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しおりを挟む「主人はもうじきいらっしゃいますので、それまで料理でも召し上がって、寛いでお待ちください……」
歴史ありそうな大きな屋敷の大広間には、大規模な晩餐会の為と言わんばかりの料理が所狭しと机に乗っている。
ケーキ、フルーツ盛り、オードブル、チョコファウンテン、…料理ではないものも混じっているが、大体甘いものだな。あ。クロックムッシュ発見。……これ、何人分だ?
『アリス様、毒見が終わるまでは手を出さないようお願いいたしますわ』
本日の監督であるルシアとリィが我に待ったをかけた。いや、我とてそんな見境なしに手を出したりせんぞ。妙に我の好物多いけど、流石に見ず知らずの人間がだした料理にすぐには手をつけない警戒心は持ち合わせて……
『ご主人様、こちらのブランデーケーキがとても上品で美味しゅう御座います』
『プリンー!あまーい!』
て、言ってる側からがっついてる奴らがいる。おかしいな。数日前まで野良だったと思うんだが。
「……どうやら毒などは入っていないようだ」
『もっと警戒心持ちなさいヨ!』
アンタ達ィ!とリィが吠えた。奔放な部下を持つと大変だな。リィ。
連れてきたはいいが、ここでたらふく食べ物食われたら意味ないな。失敗だったか。
リィの静止も聞かずにおやつに齧り付いている魔獣たちに一体誰に似たのだかと呆れてしまう。…我じゃないぞ。だって我は待て出来るもん。
さて、何故このような状況になったのかと言うと、簡単な話、ギルマスから話を聞いている途中で、話題の人物から使いがきたからである。
音もなく現れた。まあ、魔力視が出来る我や料理長、嗅覚と聴覚にすぐれたリィ達は驚くこともないのだが。
「…失礼致します。此方に冒険者アリス様がいらしていると聞き、伺いました」
ラギア・グルヴェルの使いの者でございます。
そう名乗ったのは燕尾服を着こなした、見てすぐ執事と分かる老人だった。いや、老人と言っても背筋は伸びているし、研ぎ澄まされた佇まいは只者では無い。超一流のプライドある執事なのは見てとれた。
伯爵家の執事(執事長を除く)とは比べ物にならないほど見た目だけで有能と分かる。
「アリス様を屋敷に招待したいと仰せです」
正確には、アリス様のみと対面したいと伝言を預かっております。と招待状が差し出された。料理長は猛反対した。少し考えた末にリィ達を同行させる事を条件にすると、一度戻るかと思ったが、了承の旨を即答された。
曰く、その主人とやらは現在、我と会う事を全ての最優先事項としているらしかった。
そんなこんなで、ギルマスからも下手に下手に頼まれ、我はこうして招待に応じたのだった。
国1番の魔法使いの評判は伊達ではなく、かなり精巧な魔法が屋敷全体にかかっていた。
例えば森の道中には、屋敷にたどり着けないようにする為の隠蔽魔法。屋敷自体も結界で覆われ、招待を受けた者以外は入れないようにしてあった。また、屋敷全体も完全自動清掃魔法やら防音魔法やら感知魔法やら、幾つもの大規模な魔法が仕組んであった。
料理長はその為入れなかったので、森の入り口で待機してる。
うむ。ここまで出来るならたしかに、人間としてはかなりの魔力量だ。我には及ばんがな。
此処に並んでいる料理にも魔法がかかっている。温かいものは冷めないように、冷たいものは溶けないように、それぞれ。衛生的な事を考えてなのか、料理周辺は塵などを弾くように結界も使われているようだ。力の無駄遣いにも程があるだろう。
…これでは出来立てなのか、それとも数日前に作ったのか、そして何が混入されているか分からんではないか。料理長だったらブチ切れてるぞ。あの人作りたてをすぐにお届け派だから。
…それにしても、
『ご主人、ダメよ』
我好みのオヤツがいっぱい…。じゅるり。
美味しそうだし毒も薬も効かんから、食べたい。正直食べたい。ダメって言うから手を出さないけど。
『ご主人』
「……」
……出さない…けど…!
『ご主人、毒見終わったワ。大丈夫ヨ』
『毒も薬も入っておりませんわ』
我の胃袋が我慢の限界に達する直前でようやく一通り全て猫達が味見し終えたらしい。うむ!それでは齧り付くとしよう!
……リィはどうやら止めるのは諦めて、毒見役に部下を使う事にしたようだ。順応とは恐ろしいな。そして猫達の警戒心のなさに驚くばかりなのだが。
『ご主人がちゃんと躾ないせいネ』
「え。そこで我に責任放り投げる?」
恐れ入ったぜ我が相棒。
それから少しすると、この屋敷の使用人達がちらほら見え始めた。さっきまでは姿もなかった。
そしてその中に興味深い人物を見つけた。
『ご主人、アレ』
「うむ。わかっておる」
以前我を攫おうとして失敗し逃げおおせたくせに後日また忍び寄って辛味塗れになって、更に後日、森の中に潜んでいた所を我に簡単に見つかり逃げ出した男である。恐らくコリー達を拉致していたのはあの男だろう。証拠もないからギルドに突き出す気無いけど。
使用人達は綺麗に整列するが、あの襲撃者だけではなく他の者達もピリピリしている。敵意が全面的に感じられるのは襲撃者だけだな。
執事が出入り口に付いた。どうやら到着のようだ。
ゆっくりと扉が開いていく。
その先にいるのがラギア・グルヴェル。
見知らぬ人間で、接点も何もあったものではない。
だというのに、充満するこの魔力の気配を我はよく知っている。
暗く冷たく光る藍色の瞳を、同色の艶やかな髪を思い出す。
我が忠実なる配下。その筆頭。
どうしてこんなにも懐かしい気配がするのか、我はどうしようもなく、わかってしまった。
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