82 / 136
82.
しおりを挟む開いていく扉から漏れ出すのは冷気。だがそれの根源は殺気だ。
顔だけがまだ見えないが、なんの変哲もない貴族の紳士服姿の男は、魔法使いである事を誇示するかの様なステッキを携えている。
感情を抑えきれず、魔力と反応して周囲を無差別に凍らせていっているのだろう。部屋の空気が下がるだけではない。気圧も同様に下がっているのだろう。使用人達は動かないものの、息苦しそうにしている。
リィ達(今度ばかりは猫達も)は、その姿が扉の奥に見える前から最大級の警戒を向け臨戦態勢をとったものの、魔力による威圧で身体がそれ以上動けない。
…ん?我?平気だけど?この程度で圧し負ける様な元魔王様じゃないもん。
『ご、シュ…じん…!』
一応背に庇うようにしたリィ達だったが、やはりというか、なんというか。
毒やら薬は料理ではなくここの空気自体に含まれていたらしい。分かりやすく料理を置いておいたのは、そっちを警戒するように仕向ける為だな。使用人共が居なかった理由がよくわかる。
辛うじて意識を保っているのはリィだけで、猫達は既に気を失っているらしい。リィも落ちかけているし、ルシアは目を回している。嫌味なくらい充満している魔法に魔力、ついでに全力で魔力の気配を垂れ流しながら登場だもんな。以前言っただろうか?今ルシアは魔力あたりしている。精霊に魔族並みの濃い魔力は毒なのだ。
「リィ、問題ない。眠っていろ。ルシアも木に戻るといい」
そんな魔力酔いの酩酊状態で倒れるな。格好も相まって使用人どもからめっちゃ見られてるから。色々危険。ついでに言えばぶっ倒れて此処からのことを知らないでくれた方が多分都合が良い。
料理長が居ない間の護衛という使命感が2人の意識を繋いでいたようなので、我の言葉に安心し、ルシアは姿を消してリィも気を失った。
リィ達には元々こっそり防御の魔法を重ね掛けしてあるが、今回はわかりやすく対物対魔結界を張る。使用人の内の何人かが目を泳がせた。やはり何かする気だったらしい。
「…毒も薬も効かない、致命傷を与えても即回復、魔法を感知、私の威圧を受けても平然として、無詠唱で魔法の重ね掛けまで……。
黒髪紅目というだけで、縊り殺してやりたいというのに、そんな所まで"あの方"と同じだというのか?
あの迷宮の呪いが効かず、"あの方"を思わせる魔力と呪いでこの私を騙しただけでは飽き足らず…?」
余程怒りの感情を拗らせているらしい。というか騙したって…ええ…?完璧に逆恨み…。
その人物中心に広がっていく威圧の程度が更に重くなる。此処までくると最早憎悪と言ってもいい。
使用人達は恐らく、それぞれが魔術師として有能なのだろう。この男の配下であり弟子にも似たようなもの。暗殺者の類も紛れているようではあるが。
そんな部下達は、自分に向けられたわけでもない殺気にとうとう屈して倒れ始めた。あの襲撃者も膝をついたか。
力の抜けた自分の体を膝と咄嗟に付いた腕で支えて、息を整え、自分の足元から再度我に視線を向けて、
「!?」
言葉もなくただ呆然とした。
我が平然と立っているから。
自分も苦しいが、直接当てられている我の方はもっと苦しいだろうザマァみろというつもりで此方に視線をよこしたのだろう。バカめ。
この程度で我が倒れると思ったか。
まあ、アレはどうでもいいな。それより今はこっちだ。開いたドアの向こうから、一歩。前に進む靴音と共に、その姿がよく見えるようになる。
「威圧も程々にしないと、自分の部下が使えなくなってしまうぞ?」
「…」
男は答えない。また一歩前へ。前へと進んでくる。
「困ったな。招待されたから来ただけで、別に恨みを買うような覚えは無いのだが」
「……恨みを、買う?」
はははと、男は呆れた様に笑う。
足が止まった。その姿がよく見える。
姿自体は変わろうとも、相変わらず綺麗な藍色の瞳に我の姿を映して唸る様な声で言う。
「違うな。私は恨んでいるのではない…。
ただ単に、今すぐ貴様の命を魂のかけらに至るまで塵にして、存在自体を葬りたいだけだ」
と。
そうかー。我の事をそこまで殺したいのかー。
……そういう気持ちを恨みっていうんじゃなかったっけ?
