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しおりを挟むあの後、牧場主を起こして、我が交渉して野菜をある程度買い取った。このフェンリルは我が命令でもしない限り害を与えることは無いと言えば、未だ逃げ腰ではあるものの、落ち着いたようだ。
「そもそもこのフェンリルは、肉より野菜派のようだぞ。私のやった肉は食べたが」
『バウ!(そうヨ!)』
「……おう、分かった。それでもな、怖えモンは怖えの。お嬢ちゃん、分かってくれ」
「む……。まあ、そうだな。私も辛い物とは相容れぬからな……」
『クウゥ(アタシもネギは無理だワ……)』
「……それと一緒にされるのはなんか違うがまあもうそれでいい。
で、お嬢ちゃんは何しにここに来たんだ?」
そういえば。
「この牧場にチーズとかアイスとか美味しいものはあるか?」
「干し肉とかなら……」
がっくし。……いやいや、干し肉は悪くないぞ。うむ。保存食には最適。旅のお供にもなる。
「あー…そういう最近王都で人気の小洒落た食べ物なら、俺の農場にはないな」
「そうか…。では牧場主、干し肉少し売ってくれ…。アイスは別な場所で探す……」
「めっちゃ食いたかったんだな。落ち込むなって。そっちの…フェンリルの野菜も分けてやるから」
牧場主は中々に質の良い野菜をくれた。料理長仕込みのこの目に狂いはないぞ!
ついでに、今日の羊の出荷で私がいた王国とは別の国に行くので、そこまで馬車に乗せて連れて行ってくれるそうだ。
「フェンリルは…乗せられねえな。大きすぎる」
『ワフッ!(アタシ、小さくなれるわよ)』
言うなりフェンリルの大きさが変わった。子犬サイズだな。器用に私に登ると、頭の上に収まった。…うむ。悪くない。
『ワン!』
最早ただの子犬にしかみえんな!
「お…おお…。魔物って、大きさも自由に変えられるもんなのか…?」
「よろしく頼む!牧場主!」
「お、おう!」
道中は穏やかなもので、牧場主に話を聞きながら、羊の捌き方や干し肉作りの注意点などをご教授してもらった。干し肉は意外とどんな種類の食料肉でも作る事ができるらしい。川に住んでいる両生類の生き物ですら干し肉にする事が可能だと?…皮剥がすのにミスリル製のソードが必要になるはずだが……成る程皮付きのまま外側こんがり焼いて剥がして、そこから燻製に。確かにそちらの方が楽だな。しかも希少で美味しいらしい。今度作ろう。
そんなこんなで漸く大きな関所についた。
「お嬢ちゃんは身分証持ってるのか?」
「いや、無いな」
「なら入国するのに1ガルドかかる。金はあるか?」
「うむ。それなら恐らく問題ない」
父親がもたせたからな。
銅貨10枚で1クルト、10クルトが1ガルド、10ガルドが1ジルド、100ジルドが1ルトーになる。100ルトーで1金貨。
「入国に必要なだけで、その後身分証を作ってここに持って来れば返金されるから、渋るなよ?」
「うむ!」
「……あと、街を囲ってる結界の中に魔物や魔獣は入れない。入りたければ冒険者ギルドか魔獣ギルドに登録して、従魔登録が必要だぞ」
「………む?」『エッ』
驚き、初耳なのだが。仕方がないので、ここまで送ってくれた牧場主に礼を言って別れる。彼には彼の仕事があり、遅れるわけにはいかんからな。
「冒険者ギルドか魔獣ギルド…」
『ワン!(アタシは冒険者ギルド推しヨ。知り合いに聞いたけど、魔獣ギルドって殆ど荷運びとかで酷使させられるって言うし、アンタアタシにそんな事させるつもり?)』
「わかった…冒険者ギルドだな。…急いで行ってくるから隠れて待っててくれ」
『ワン!(了解ヨ。気をつけて、そしてさっさと戻ってきて頂戴!)』
牧場主に貰った地図を頼りに、辿り着いた先の建物には右も左も戦士と傭兵崩れや魔法使いらしいマントの者やちょっと何か分からない怪しい者…と、その他諸々ばかりだった。
我が踏み入れた時、手前と奥や直接我から見えぬ所にいる人間達が視線を向けた。うむ。まだ様子見だな。依頼者か新参者なのかを探る目が中心。だが、私の一挙一動に途切れぬ警戒を向けてきている者もおるな。うむ、実にいい。
カウンターまで何の障害もなくたどり着けた。
「冒険者ギルドへようこそ!!
私はこのギルドの職員、アンナと申します。
本日はどの様なご依頼ですか?」
超接客スマイルが決まっている、中々可愛らしいギルドのお姉さんが出てきた。うむ。ここのスタッフが着ている制服は中々だ。ミモレなのが尚良し。田舎も貴族もここの周辺の住人も、大抵ロングスカートで、鉄壁の守り。お陰で目で追う楽しみがほぼゼロ。配下のサキュバス達とは逆の意味で好奇心をくすぐられん。まあ我はミディが好みなので、もう少し女性のスカートの長さに対する世論には頑張って頂きたいものだが。
「あ、あの…?」
じっと見過ぎたな。お姉さんがたじろいでいる。我としたことが。第一印象は大切だというのに。
「冒険者ギルドに、登録したい」
「冒険者登録をしたいんですか?!」
何故そんなに驚く?
「身分証が欲しいのと、パートナーが外で待機中なのだ。従魔登録とやらが無くては入れぬと聞いた」
「しかも従魔持ち!?」
お姉さんの声が大きかったのが災いしたのか、1番近くで我を観察していた冒険者が口を出してきた。
「依頼主かと思ったら、冒険者志望かよ。どこの貴族のガキかは知らねえが、その小綺麗な顔に傷が付く前に帰った方が身の為だぜ嬢ちゃん」
「ゾドムさん!」
「何もしねえよ。大人しく帰ればな。ガキは大人しく優しいパパとママの所に帰って寝てろ!こっちは仕事でやってんだ。半端やってこの国の冒険者の評判下げられるのは願い下げなんでね!」
周りの冒険者を見渡す限り、こいつがボス猿らしい。コイツより強いのは…遠目に何人かいるくらいで、その誰も止める気はないと見た。
周りから見ると多勢に無勢で子供を脅している顔面凶器たちにしか見えないだろうに。
仕方ない。無視はいけない。
前世配下と現世料理長は言っていた。喚く輩は実害が無い限り放置しておくに限る。何故なら口だけの輩はごまんといるから、相手にするだけ時間の無駄。だが明らかに無視するとより喚くので、自分が何か急ぎやりたい事があるなら、耳だけ貸してたまに相槌打ってやれ、と。
「母親なら生まれた時からおらんぞ」
「え」
「それからは常に邪魔者扱い。この間は危うく生まれた日と死んだ日が同じになる所だった」
「「「……」」」
「ん?笑えばよかろうに」
「「「いや笑えんわ」」」
よし、なんか知らないが静かになった。
「そうか。で、冒険者登録は?」
「えっ?は、はい。えっと…」
急に私に声をかけられたのがそんなにも驚いたのか。しかし受付嬢は私とゾドムとやらに顔を行ったり来たり。……こんな事を思うのは忍びないのだが、仕事してくれ。
「だ、…だから何だ!お前みたいな弱い奴が入ったら格が下がるんだよッ!諦めてさっさと出て行け!」
恐らく脅しのつもりで当てる気は無いであろうが、思い切り私に向けて振り下ろされた拳を手のひらで受け止めた。
「なッ?!」
まさか止めるとは思ってもいなかったのか、動揺が走っているのがよく見える。受付も驚き、周りを囲ってきていた冒険者達も騒めく。
「ふむ。心外だ。確かに、一流の戦士と戦った事はないからな。強いかどうか分かりかねるが……まあ、この場に居るものよりは強いだろうよ」
さて、この場合、料理長や元配下の教えのどれに準じればよいのだろうか。
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