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しおりを挟むもうじき周りの酒屋も閉まる時間だなあ。
「に、人間酒が入ると判断力が落ちてしまってですねッ!?」
「ふむふむ」
良い大人も宿や家に帰ってバタンな時刻だ。……だというのに何故か人集りが出来てきたなぁ。
「い、いやー!本当に、本当に!酒に酔ってしまって考えてもいない事をしでかしましてッ!」
「へえ」
我、注目浴びてるなぁ。
「た、だの…その、じょうだ…冗談というか!実は俺たち冒険者に憧れてるだけの一般人なんです!酒に酔って気が大きくなってしまっただけなんです!手を出して困るのは冒険者である貴女のほうですよ!?」
「ほーう?」
その冗談のせいで、我の睡眠時間は刻一刻と減って行くのだが?
「その頭の上の犬にかけてるような温情で見逃しグへェッ…!?」
「さっきまでの威勢はどこへいったのだかな」
魔法で持ち上げた的(腹)の位置を、我の前に固定し、全身を使ってしっかりと体重移動させて右腕を突き出し、拳に触れた感覚をうけた瞬間に更に体重を乗せて真っ直ぐ撃ち込む。
うむ!練習台付き右ストレートの素振り、18本目にして漸く納得な手応えだ。他はちょっと加減を間違えて、鳩尾に入ったり、臍より下に入ったり、…とにかく、すっきりと決まらなかったのだ。
だが今回はリィもお見事と言ってくれたぞ。
今の我の周りには、自称一般人が皆腹を押さえてうつ伏せ、身体を曲げて悶絶している。そしてそれをさらに囲むように街の野次馬ギャラリー兼バリケードが出来ていた。
「一般人だろうが何だろうが、我の就寝時間を先延ばしにした輩にかける温情などない」
「一体これは何があった?」
「ん?」
我の後ろ。頭の上から聞こえる声に振り向けば、ガタイの良い壮年の男がいた。筋骨隆々、日に焼けた肌、強面で頑固そうなオヤジだ。…ここ数日見た中で最も、"修練を積んだ確かな強さ"を持っているように見受けられる。この重圧感…勇者に比べればまだまだだが、どこぞの国の騎士団長とはまだ戦えそうな健康体だな。
「冒険者達がか弱そうな女の子に絡んでるって通報があってな。急いで来たんだが…」
我の足元、死屍累々。
「…まあ、絡まれたな」
「これは、…嬢ちゃんがやったのか?一応聞くが、全員生きてるな?」
「生きてるに決まっているだろう。自称一般人を名乗っていたから、手加減はした。全員に腹パンはしたが、一発づつだ。それで死ぬようなか弱い輩であるなら知らんが」
前に我の腹パンを受けて気絶した盗賊は生きてたし、平気だろう。まあ、死んでいたら死んでいたで《蘇生》すれば良いだけの話だからな。
「分かった。この馬鹿共はとりあえずギルドで預かる。エルサが言ってたアリスっていうのは、嬢ちゃんで合ってるよな?」
「恐らくは」
「酒屋組合の依頼達成報告がまだだろ?そのついでと思って一緒にギルド会館まで来てくれ。……この野次馬の中に1人で残されたくないだろ?」
「!……うむ。よしなに頼む」
「おう。…っと、挨拶がまだだったな。
俺はラドン・グリース。このエディンの冒険者ギルドのマスターだ」
よろしくな、とギルドマスターは笑った。
ギルド会館のギルマスの部屋に通され、茶を飲みながら依頼完了の手続きをエルサ殿にしてもらい、我はあの冒険者共について報告した。
全面的に我に非はないので、本当にただ報告だ。
ギルマスもエルサ殿も、その冒険者達がいつか何かやらかすとは思っていたらしく、既に奴らの処分は決定していた。漏れなく期間限定で降格、及び非常勤の職員による特別教習を受けるらしい。次会う時はガラッと性格が変わっている奴が殆どだろうと言われた。……一体奴らに何が起こるのだろうか。自業自得だから可哀想とは思わない。気になるのは教習内容だ。
エルサ殿にそれとなく聞いてみるが、アリスちゃんはいい子だから生涯受ける機会はないだろうと宣告された。うむ。まあ、たしかに。我、いい子だからな!料理長と元配下からしっかり学んだからな!
「…まあ、あの馬鹿共の事は兎も角だ。嬢ちゃん、もうちょい平和的に解決出来なかったのか?」
「ギルマス。あの馬鹿共の肩を持つんですか」
「いや、そうじゃない。だがあの有様を見ちまうとな…。一般人も見てたし、ギルドへの依頼が減るかもしれないだろ」
「問題ありません。可愛いアリスちゃんが駆逐してくれたおかげで、"まともな"冒険者には、指名依頼も増えてきていますよ」
…含みがある気がするが、まあ我には関係のない話だと思おう。
「我とて話が出来る人間が相手ならば会話で片を付ける事が出来るだろうが、酔っ払って癇癪起こした中身が幼児な輩が聞く耳持たず武器を向けて来たのだぞ?
それに対する我の腹パンによる鎮圧は、十分に平和的解決(物理)と言うに相応しいと思うが?」
「「平和的解決(物理)…」」
刃物で向かってくる相手に対して、我は腹パンと浮遊魔法だけで対応してやったのだぞ?褒められこそすれ、説教される筋合いはなかろう。
元配下も料理長も言っていたぞ。格下相手には超優しく対応しろと。ナイフを取り出すようなら、紙スプーンで応じてやれ。ただしわざとやられてやる必要は無い。紙スプーンが神スプーンだと証明すれば良い、とも言っていた。
それによって相手の精神にも影響を及ぼせるらしい。曰く、格の違いがわかるそうだ。
「…あー、まあ、分かった。アレは嬢ちゃんの中ではかなり平和的な対応って事なんだな…」
当たり前だ。そうじゃないならあの不快な口が開く前に爆散させているぞ。
ギルマスは遠い目をして何かブツブツと、うちの奴よりよっぽど平和的に対応してる、そうだ、大丈夫だ、と呟いてから、我に向き直った。
「所で何で嬢ちゃんが絡まれたのか、分かるか?」
「…自分は儲けが少ないのに、ぽっと出のど新人が目立って稼いでる。面白くない輩がいるのは当然だろうな」
最前線に放り投げても間一髪戻って来るしぶとい部下の部下の部下あたりによくいた。我がたまに興味本位で拾ってきた者を無視したりリンチしたり。まあ、我の興味があるものに手を出したので、我直々に最前線に何度も丸腰で投げ込んでやったこともあったが、おそらくそのタイプだろう。
「しかも稼いでいるのは自分より下のランクの新人。なら、脅せば容易く金品を差し出すだろう。しかもこんなか弱そうな女なら。…そう考えたのだろうな」
「…分かっているならいい。頭も悪くない、実力も十分、実績も良し。エルサからも色々聞いているからな。よって俺の権限でCランク昇級を認める。出来るだけさっさとB以上に上げたいからなるべく大人しく、そして早く、功績を重ねろ。異例の早さでSにでも上がれば流石にコイツやばい奴だと判断されて喧嘩ふっかける馬鹿な犠牲も無くなるだろ」
大人の事情という奴と判断してもよいだろうか。色々と釈然としないが、ともあれ、我はまたランクが上がってしまったのだった。
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