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悪い夢
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私は夢を見ていた。夢の中で私は巨大なブリックの迷路の中に立っていた。四方八方に広がるブリックは立方体で完璧に組み合わさり、まるで生きているかのように動いていた。ブリックは私に向かって囁きかけてくるが、その意味はわからない。
ただ繰り返し同じフレーズが繰り返される。
全てが見渡す限りの風景がブリックでできている。地面も、建物も、樹木までもがブリックで形作られていた。
恐る恐る手を見下ろすと、指先が微妙に変形していた。いつの間にか皮膚が硬化し、ブリック素材の手触りに変わっている。
「これは……夢だ」
自分に言い聞かせるが、感触は現実そのものだ。体の震えが止まらない。足元に目を向けると、靴も靴下もすでにブリックへと変わっている。次第に侵食が進み、足から太ももへ、そして腰へとブリックの侵食が広がっていく。
何とか体を動かそうとするが、ブリックが絡みついて動きづらい。あたりの風景が歪んで見え、狂気の中でさえぐらぐらと揺れている。揺れているのは私の体か。
突然、激しい痛みが体を貫く。胸を押さえつけると、心臓の鼓動が無くなっているのを感じる。内臓が変形し、一つ一つの器官がブリックに置き換えられ再生されていく。
痛みは瞬時に消えた。鼓動はないが私は生きている。
「助けて!」
声を絞り出そうとするが、口からもブリックがこぼれ落ちる。舌や歯もすでに変質していて、もはや声すら発せられない。意識が朦朧とする中、最後に見たのは、自分の全身がブリックで覆われた姿だった。
――――
目が覚めた時、冷や汗でびっしょりと濡れていた。ベッドの中で息を整え、夢だったと気づく。しかし、その恐怖は現実よりも鮮明で、手の感触が自分の物でないように感じられる。
ベッドサイドの明かりをつけると、私は起き上がってサイドテーブルに置いてあった日記帳を開いた。この日記帳は、私がメトロポリス・ブリックに持ち込んだ少ない荷物のうちの一つだ。今時、アナログな紙の日記帳を使うのは珍しいと思う。
私は慎重に夢の断片を探しながら日記を書いた。これは、子どもの頃から続けていることだった。多分、私は疑り深い性格過ぎて、自分の中の無意識の領域さえ把握していないと不安なのだと思う。
強く感情を動かされた感覚があるのに、夢はいつも霧散してわからなくなってしまう。日記を書き終わると、私はライトを消して二度寝した。
――――
「気がつくと時間が過ぎてしまっているのよ」
アリッサは言った。
私とアリッサは、ワーカーゾーンにあるスシバーで夕食をとっていた。残業しようとするアリッサを説得して、寿司をおごるからと作業ステーションから連れ出したのだ。
私たちの皿の上には、立方体と直方体の寿司が組み合わさってピラミッドのように盛り付けられている。
「疲れているんじゃない?まあ食べなよ」
「そうだったわ。お腹ぺこぺこ」
握りかと思ったら食べてみると押し寿司の食感だった。この都市で提供されるねっちりとした食感の食べ物にもだいぶ慣れてきた。ネタは合成タンパクだった。私は食べたことがないので、本当の魚の味は知らない。
私たちはしばらく無言で食事をした。アリッサが話してくれないと会話が続かない。
半ばまで食べ進めたころ、アリッサは話し出した。
「この間、工場内で道に迷ってしまったの。そうしたら、禁止区域に入ってしまって。
そこで、通常の製造工程とは異なる装置が稼働しているのを見つけたの」
「禁止区域って……ブリック鍛造エリアのこと?」
アリッサは少し迷った後、低い声で続けた。
「そう。……あれは、異常だわ」
鍛造エリアはブリック・ファクトリーのテクノロジーの核になる部分だ。一般社員にとって禁止エリアなのはそれほど不思議なことではない。
有名チェーン店のフライドチキンの粉の配合だって本社の数人しか知らないらしいし。
「ブリックフォージ内だったら、私たちが知らない装置があってもおかしくないのでは?」
「そうなんだけど……あまり良くない気がして。まだはっきりしたことはわからないから……」
「わからないって、調べるつもり?」
「あなたはこういう話、興味ない?」
私の問いに、アリッサは疑問で返した。私がなんでも疑うタイプだと思っているからだろう。
それは合っているけど、私の一面でしかない。アリッサには前職のことは話していない。アリッサは知らないが、私はボスがゴミだと言えば、街の焼却炉に何だって投げ入れていたような人間だ。
私が答えないと、彼女はしばらく黙りこみ、間をおいて口を開いた。
「『ブリック』には何かあるわ。ただの建材じゃない。
あなたは不思議じゃない?『ブリック』のこと。単なる建材以上の存在だと思ったことは?たとえば、私たちは『ブリック』に製造させられているなんて気がしたことはない?
