えなかった。
私たちの世代は、他の世代から陰で棄民といわれていた。私を生んだ親世代は突出した人口の多い世代で、国の繁栄を支えた。流れるように大量生産し、大量消費する世相の中で、生命も大量生産した。私たちは余った。なぜ余るのか、余るならどうすればいいのか、どうにもできないまま、ロボットたちのおこぼれのような仕事についた。私はずっとそんな扱いを受けてきた。社会保障、福利厚生、そんなのは表向き必要なので決めておきました、というものだと思っている。雇用契約と違うと訴えたところで、代わりはいくらでもいるのだから嫌なら辞めろと言われる。それだけだ。
「本当よ。わたし、ここにきてから吹き出物が出なくなったのよ。」
「へえ、いいですね。私も期待しておきます。」
「まだ疑っているのね」
私の全く納得していない返事に彼女は苦笑した。でも、怒ったりはしなかった。彼女は幸せで、ここの生活に満足しているのだろう。幸せな人間は寛容だ。そう考えて、自分の卑屈さがちょっと嫌になった。そうやって自分を省みることができる程度には、私の精神状態はマシになったみたいだ。
ピザを食べ終わると、いいタイミングで配膳ロボットがコーヒーを持ってきてくれた。ケーキは普通においしい。
配膳ロボットは工場の外観のように白くてつるりとしていた。頭部らしき部分にカメラ、トレイが収まった胴体、アームがついている。これもまたブリックで構成されているのだろう。継ぎ目の見えない組み立てが素晴らしい。
以前、清掃業務で派遣されていた低価格レストランの配膳ロボットは、おしゃべりでかわい子ぶった動物の皮をかぶった媚びたやつらだったが、ここのロボットは、いさぎよく機能性第一で黙々と作業をするだけなのが好ましく思う。
そういえばこの建物ではロボット掃除機が稼働している。掃除してはいけないものは落ちていないんだろう。
何もかもが整っていてクリーンで気持ち良い。
午後に向かう日差しはやわらかで、カフェテリアは明るく、緑が揺れている。
「それより、敬語はやめて?私たち年も変わらないし、入社した時期もそんなに変わらないし」
「いいんですか?……えっと、いいのかな。
あまりタメ口に慣れてないんだ。でも、これからはそうする。」
何にでも懐疑的な私の性格は、あまり愉快とはいえないと自分でも思っているが、アリッサは明るく接してくれる。
今までのツキのない人生のせいで私はひねくれた人間になってしまったが、これを機に自分を変えられるかもしれない予感がした。
入社一日目は悪くない滑り出しだった。あの時、幻影広告に表示された求人広告に出会えた僥倖《ぎょうこう》を感謝した。
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