前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

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「アーリースーちゃんっ!」
「コリーさん、ミエラさん、ルナさん。おはようございます」
「「「おはよう」」」

猫か犬を抱き上げるが如く軽々と、寝起きの我を持ち上げたのは、昨日の女冒険者の1人、筋肉体美のミエラ。彼女は遠い故郷に妹がいるらしく、年齢的に我と同じくらいとのこと。昨晩からずっと構い倒してくれている。いいぞ、もっとやって。

「もう、ミエラ。いくらアリスちゃんが可愛いからって、あまり構い過ぎると嫌がられるんだからね!」
「そんな事言ってるルナだって、昨日アリスちゃんにくっ付いて寝てたくせに!」
「まあまあ、2人とも落ち着いて。アリスちゃんが着替えないと、ご飯食べられないだろ?」

昨日は運の悪いことに、満室だったので、ロングステイしている彼女達の部屋にお世話になったのだ。我が今世女で無かったら出来ぬ芸当だな。……昔も度々女に化けてキャッキャしたかったが、配下が「次女性の姿で誰かの所に行こうとしたら、閉じ込めますから」と、しれっと本気で言ってきてからはやめた。代わりに女魔族を部屋に招いた。配下は不満そうだったが、文句は言わなかった。

そんなわけで、いや素晴らしき今世。
しかもこうして女冒険者の懐に潜り込めたお陰で、この街の情報もすんなり得られた。家族に追い出され、冒険者をやるしか無くなった世間知らずな悲劇の駆け出し新人ということになっているらしい。同情とは何と人を油断させるものか。こちらとしては有難いがな。


「アリスちゃんは今日冒険者ギルドに向かうのかな?」
「はい。昨日は登録だけで終わってしまったので、ミエラさん達に教えてもらったお店とかにも行きたいと思ってます」
「そうだよね…。控えめに言って、アリスちゃんの今の装備じゃ、森を抜けるのも大変だもんね…。本当によくここまで辿り着けたよ」

偉い偉い。そしてアリスちゃんを無事にこの街まで遣わしてくれた神、ありがとうと、僧侶でも無いのにルナが明後日の方向に向かって祈っていた。
…やはりこの装備、心許な過ぎるんだな。我が魔法で自動回復という機能が付いた為、価値がボロ布から甲冑レベルまで引き上がっているのだが、捨てる前に消した方が良いだろうか。

「昨日のチンピラ達がこの辺りをまだ彷徨いてるらしいから、私たちと一緒にギルドまで行こうね」

ありがとうと言っておく。そうだな、昨日のチンピラ…を使って店で暴れていたと思われる貴族風の男は、この地域の領主とこの街の町長との間のパイプ役らしく、権力を盾に威張り散らしているらしい。うん。我の嫌いなタイプだ。
我が魔王をしていた時はその手のタイプの手下は早々に自分で消すか最前線に送り込んでいた。変に狡賢い為、ある程度やられたら重傷を装って戻ってくるので、使い捨てではなく何度も戦場に送れる中々使い勝手のいい駒だった。

そんなしぶとい事で定評のあった手下似の男が昨日押しかけていたのは、町の定食屋の1つらしい。昔からそこで商売していたのだが、ある時起こった災害の時に大きな借金をして、返済できず期限が迫りに迫り、取り立てにあっているとのこと。

「可哀想だが私たちではどうにも出来ない。借金そのものが莫大すぎてな」

ギルドに行く際は店の裏手から出て、あの店の前を通らないように我ら以外の客もギルドへ向かっていた。店にはどうやらまたあの男たちが押しかけているらしく、怒声と悲鳴が聞こえる。毎日来てるのか、アレ。
かなり離れているが、我とリィの耳にははっきり内容が届いている。
あの男が立ち退き要請している根拠としては、遠目に見えるあの領主からの命令書とやらがあり、あのお店の先代店主との借金の約款書もあり、それにも領主が認めたと印がおしてあるそうだ。
契約書か。しかも領主直々となれば無視するわけにもいくまい。
店が無くなる前に食べてみたかった気もするが、毎日あの男が押しかけているようだし、しかもその度に物を壊しているようだし、…立退期限の前に物理的に店が潰れるのが先かもな。

ギルドに着いて、コリー達と別れた。ミエラが最後まで私を連れて行くと言って聞かなかったので、コリーが剥がしてくれた。さてと。

「Fランクは薬草採集やお手伝いが主らしい。どうする?」
『アタシの鼻で薬草採集手伝ってもいいわヨ。…それよりアンタ、散々道すがら狩ってきた獲物を先に換金したら?収納だって無限じゃ無いのよ?』
「ん?……それもそうだな」

我が収納できる量があの程度だと思われているのは心外だ。この街全土程度を飲み込んでもなお余りある収納力だが、まあ聞かれていないことは言わずとも良いか。

行き先を変更。先に回収場。
まだ早い時刻のせいか、職員しかいないらしい。

「よう嬢ちゃん。薬草か?昨日取ったやつだと鮮度が落ちてるから半額になるぜ?」

強面、ごりごり、しかし気の良い感じのおっちゃん。悪い奴では無いとみた。

「薬草ではなく、道すがら狩ったただの鳥やらうさぎだが、此処で買取できるのか?」
「おう。この棚に出してくれ。まあ、討伐した魔物やらモンスターの素材ばかり扱ってるが、別にそれ以外でも問題な……。何だこりぁあああ!!?」

うるさいぞ髭スキンヘッド。

「とり2羽、貝6個、トカゲが5匹、熊1匹、ウサギが6羽、オーク10体…。買取してもらえるか?」
「青鞭鳥に、人喰い貝、サラマンダー、ジュエルベア…ホーンラビット…ゴールドホーン…!?………ギ」
「…ぎ?」
「ギィルマスゥウウ!!」

スキンヘッドが顔を真っ青にしてカウンターの奥に引っ込み、となりのギルド会館に突っ込んでいった。そしてギルマスは居なかったのか、昨日も会ったエルサ殿に、鞭で身体をぐるぐるに拘束されて戻ってきた。あれは羨ましく無い。棚の上の獲物達を見て、エルサが驚く。眼鏡がズレた!

「……アリスちゃん。これは、全て貴女が…?」
「道すがら見つけて狩ったりなんだりした。信じるか信じないかは任せよう。買取してもらえんのならそれはそれで構わぬ。此処ではない所に持って行くか、当初の予定通り私の食料になるだけの話だからな」
「いえ。こちらで買い取ります。ただ少しお話があるので、直ぐに私とギルド会館へ。ゴザ、しっかり査定して」
「……グゲェッ!…り、了解…」

スキンヘッドはまたぼーっと獲物を見てたが、エルサさんに蹴り飛ばされて、騒ぎを聞きつけて目を丸くしている職員達と共に査定に取り掛かってくれた。

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