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しおりを挟むそれから10日間ほど、我はアルバイトというものに勤しんだ。度々跳ね橋亭(例の洋食店)で料理を習いつつ作りまくり客からチップを貰うという小遣い稼ぎも挟んだ。
他には…例えば荷物の配達。孫の誕生日祝いにどうしてもケーキを贈りたいという客がいたので、跳ね橋亭のおかみと共にデコレーションと素材にこだわったオーガニック100パーのケーキを朝一で作り、収納、そしてお孫の家までお届けした。
客は大層喜んで、我が冒険者と知るや否や事後申告で依頼を出してくれた。ついでに評価も最高にしてくれた。
この時点で我はEランクに昇格している事を公表された。まあ、以前言っていた条件は満たしているからな。スピード昇格だと言うものもいたが、我以外でもこのくらいの短期間でFから Eに昇格した者はいる。然程珍しいことでも無いため、特に騒ぎ立てられる事はなかった。
そしてその後は図書館の本の整理をするアルバイトに参加。本の並びを整えつつ、そのついでで内容も読めて実に満足。知識は頭と心を潤すのだ。個人的に本というのは、前世から我の退屈を凌いでくれた貴重な存在だ。敬意を持って掃除にも取り組んだ結果、雇い主にはやけに感謝され、提示されていた報酬の5倍を直接チップとして提示され、流石に驚いて返そうとしたら、ギルドに直接訪れて、報酬自体を5倍の金額にしてギルドから支払われた。
曰く、もうバイトを随時雇わずとも大丈夫になったので、その分らしい。
「本当に…何故だろうな?」
『…ええ、本当に…何で理由が思い当たらないのか、疑問で仕方がないワ』
「ん?」
『どこのFランク駆け出し冒険者が、丸一日で、浮遊しながら、指定された並びに本を一冊残らず並べ替えて、その上本棚や壁や調度品、床に建物そのものを新築同然の美しさに磨き上げられるって言うのカシラ?』
「我やったもん」
『だーかーら!それは普通じゃないのヨ!』
「そうなのか!?」
衝撃の新事実。我初耳。
「常時回復と強化魔法を全身にかけ、身の丈ほどもある大剣を振り回して魔物の群勢を葬り去るのに比べたら、常識の範疇だろう」
『どっちにしてもおかしいワ』
「そうなのか…?だが料理長も解体室を掃除する際は同じような事をしていたぞ?あの図書館よりも小さい部屋だから、小一時間程度ではあったが」
『薄々思ってたけど、料理長もおかしいワ』
……解せぬ。
『それと、アレは一体どう言う事かしら?』
アレとは。と我の問いかけに対して、ついさっきのこと忘れてんじゃ無いわよトリ頭!と罵られた。…リィが人型美人だったら喜んで説教でもなんでも聞いたんだがなぁ。まあ、ついさっき起こったことだろうが何だろうが、我の興味に触れなければ覚えていることもないので仕方があるまい。
『アンタいつゴブリンキングなんて討伐したのヨ!』
先日街に行商人たちが訪れた。その中に何とびっくり。以前オーク肉の解体方法教えてくれたツルペタ商人がいたのだ。中々に驚いた。その後エルサ殿に何を吹き込んだのか、盗賊団討伐、人命救助、ゴブリンの群れの単独討伐達成が我の功績に追加された。
「んー、リィと会う前なのは間違いないな」
そうでしょうねぇ!と何故か怒るリィを頭に乗せたまま、我は足を動かす。一応今も依頼の途中で、隣町まで向かっておるのだ。依頼内容は、隣町の酒蔵に既に頼んである酒を運ぶというものだな。
我が冒険者登録をした街はエディンといって、この辺りでは冒険者の街と言われている為、情報交換やら収集の場である酒場や腹を満たすのに事欠かぬよう飲食店が多い。それ故に酒が兎に角すぐ無くなる。だから店主達は早めに酒を隣町…とはいえ、片道半日はかかる…に頼んでおいているらしい。隣町は大きな港町のため、商人たちも訪れ、品揃えがよいのだそうだ。
我もまだ見ぬ珍味が見つかるかもしれんのでテンション上げ目である。
その街の酒蔵では、エディンの街の飲食店が出している酒の9割を作っているらしく、注文品は既にできているので出来る限り持ち帰って欲しいらしい。……重いから誰もやらなかったのか。それとも魔獣ギルドに回すつもりだったのかは知らないが、それ程楽な依頼もあるまい。何せ、我の収納に入りきらぬ筈がない。しかも我、エディンに帰るのに半日かからんだろうからな。
…何故?それは単純な話、我は直線的最短を進んでいるからだ。
どういうことかといえば、今回向かう港町は、エディンから向かうには2つの道がある。1つは北の方に大きく迂回する険しい山道、2つ目は湖を迂回するようななだらかな坂道。半日というのはこのなだらかな坂道を通った際の目安だな。そして我が行くのは湖の真上。
ん?うん。湖の真上。
『コレ、水上闊歩?それとも飛行魔法?どちらにしろ、やってる奴見たことないんだケド?』
「何をいう。コレは単に踏み出した足が水に沈む前にもう一方の足を踏み出して前に進んでいるだけの話で、水上闊歩なんていう散歩はしておらんだろうに」
まあ、水上闊歩も飛行魔法も出来なくないし、前世ではよくやっていたが、今は人間の小娘。流石にそんな小娘がそんな事してたら見た人間が腰抜かすだろう。
『いえ、今の状況も中々ヨ?』
「なに!?まあ貴族共はともかく、料理長はやっていたから普通のことだと思っていたぞ!?」
『だから、その料理長が普通じゃ無いのよ』
「いや、まあ、しかし、もう渡ってしまったし、誰も見てな…「み、み、水の上走ってきたーーー!?」……倒れた」
どうやら釣りをしていたらしい少年が、顎が外れそうな勢いで口を開いて、何を見たというのか泡吹いて倒れた。おお…。突然の事に驚いて気絶するのは狸だけだと思ってたが、ここまで見事な気絶は、前世で出立前の勇者に挨拶しに行った時に見て以降初だな。アレは笑った。冒険してそれはもう自信を付けて我の前に立った勇者に対して、初対面の時の事を見せてパーティーメンバーに情けない姿を見せたと落ち込む様子に更に笑った。一度で2度美味しいという奴だった。
我より幼い少年のそばに座って、折角なので頬を突く。ぷにぷに。楽しい。
『いやこれこそ慌てなさいよぉおおお!!』
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