「今までの輩は皆、髪色や目の色を変えるだけで許して来た……。だが、貴様はそれだけでは足りない。
その存在そのものが、我が君を彷彿とさせるのならば…あの至高の御方の影を思わせるのならば、それだけで許し難い冒涜だ…!」
…そんな理由で殺されたら死んでも死にきれんだろ。我、死なんけどな。
大丈夫?我以外でうっかり殺されちゃった人居ない?平気?
「私からの威圧を受けて平然としているその胆力は腹立たしいが褒めてやろう。だが、それだけだ。
灰すら残さず塵になれ」
杖の先に付いている魔石が輝く。純度と発動が予想される魔法の強さから、魔石というより魔石を幾つも使って錬成した魔鉱石かもしれんけど。
杖から魔法が放たれた。真っ黒な炎の球が幾つも飛んでくる。うおっ!?追尾機能付き!?
「気に入らない相手は燃やして良いとはいえ、初っ端から黒炎魔法はどうかと思うぞ」
因みに炎の強さは、赤、黄、白、青、黒の順に強くなる。……いくら怒りで周りが見えなくなってるからって、我にえげつない炎ぶつけたの?こんなに可愛い女の子に?ひどくない?多分前世のアイツ好みの容姿なんだけど?
仕方がないので取り皿に添えてあったお玉を回収。結界魔法でコーティングの上、撃ち返すことにした。どうやら驚いたらしい。流石に打ち返されたそれを更に撃ち返すのは無理らしく、杖を振って火炎弾を消した。
「っ……忌々しいッ…!」
「だって抵抗するなとはひと言も言われとらんし」
「煩い黙れ!」
また杖の先が輝く。んー…。今度は氷系の魔法かな。
「【凍結】!」
お。足元から凍って来た。対象を氷で包み込んでしまう魔法だな。中々の速さ!あっという間に氷漬けの少女の完成!
「…この程度の小娘に"魔王"の名を付けようだなどと、ギルドは何を考えている…!」
……魔王?
「よいせっと」
バリンと音を立てて氷が割れて霧散した。何が起こったのか理解が追いつかないと言った様子に少し優越感がくすぐられる。
「な…なに、…なに…が?」
身体の表面を守っている結界を消すと若干の隙間が出来るのだがな?すると我から漏れ出した魔力が直接氷に触れて、相手の発動した魔法自体を征服してしまうのだ。ほぼ自動で発動しているカウンターというか、打ち消し魔法というべきかな。炎に巻かれようが水に閉じ込められようが同じように作用して無力化が可能。
しかし、そんな事を説明してやる義理は今のところない。手の内は隠してこそだ。
…我強すぎだろって?なにを当然な事を。元魔王様だっつってんだろ。魔王の殺し方?魔力切れ狙って1週間ほど魔法打ち込み続けて、逃亡を図ろうとしたところで背後から聖剣あたりを使って不意打ちでグサリかな。流石の我もそれなら死ぬだろ。
……考えただけで腹立つけど。
それにしても…。意外と気付かれないものだな。我とて確信したのはこの男が実際に目の前に現れてからだが、本来魔力とは固有のもの。違う存在が同等同質の魔力の気配を持つなどあり得ない。
いつぞやの迷宮の呪いをやったのが我だと特定しているのなら、今の我と魔王が一致しても可笑しくなかろうに。
「嘘、だ…。そんな筈がない…!」
杖の先がまた輝く。…今度は雷系……いや、違うな。最も得意な魔法をぶつけてくる筈だ。
一体何を思っているのかは知らんが、我が"元魔王にして元上司"だと認識出来ていないのならさせるまで。
あの杖が無詠唱を可能にしている様だな。元々魔法を発動するための式が組み込まれているのやもしれん。恥ずかしいもんな、詠唱。魔族として指先で魔法を使えてた時と違って、人間って基本的に詠唱だもんな。厨二全開。我も必要なければ詠唱したくないもん。
「"そんなはずない"、"ありえない"…!我が君はもう…"帰ってこない"!」
混乱と動揺と否定の言葉の中に隠し切れない寂しさと悲しみ。……精神系の汚染がかかっているな。これは…心の弱い部分につけ込まれて誰かに暗示をかけられたのだろう。
その暗示を否定したいのか、肯定したいのか。
放たれた魔力がこの部屋全体に広がった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる