メトロポリス・ブリック

青色豆乳

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事故

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 その日もまた、私は通常通りのシフトに従事していた。突然、工場中に異常を知らせる警報音が響くまでは。
 警報音に続いて、館内放送が流れる。
「Dブロックで異常発生。セルフリジェネレーションシステムが暴走しています。管理者はDブロックに向かってください」
 Dブロックはアリッサが配置されている場所だ。私は悪い予感がして、作業中の工具を置くとDブロックへ向かった。
「作業時間中です」と私の作業スペースから警告が聞こえたが無視をした。

 Dブロックではすべての扉が解放されていた。私は廊下を走り一番近い扉から飛び込んだ。人々の喧騒の中心にアリッサがいた。悪い予感が当たった。恐怖が私の胸を締め付ける。
 アリッサは床に座り込んでいるが、彼女の作業スペースの周りにシールドが張られているので誰も近づけない。オリエンテーションで見たことがあるやつだ。私はアリッサの異変に気付いた。彼女の作業スペースから彼女の手元にブリックの塊が伸びている。
 彼女は痛みに顔を歪めている。アリッサは必死に手を引っ込めようとしているが、何かが彼女の動きを阻んでいるようだった。
 彼女の手はブリックと一体化し始め、皮膚が溶けるように変化していく。
「アリッサ!」
 私は叫んだが、彼女の腕は完全にブロックに変わり、彼女自身も制御不能な力に引きずられるように動き出した。
「手動制御に切り替えろ!」
 誰かの叫び声がする。緊急停止ボタンが連打される。
 しかし、すでに間に合わず、異常な動きを続けるブロックに捕らわれ、彼女は激しい力で腕を引き裂かれた。異常音と共に、アリッサの悲鳴が工場内に響き渡った。彼女は右腕を失い、床に倒れ込んだ。同時に、シールドが解除された。 

 工場長のスコットが駆けつけた。
「近づくな!各自、持ち場へ戻れ!」
 彼はいつにもまして厳格な表情で叫んだ。救急隊が到着し、アリッサは緊急搬送された。
 即座に掃除ロボットがやってきて、あたりの清掃を始める。アリッサの体の一部だったものが、ブリックや木興の破片と一緒くたに吸い込まれてゆく。
 私はすべてを立ち尽くしたまま眺めていた。

 アリッサの事故は、反発する回路をつなごうとした時に、それぞれのブリックの自己修復機能が過剰に反応したためだと説明された。マニュアルには防止するための工程が定められているので、今後一層手順を遵守するよう、各部署に通達があった。

 ――――

 アリッサの見舞いに病院を訪れることに決めた。
 メトロポリス・ブリック内の総合医療施設に向かう。
 アリッサの部屋に入ると、彼女は新型のブリック製義手を装着していた。その義手は滑らかなでわずかな光沢を放ってはいる。しかし、ほとんど元々の皮膚と見分けがつかない。まるで自然な腕の延長のようだった。アリッサはベッドに座っており、元気そうな笑顔を見せていた。
 
「ありがとう。慣れない義手だけど、思ったより使いやすいわ。もう全然大丈夫なのよ、早く退院したいわ」
 アリッサは明るい声で言った。
 アリッサは事故後、ブリック・ファクトリーの補償よって最新型の義手を装着し、短期間で回復したようだった。ブリックファクトリーは従業員一人一人を大切にする会社だから――最初の日、カフェテリアでアリッサと話したことを思い出す。

 「本当に早い回復だな。普通ならもっと時間がかかると思っていたんだけど」
 いくらなんでも早すぎないか。私は胸の奥で湧き上がる疑念を押し殺しつつ、彼女に問いかけた。 
「確かに驚いたわ。でも、ブリック・ファクトリーの最新技術のおかげよ。素晴らしいことだわ」
 アリッサは会社に対して疑念を抱いていたはずなのに。彼女はどうしてしまったのだろう。
「アリッサ、この間言っていた、ブリック鍛造エリアブリックフォージ――禁止区域のことだけど」
 私は慎重に尋ねた。
「何のこと?」
 アリッサは、初めて会った時のような曇りのない笑顔を浮かべている。アリッサは明らかに異常だ。私は背筋が冷たくなるのを感じた。

 ――――

 私は、塵一つ落ちていない都市の道を歩きながら考える。
 スシバーではアリッサに言わなかったが、私はアリッサの見たものに予想がついていた。言わなかったのは――会社の秘匿事項についての私の考えを、アリッサに伝える勇気がなかったからだ。私はアリッサにとって、ちょっと偏屈で変わり者だがまあまあ親しい友人でいたいと思っている。
 私の予想が合っていると仮定した場合、その内容は彼女を危険な目に合わせ、記憶の改ざんまでする必要があるほどのことだろうか。

 彼女の事故は偶然だし、彼女は事故のショックで最近の出来事を忘れているだけなのでは?記憶の改ざんなんて、現代の技術でできると聞いたことがない。
 アリッサは回復に向かっているし、何も問題など起こっていないじゃないか?
 しかし悪い予感を否定することができない。自分の予想を超えた危険があるかもしれないことが恐ろしい。
 アリッサが見たもの、そしてなぜ忘れたかを確認するべきだろうか。
 ブリックファクトリーの内部資料に目を通せば、何か手がかりが見つかるかもしれない。
 禁止区域にいきなり突入するよりはましだろう。けれど、そう簡単には許されない行為だ。

 私の思考はぐるぐると同じところを回り続ける。しかし、このままではいられない事はわかっていた。

 私の巣であるアパートメントの一室に着くと、お気に入りの北欧風のインテリアが迎えてくれた。
 白とブルーグレーを基調とした壁とカーテン、床には美しい木目のフローリング。白木のライティングデスクと、椅子、ブルーグレーのカバーがかかったベッド。自然素材の温かみがある。全てブリック製のフェイクだけれども。
 私は、日記を読み返すことにした。あの日彼女の話した内容を書き留めていたはずだ。

 日記を読み返した私は驚愕した。
 毎夜、私はブリックの夢を見ていた。日記には、断片的に私がブリックに侵食される悪夢が記されている。
 文字がところどころ乱れ、日記を書いていた時の自分の動揺を察することができた。ページをめくる手が震える。
 これほどの出来事を全く覚えていないなどどいうことがある得るのか。

 その夜私は眠ることができなかった。ベッドに入る事さえ恐ろしく、床に座り込んだまま朝を迎えたのだった。
 そして決心した。逃げよう。この都市はおかしい。
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