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忍びよる影
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会社に割り当てられたアパートメントは、工場とそれを囲む森の外周にある、ワーカーゾーンと呼ばれる区画にあった。私が入居したのはアパートメントブロックAだが、ブロック状の外観はどの建物もほとんど違いが無いようだった。
1階にはロビー、2階にはクリニックやジム、コンビニエンスストアがあり、3階以上が住居になっていた。このアパートメント一つが、一つの町の機能をそろえている。メトロポリス・ブリックを構成するモジュールの一つであった。ブリック社の思想があまねく街に行き渡っているのを感じる。
私の部屋の内部は狭いが、ミニキッチン、ユニットバスを備えた普通のワンルームだった。
定時に仕事を始め、定時に帰宅する。
朝の通勤時間には少し早めに家を出て、工場までの森の中を散策する。新鮮な空気を吸うことで、頭をすっきりとさせ、仕事への集中力が上がる気がする。
昼休みにはアリッサと社食に文句を言いながら会話を楽しみ、食後には軽いストレッチを取り入れ、長時間の作業で凝り固まった肩や背中をほぐすように心掛けた。
週に数回、近くのジムでの運動も取り入れ、体力を維持する努力を続けた。この単純なルーティン、されど人間らしい生活よ!私は今までの人生で初めて、一切の後ろめたさがなく浮かれた気分になれた。
休日にはアリッサとショッピングに出かけた。私は引っ越しをしたばかりで、買いたいものがいろいろとあった。
アリッサは快く街を案内してくれた。
これから、カーテンの柄を選び、観葉植物を置き、自分好みにインテリアをそろえようと思っている。メトロポリス・ブリックでは、ブリック素材でできた全ての物――家具や食器、なんと服までも――が安価で供給されている。それなのにデザインは大量生産されたものではなく豊富なのだ。あれもこれも目移りして、一日中歩き回ってしまったが、楽しい一日だった。
そして、夕食のために入った店で、フィッシュアンドチップスまでブロックの形に成形されていたのを見た時は、二人で遠慮なく爆笑してしまったのだった。
――――
ある日、作業中にふと小さな違和感を感じた。
隣の作業ステーションには、昨日まで眼鏡の中年の男がいたと思っていたのだが、別人になっていないか。
裸眼だし、なんというかその……頭髪が豊かだ。
私が凝視してしまったので、男がこちらを見た。それで私は気が付いてしまった。
何のことはない、男は眼内コンタクトを入れたか何かで視力を矯正し、カツラか植毛をして頭髪を増やしたのだ。
私は失礼にもそのことに笑ってしまいそうになり、顔をゆがめてそれに耐えた。心の中で謝罪し、深く反省した。
急ぎ自分の作業に戻る。
ブリックを手に取ると、まるで無限の可能性が広がるような感覚に包まれる。ばらばらだったパーツがつながり、一つのモジュールとなってゆくとき、心の中に高揚感が湧き上がる。特に、完成した部品がスムーズに起動した瞬間は格別で、その度に心の中で歓喜が広がった。
自分の手で何かを創り出す喜びに、達成感と満足感が増していく。
まるで自分の手のひらから一つの命が生まれ、使命を得て羽ばたいてゆくような、というのは詩的すぎる表現かもしれないけれど。
ネズミと呼ばれ、薄暗く生ゴミの臭いのする路地裏で削り取られた私の心が、この職場に来てから癒されているのを感じていた。
――――
昼食の時、アリッサは遅れてきた。それは、最近よくあることだった。
「ごめんなさい。待った?」
「ううん、別にいいけど……、アリッサ、疲れてない?」
「つい没頭しちゃって……。作業マニュアルに就業時間は厳守って書いてあるのに、良くないわね」
それは私もわからなくもない。ブリックの組み立て作業は、人をやたら没入させるのだ。
「明日は気を付けるわ」
アリッサは笑ってそう言ったが、次の日もアリッサは昼食に遅れた。
私はこの時違和感を感じるべきだった。元来の疑り深く用心深い私ならそうしたはずだったが、この都市に来て感じた多幸感が私を疑いから遠ざけてしまっていた。
1階にはロビー、2階にはクリニックやジム、コンビニエンスストアがあり、3階以上が住居になっていた。このアパートメント一つが、一つの町の機能をそろえている。メトロポリス・ブリックを構成するモジュールの一つであった。ブリック社の思想があまねく街に行き渡っているのを感じる。
私の部屋の内部は狭いが、ミニキッチン、ユニットバスを備えた普通のワンルームだった。
定時に仕事を始め、定時に帰宅する。
朝の通勤時間には少し早めに家を出て、工場までの森の中を散策する。新鮮な空気を吸うことで、頭をすっきりとさせ、仕事への集中力が上がる気がする。
昼休みにはアリッサと社食に文句を言いながら会話を楽しみ、食後には軽いストレッチを取り入れ、長時間の作業で凝り固まった肩や背中をほぐすように心掛けた。
週に数回、近くのジムでの運動も取り入れ、体力を維持する努力を続けた。この単純なルーティン、されど人間らしい生活よ!私は今までの人生で初めて、一切の後ろめたさがなく浮かれた気分になれた。
休日にはアリッサとショッピングに出かけた。私は引っ越しをしたばかりで、買いたいものがいろいろとあった。
アリッサは快く街を案内してくれた。
これから、カーテンの柄を選び、観葉植物を置き、自分好みにインテリアをそろえようと思っている。メトロポリス・ブリックでは、ブリック素材でできた全ての物――家具や食器、なんと服までも――が安価で供給されている。それなのにデザインは大量生産されたものではなく豊富なのだ。あれもこれも目移りして、一日中歩き回ってしまったが、楽しい一日だった。
そして、夕食のために入った店で、フィッシュアンドチップスまでブロックの形に成形されていたのを見た時は、二人で遠慮なく爆笑してしまったのだった。
――――
ある日、作業中にふと小さな違和感を感じた。
隣の作業ステーションには、昨日まで眼鏡の中年の男がいたと思っていたのだが、別人になっていないか。
裸眼だし、なんというかその……頭髪が豊かだ。
私が凝視してしまったので、男がこちらを見た。それで私は気が付いてしまった。
何のことはない、男は眼内コンタクトを入れたか何かで視力を矯正し、カツラか植毛をして頭髪を増やしたのだ。
私は失礼にもそのことに笑ってしまいそうになり、顔をゆがめてそれに耐えた。心の中で謝罪し、深く反省した。
急ぎ自分の作業に戻る。
ブリックを手に取ると、まるで無限の可能性が広がるような感覚に包まれる。ばらばらだったパーツがつながり、一つのモジュールとなってゆくとき、心の中に高揚感が湧き上がる。特に、完成した部品がスムーズに起動した瞬間は格別で、その度に心の中で歓喜が広がった。
自分の手で何かを創り出す喜びに、達成感と満足感が増していく。
まるで自分の手のひらから一つの命が生まれ、使命を得て羽ばたいてゆくような、というのは詩的すぎる表現かもしれないけれど。
ネズミと呼ばれ、薄暗く生ゴミの臭いのする路地裏で削り取られた私の心が、この職場に来てから癒されているのを感じていた。
――――
昼食の時、アリッサは遅れてきた。それは、最近よくあることだった。
「ごめんなさい。待った?」
「ううん、別にいいけど……、アリッサ、疲れてない?」
「つい没頭しちゃって……。作業マニュアルに就業時間は厳守って書いてあるのに、良くないわね」
それは私もわからなくもない。ブリックの組み立て作業は、人をやたら没入させるのだ。
「明日は気を付けるわ」
アリッサは笑ってそう言ったが、次の日もアリッサは昼食に遅れた。
私はこの時違和感を感じるべきだった。元来の疑り深く用心深い私ならそうしたはずだったが、この都市に来て感じた多幸感が私を疑いから遠ざけてしまっていた。
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