メトロポリス・ブリック

青色豆乳

文字の大きさ
2 / 9

カフェテリア

しおりを挟む
 お昼になって、私は初めての休憩時間に工場の施設内にあるカフェテリアへ向かった。
 カフェテリアは2階にあり、工場の中央にそびえる巨木の周りを一周している。入り口を通ると、広々とした空間でロボットが食事の配膳を行っていた。
 この巨木は、レディ・レイヴンクロフトが子ども時代を過ごした家にあったものを移植したものだそうだ。何かしら思い入れがあるのだろう。樹を見ていたら、本屋に平積みされていた彼女の伝記を思い出した。確か、表紙には木に登って本を読んでいる少女の絵が描いてあった。あのイラストの木は、この大樹をイメージしていたのかもしれないなと思った。

 食堂の壁には彼女が映し出されるスクリーンが置かれていた。その映像は、少々前時代的な会社への忠誠心を鼓舞しようとしてくる。

 弧を描いた食事カウンターが設置され、私が空いたスツールに腰掛けるとピザとケーキが提供された。
 ピザは生地部分が赤、青、黄がモザイク状に組み合わさった立方体でなんとも奇異な見た目だった。ケーキもまたブロック状だったが、こちらはカラフルなアイシングで装飾されていて美味しそうだった。
 空腹だった私は恐る恐るピザにナイフとフォークを入れる。
 ひと口食べると低温で焼かれたパンピザ生地のねっちりとした食感がする。低温で焼くのはパンに香ばしい焼き目をつけるより、鮮やかな色を出すことを優先したからだろう。粘土のような味わいにがっかりした。


 咀嚼し、流し込む作業に努めていると、ここが私一工場を稼働させるユニット一に補給をさせ、送り出す場所に思えてきた。悲観的に一人食事をとる。
 そこへ、アリッサが笑顔で近づいてきた。
「昼食はどう?」
 彼女は尋ねた。
「控えめに言って、まずくないですか?」
 私が言うと、アリッサは頷きながら答えた。
「私も最初は驚いたのよ。愛社精神のためにそこまでするか!?って。笑っちゃうわよね。」
 そうやって朗らかに笑うので、私もつられて笑った。
 これを笑っていいことに安心する。私はいつも考えすぎるのだ。
 別にモニターのレディは一方的に話しているだけで、忠誠を強要してるわけじゃない。
 これから仕事にやりがいを感じれば愛社精神が育つかもしれないし、そうでなければ給料分自分の責任を果たせばいい。
 私の隣に座ったアリッサにも、ピザとケーキが提供された。
「でも、安全な食事なのは間違いないので安心して。ブリックの品質を保つためにも、作業員の健康は配慮されてるの。
 栄養バランスはしっかり考えられてるから。ブリックファクトリーは従業員一人一人を大切にする会社だから」
「…………」
私は何と答えるか逡巡しゅんじゅんし、何も言えなかった。
 私たちの世代は、他の世代から陰で棄民といわれていた。私を生んだ親世代は突出した人口の多い世代で、国の繁栄を支えた。流れるように大量生産し、大量消費する世相の中で、生命も大量生産した。私たちは余った。なぜ余るのか、余るならどうすればいいのか、どうにもできないまま、ロボットたちのおこぼれのような仕事についた。私はずっとそんな扱いを受けてきた。社会保障、福利厚生、そんなのは表向き必要なので決めておきました、というものだと思っている。雇用契約と違うと訴えたところで、代わりはいくらでもいるのだから嫌なら辞めろと言われる。それだけだ。
「本当よ。わたし、ここにきてから吹き出物が出なくなったのよ。」
「へえ、いいですね。私も期待しておきます。」
 「まだ疑っているのね」
 私の全く納得していない返事に彼女は苦笑した。でも、怒ったりはしなかった。彼女は幸せで、ここの生活に満足しているのだろう。幸せな人間は寛容だ。そう考えて、自分の卑屈さがちょっと嫌になった。そうやって自分を省みることができる程度には、私の精神状態はマシになったみたいだ。
 ピザを食べ終わると、いいタイミングで配膳ロボットがコーヒーを持ってきてくれた。ケーキは普通においしい。
 
 配膳ロボットは工場の外観のように白くてつるりとしていた。頭部らしき部分にカメラ、トレイが収まった胴体、アームがついている。これもまたブリックで構成されているのだろう。継ぎ目の見えない組み立てが素晴らしい。
 以前、清掃業務で派遣されていた低価格レストランの配膳ロボットは、おしゃべりでかわい子ぶった動物の皮をかぶった媚びたやつらだったが、ここのロボットは、いさぎよく機能性第一で黙々と作業をするだけなのが好ましく思う。
 そういえばこの建物ではロボット掃除機が稼働している。掃除してはいけないものは落ちていないんだろう。
  
 何もかもが整っていてクリーンで気持ち良い。
 午後に向かう日差しはやわらかで、カフェテリアは明るく、緑が揺れている。

「それより、敬語はやめて?私たち年も変わらないし、入社した時期もそんなに変わらないし」
「いいんですか?……えっと、いいのかな。
 あまりタメ口に慣れてないんだ。でも、これからはそうする。」
 何にでも懐疑的な私の性格は、あまり愉快とはいえないと自分でも思っているが、アリッサは明るく接してくれる。
 今までのツキのない人生のせいで私はひねくれた人間になってしまったが、これを機に自分を変えられるかもしれない予感がした。
 
 入社一日目は悪くない滑り出しだった。あの時、幻影広告ホロ・アドに表示された求人広告に出会えた僥倖《ぎょうこう》を感謝した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...