気がつくと就業時間を超えてしまっているの。私の意思じゃないみたいに」
「アリッサ、疲れているんじゃない?」
「まじめな話なの」
珍しくアリッサの顔は笑っていなかった。いつもと違う真剣な様子だった。
「考えすぎなんじゃない?もし本当に何か良くないことがあるのなら……アリッサが危険だよ」
私はいろいろ考えて……それしか言えなかった。私は自分の思考に入っていたので、その時、アリッサがどんな様子だったのか見ていなかった。見ていれば、この後の行動は変わっただろうか?
「あなたなら陰謀論とか好きなんじゃないかと思って」
笑いを含んだ声でアリッサは言った。さっきの真顔が消えて、いつも通りの彼女だった。
確かに私は陰謀論とか都市伝説とか好きな方だと思う。でも大体そういうものが事実と違ったり、大げさに誇張されていたり、真相がわかると大したことがないってことも知っている。
だけど、本当にそうだろうか?ありえないことが本当にあったら?私は湧き上がる興味に蓋をした。少なくとも私は今の生活で十分与えられているし、そんな会社の上の方の事など、一作業員が気にしてもしょうがないではないか。その時はそれが最善だと思った。
ただ繰り返し同じフレーズが繰り返される。
全てが見渡す限りの風景がブリックでできている。地面も、建物も、樹木までもがブリックで形作られていた。
恐る恐る手を見下ろすと、指先が微妙に変形していた。いつの間にか皮膚が硬化し、ブリック素材の手触りに変わっている。
「これは……夢だ」
自分に言い聞かせるが、感触は現実そのものだ。体の震えが止まらない。足元に目を向けると、靴も靴下もすでにブリックへと変わっている。次第に侵食が進み、足から太ももへ、そして腰へとブリックの侵食が広がっていく。
何とか体を動かそうとするが、ブリックが絡みついて動きづらい。あたりの風景が歪んで見え、狂気の中でさえぐらぐらと揺れている。揺れているのは私の体か。
突然、激しい痛みが体を貫く。胸を押さえつけると、心臓の鼓動が無くなっているのを感じる。内臓が変形し、一つ一つの器官がブリックに置き換えられ再生されていく。
痛みは瞬時に消えた。鼓動はないが私は生きている。
「助けて!」
声を絞り出そうとするが、口からもブリックがこぼれ落ちる。舌や歯もすでに変質していて、もはや声すら発せられない。意識が朦朧とする中、最後に見たのは、自分の全身がブリックで覆われた姿だった。
――――
目が覚めた時、冷や汗でびっしょりと濡れていた。ベッドの中で息を整え、夢だったと気づく。しかし、その恐怖は現実よりも鮮明で、手の感触が自分の物でないように感じられる。
ベッドサイドの明かりをつけると、私は起き上がってサイドテーブルに置いてあった日記帳を開いた。この日記帳は、私がメトロポリス・ブリックに持ち込んだ少ない荷物のうちの一つだ。今時、アナログな紙の日記帳を使うのは珍しいと思う。
私は慎重に夢の断片を探しながら日記を書いた。これは、子どもの頃から続けていることだった。多分、私は疑り深い性格過ぎて、自分の中の無意識の領域さえ把握していないと不安なのだと思う。
強く感情を動かされた感覚があるのに、夢はいつも霧散してわからなくなってしまう。日記を書き終わると、私はライトを消して二度寝した。
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「気がつくと時間が過ぎてしまっているのよ」
アリッサは言った。
