前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

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3.

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我が助けた商人は自らをミリアと名乗った。
予想通り、商いの為の移動中に盗賊に襲われたらしい。

この世界では特に珍しくもない茶髪に茶の目。背は女にしては高めで服を着ているから定かではないがスラリとした脚は黄金比に近いやもしれん、……だが、一部分の肉が少し乏しい。それはそれで需要がある。女の価値はそこで決まらぬから安心せよ。

「護衛も頼んだんですが、盗賊たちに……」
「殺されたのか?」
「わかりません……。ただ、逃げろと言ってくださって、それからの事は……」

どちらの方向から逃げてきたのかと聞いてそちらの方に索敵魔法をかけるが、我の検索範囲に反応はない。

仕方がないので千里眼を使い、地面が荒れている戦闘の跡と思われる場所を見るが、血の跡も特に無い。

盗賊たちの根城にでも連れていかれたか?
少なくともそこで殺された訳ではないらしい。

「助けた方が良ければ、護衛を助けるぞ」
「え?」
「ただし、条件がある」

何でしょう、と商人はやや緊張した面持ちである。

ふん。条件など決まっておるだろう。

「オーク肉の捌き方教えてくれ」

オークはあるが食えないというのが目下一番の我が問題だというのに、ミリアはそんな事でいいなら喜んでと言った。

……そんな事って。
まあいい。さくさく行こうではないか。

捕らえた盗賊たちに精神干渉魔法をかけて、自分で歩かせて、アジトまで案内させる。

「……盗賊たち、気を失ったままですよね……?」
「ん?人間とは自分の家がある方向は無意識に分かるというし、普通だろう」

人間としての常識など知らんが、吸血鬼達が根城に迷い込んだ人間の村を探すのに催眠はよく使っていたからな。

難なく洞窟に着いた。

うむ。だ。……入り込まずに魔力を入り口からセンサーのように放出する。疑似エコーロケーションというやつだ。

ミリアには歩かせていた盗賊たちの手足を縛り上げさせていたのだが、我が手のひらを洞窟に向けているのが気になったのか、ツルペタが恐る恐る声をかけて来た。

「何してるんですか……?」
「中の様子を確認している」

比較的浅い場所に人間の反応がある。2人ほど縛られて転がされているようだから、あれが冒険者だろう。
そして少し離れた場所に……あれ?もう1人縛られてる人間が、多勢に無勢な感じで取り囲まれてないか?

少し考えを巡らせて、ツルペタ商人に聞いてみれば、護衛はCランク冒険者で、男2人と女1人の3人組チームだったらしい。

……不快だな。

「……この"巣穴の奥の生物"並みの下劣さよ」

洞窟内に放った我が魔力はまだ生きている。入り口に手を伸ばし、その先にいる人間どもの周りに漂う我の魔力を操作する。

冒険者たちと思われる簀巻き2つと手足を縛られた1つを回収する。魔力を固めて冒険者たちを掴み、釣りの要領で外に引っ張り出しているだけだ。痛くも怖くもない。

……ただし、出口までの入り組んだ岩壁の中を最短ルートでスレッスレに、他人に命を握られた中で空中遊泳という脱出を楽しめればだが。
盗賊たちからすると、急に縛られた3人が宙に浮かび入り組んだ道を超スピードで飛んでいってるように見えるだろう。

ん?多分楽しいぞ?昔配下の1人もポカをして人間に捕まったから、同じように助けてやったのだ。泣いて喜んでいた。

「ひとが……とんで、きた……?」

外に引きずり出した3人を我々の目の前に下ろす。ツルペタは驚いたらしく、洞窟、3人、我を交互に見ている。

「うむ。久しぶりに釣りがしたくなったな」

大物を釣り上げた時の感動を思い出した。

それはさておき、入り口から飛び出て来た、浮遊体験が楽しすぎたらしく白目を向いて気絶している3人を商人の荷車に乗せてと。

「つるぺ……ミリアも荷車に乗っていろ。結界を張っておくから安全だ」
「今何言いかけました?というか、早く逃げましょう!」

何を言うか。敵前逃亡など、我の歴史にはない。前世では戦い続け幾千年。我が背に逃げ傷はなかった。

「正面から来る者には、正面から迎え撃ってやるのが礼儀というものだろう」
「そんな礼儀いいからぁー!」

煩いのでミリアも荷車の方に投げ込んで、獲物に目の前で逃げられた盗賊たちが出て来るのを待つ。

未だに中の様子を探っているが、どうやら全員では来ないようだ。12名中、中に3名残して出てくる。……3名、残さない方が身のためだと思うが。

まあいい。オーク肉を私が食すためにも、早く終わらせよう。

飛び出てきた盗賊たちは、先ずはじめにフードとマントで体を隠した我を見つけ、その奥にツルペ……商人の姿を見つけ、リーダー格と思われる少し体格のいい男はニヤリと笑った。

「おいお前ら!逃した獲物がわざわざ食われに来てくれたらしいぞ!」
「手間が省けましたねアニキ!しかも獲物の数が増えてますぜ!」

子分らしき男が指差しているのはどうやら我のようだ。ふむ……。我を指差すでない。

「ぎぃぃああああ!ゆ、指っ、俺の指ィ!?」
「なっ……!テメエ何しやがった!!」

突然我を指さしていた子分が手を抑えて痛みに悶えたので、親分(仮定)が、我に対して吠えた。

……何をしたもなにも。

「そやつが我を指差したから、その指を捻じ曲げて人を指差してはならんと礼儀を教えてやっただけだ」

前世配下は言っていた。我を指差す輩は総じて不敬だから、先ずは差した指を捻ってやれと。
今世料理長は言っていた。指は人に差すものではなく、クリームの硬度を確かめる為に刺すものだと。

「テメエ……!ガキだからって俺らが手加減してやると思うなよ!野郎共!あのガキから殺せえ!!」

なんと。ツル……商人たちに一応結界魔法をかけておいたというのに、皆揃って我に襲いかかってくるだと!?

「……虫叩き並みの、単純作業ではないか」


~数十秒後~


「魔法を使うまでもなかったな」

まさか、腹パン一発で落ちるとは思わなんだ。

かかって来た盗賊達は皆一様に膝をつき、泡を吹いて前屈みに倒れている。コイツらも手早く魔法で手足を拘束して、その辺の邪魔にならない所に転がしておく。一応広めの空間を取っておかないと、暴れた時に大変だからな。

「あ、あの!私が顔を見た盗賊がいないです!」

怖いのか荷車に乗ったままの商人が、そう声をかけて来た。恐らく洞窟に残っている3人の誰かだろう。いや、残っていたと言うべきだろうか。

「それなら問題ない。それより、もう暫くそこで大人しくしているがいい」

ほら、来るぞ。

巣穴の奥から、ギィギィと言葉なのか鳴き声なのかわからん音を出してそいつらが出てきた。

盗賊のいた場所のさらに奥深くから、
残っていた盗賊達の亡骸を引きずって、
姿を現わす醜悪な小鬼達。

「ゴブリン、キング……?」

その奥から姿を現した、その巨体は、まるで獲物の発見を喜ぶかのように、やはりまた、醜く雄叫びを上げた。



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