前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

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17.

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来た時と同じ道を倍速で走る。

「さてリィ。今朝言っていた水上闊歩というのはだな、」
『ちょっ、何で湖の上で失速するのヨっ!』
「落としたりせんから安心しろ」

リィが言ったのではないか。水上闊歩?と。折角だから我のただ湖の上走行と、水上闊歩の違いを教えてやろうという親切心からの行動だ。もっと喜べばいいのに。

「我が先程も言ったように、ただ水の上を走るのはそう難しい事ではない。沈む前に踏み出せなければ水に落ちる。完全に身体技能なため、魔力消費はゼロ」

スピードを緩めてもまだ落ちないのは、我が最低限必要な速度は維持しているから。その証拠と言ってはなんだが、先程よりも水面を蹴る圧力が下がったことにより、少しだけ靴の底が水面に沈んでいる。

「次に、水上闊歩」
『止まるなアホゥウウ!………あら?沈まない?』

うむ。落ちないから一先ず我の頭に立てた牙と爪離してくれ。

「簡単な話、水を地面と認識すればよい。我が足をつけた部分のみ硬い地面と同様に我を支えるだけの質量を持つ物だとそう水自体に思わせればよい。それだけで必要な固さを持つ。ただし水物質に働きかける関係上、魔力が多少必要だな」

空中闊歩も似たような物だ。あれは空気、というものを瞬間的に固めて足場を作って進むものだしな。

止めた足をゆっくりと進める。跳ねるわけでもなく普通に地面を歩く時と同じように。あとは感覚でやってるから、我も解らん。やりたい奴は勝手に習得しろ。

「では簡単な解説も終わったところで、急ぐぞ」

水上闊歩はやめて、超至近距離の弓矢も霞むスピードで走る。そう。これは身体技能。いくら我が身体強化の魔法をかけているからと言ってある程度この身体が丈夫でなければ我の思うようには動かせない。
まさかこんな時に、我の身体を虐め抜いた義母と義姉達に感謝しようとは、以前の我とて思わなかっただろう。正直貴族令嬢としてマトモに教育をうけていたら、空中闊歩はともかく水上走行は無理だった。

『…まあ、もうこの移動手段についてはイイワ。アタシはいつかアナタが空を飛び始めるんじゃないかって、そっちの方が心配ヨ…』
「出来るぞ?」
『やるな阿呆』

…やるとは言ってないのに。まだやってないのに。

リィからお小言をいただきながら、予定通りにエディンに到着。酒注文のリストの1番上の店から順に回って届ける。途中我の夕食を挟み酒場がもうじき閉じるという頃に全て回り終えた。
ギルドへの報告はもう明日でいいか。店主達から受け取り状にはきちんとサインももらったし。

『過労と睡眠不足はお肌に悪いのヨ!早く宿に戻りましょ』
「……リィ、今日は別に働いてなくないか?」

基本ずっと我の頭の上に乗ってたし、なんなら途中寝ていた筈である。というか、最近ずっとそうなので、そろそろ重くなってきた。

「我の首、そんなに強くないんだが」
『アタシが太ったって言いたいノ?』
「いや太るというより肥え『アタシ別に野菜の方が好きなだけで、肉を食わない訳じゃ無いのヨネ。半世紀前まで一応雑種だったし?』…レディーに体型の話は無粋だったな。これは失礼。早く宿に戻って休もうではないか。……此奴らとの話を終えてからになるが」

我は周囲を囲まれていた。格好は様々だが、恐らく冒険者であろう者たちに。皆一様に下卑た笑みを浮かべている。
リィが酒臭いと威嚇し始めた。

「よぉ、嬢ちゃん…。ひっく…。新参者のくせに、威勢がいいなァ?」
「随分稼いでるって話じゃねえか。どこのつえー奴たらし込んで、獲物掠め取ってるかは知らねえが、俺らにも分けて貰いたいもんだナァ…?」

うむ。面倒そうだな。格好も中身も汚い野郎どもに囲まれても嬉しくないのだが。せめてこれが女盗賊団とかだったら我、喜んだのに。

「これはアレだろうか。ただでさえ程度が低い輩なのに、酒に呑まれて我にいちゃもん付けてるのか?」
『それ以外に何があんノヨ…』
「いや、もしかしたら我が何か気に触ることをしたのかも知れんだろう?リィ曰く、我は少々世情に疎いということだし」
『アンタは世情に疎いというより、常識が可笑しいノ』

我、この数日真面目にアルバイトしてただけの筈なのだが。どこに絡まれる要素があったというのか。その上常識が可笑しいなどそれこそ可笑しい話だろう。酔ったからって何をしても許されるわけではないというのは常識だ。よって我は此奴らよりも常識人だ。

酔っ払いどもは我を見てニヤニヤとしている。気色悪いのでせめてその面(つら)麻袋に入れてから出直して欲しいのだが。

「今回も随分稼いだみてえだなァ?酒屋の親父共、報酬を上乗せするって言ってたぜ?」

リーダー格なのか、何なのか知らんが他の奴らよりも前に出てきた。

「…で?それが何だ?」
「元々その依頼は、俺らが受けようと魔獣待ちしてた依頼なんだよなぁ。それをお前が急に掠めとっちまって…。俺らの生活費が少なくなっちまった」
「ほう?」
「依頼の横取りは冒険者としてはクズ中のクズがやる事なんだぞ~?まあ、新人だから知らなかったってんなら、今回は許してやってもいい」
「…」
「ただし、今回の報酬丸々寄越すんならだけどな」

…今回の依頼は、依頼表示の掲示板には貼られていない、Fランクのお手伝い項目(ギルド職員が選んで渡す制のもの)から、エルサ殿が抜き出して我に提示したアルバイトの一つ。
依頼という形で此奴らが目にする項目にはない。つまり此奴らは、我が受ける報酬を横取りしたいだけの阿呆共ということだな。成る程。

「因みに、渡さなければどうなるというのだ?」

冒険者共はゲラゲラと品なく嗤っている。名前も知らないが、前に出てきた威勢と妙に身なりだけいい冒険者は、

「じゃあ新人教育だな。洗練をうけるといい」

他の冒険者達と共に抜いた切先を我らに向けた。


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