私とアリッサは、ワーカーゾーンにあるスシバーで夕食をとっていた。残業しようとするアリッサを説得して、寿司をおごるからと作業ステーションから連れ出したのだ。
私たちの皿の上には、立方体と直方体の寿司が組み合わさってピラミッドのように盛り付けられている。
「疲れているんじゃない?まあ食べなよ」
「そうだったわ。お腹ぺこぺこ」
握りかと思ったら食べてみると押し寿司の食感だった。この都市で提供されるねっちりとした食感の食べ物にもだいぶ慣れてきた。ネタは合成タンパクだった。私は食べたことがないので、本当の魚の味は知らない。
私たちはしばらく無言で食事をした。アリッサが話してくれないと会話が続かない。
半ばまで食べ進めたころ、アリッサは話し出した。
「この間、工場内で道に迷ってしまったの。そうしたら、禁止区域に入ってしまって。
そこで、通常の製造工程とは異なる装置が稼働しているのを見つけたの」
「禁止区域って……ブリック鍛造エリアのこと?」
アリッサは少し迷った後、低い声で続けた。
「そう。……あれは、異常だわ」
鍛造エリアはブリック・ファクトリーのテクノロジーの核になる部分だ。一般社員にとって禁止エリアなのはそれほど不思議なことではない。
有名チェーン店のフライドチキンの粉の配合だって本社の数人しか知らないらしいし。
「ブリックフォージ内だったら、私たちが知らない装置があってもおかしくないのでは?」
「そうなんだけど……あまり良くない気がして。まだはっきりしたことはわからないから……」
「わからないって、調べるつもり?」
「あなたはこういう話、興味ない?」
私の問いに、アリッサは疑問で返した。私がなんでも疑うタイプだと思っているからだろう。
それは合っているけど、私の一面でしかない。アリッサには前職のことは話していない。アリッサは知らないが、私はボスがゴミだと言えば、街の焼却炉に何だって投げ入れていたような人間だ。
私が答えないと、彼女はしばらく黙りこみ、間をおいて口を開いた。
「『ブリック』には何かあるわ。ただの建材じゃない。
あなたは不思議じゃない?『ブリック』のこと。単なる建材以上の存在だと思ったことは?たとえば、私たちは『ブリック』に製造させられているなんて気がしたことはない?
気がつくと就業時間を超えてしまっているの。私の意思じゃないみたいに」
「アリッサ、疲れているんじゃない?」
「まじめな話なの」
珍しくアリッサの顔は笑っていなかった。いつもと違う真剣な様子だった。
「考えすぎなんじゃない?もし本当に何か良くないことがあるのなら……アリッサが危険だよ」
私はいろいろ考えて……それしか言えなかった。私は自分の思考に入っていたので、その時、アリッサがどんな様子だったのか見ていなかった。見ていれば、この後の行動は変わっただろうか?
「あなたなら陰謀論とか好きなんじゃないかと思って」
笑いを含んだ声でアリッサは言った。さっきの真顔が消えて、いつも通りの彼女だった。
確かに私は陰謀論とか都市伝説とか好きな方だと思う。でも大体そういうものが事実と違ったり、大げさに誇張されていたり、真相がわかると大したことがないってことも知っている。
だけど、本当にそうだろうか?ありえないことが本当にあったら?私は湧き上がる興味に蓋をした。少なくとも私は今の生活で十分与えられているし、そんな会社の上の方の事など、一作業員が気にしてもしょうがないではないか。その時はそれが最善だと思った。
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