前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

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105. Another side

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「あららん?」

王城の一室。その王族専門服飾師を名乗る人物は、小首を傾げた。

「どうかしましたか?」
「んんん~…。何か今、閃いたと言うか、とても大事な贈り物が届いた気がするのよねん」

真紅の長い髪が合わせて揺れる。光を浴びて煌めく姿は宝石のようで、中性的な顔立ちと柔らかな風格も相まって長身を活かした男装の麗人にも思えるが、歴とした男である。
それを知りつつも、共に作業をしていた部下の男は少しだけ見惚れた。が、すぐに気を取り直して本日搬入予定の品物のリストを思い出す。

「?新しいレースでしょうか?他国で学んでいる者達から各国最先端の礼服が一通り到着する予定でしたが…。そういえば最近【キエラ】が今までにないドレスを作っていると風の噂で聞きました。なんとか1着は競り落とせたと連絡が……。卿?」


部下の言ったことなど頭に入った様子もなく、小首を傾げたまま、その人物は風に当たってくる、と、部下を置いて部屋を出た。

頭の中で何だ何だと、何か懐かしい気配の正体を探る。ここ何十年、何百年感じる事のなかった気配。しかし、懐かしい気配。

だが結局、その気配も一瞬のことで、何かに覆われているかのようにはっきりしない為、まあいっかと外の世界を楽しむ。
この国ももう随分と発展した。

……昔の景色を今でも覚えている。今や御伽噺の登場人物とされる魔王によって、この国は本当に一度滅んだ。…根絶やしになっていないので、滅亡寸前と言った方が良いだろうか。
町も、人も、外側から粉々に壊され、首都さえも魔王が放った魔法で半壊。地面は割れ、あらゆる物が焼け焦げ、残ったのは十数人の純血と呼ばれる者たちと、国外に出ていた民たちだけだった。

一体いつの、何の話をしているのか?勿論、魔導国が滅びかけたその当時、今から数千年前の話である。

「あの頃に比べたら、随分と大きくなったものねん…」

殺しまくったあの頃が懐かしいと思うと同時に、その復旧当時からここまでよく付き合ってやったと自分を褒めた。

あの方の血が入っているくせに短命な人間に合わせて時と共に姿を変え、何十、何百、何千年、この国を支えてきた。
たった一つ、ある意味復讐のために。

今の魔導国は、この人物が手塩にかけ育て上げたようなものだ。そしてもっともっと広がっていく。町を出歩く人間の髪色は殆どが黒。王宮に勤める者たちも。黒が広がって、この国の血族たちが各国に散って、また黒が広がっていく。それの何と素晴らしいことか!

他でも無い、自分たちを窮地に追いやった"魔族"の手によって、いいように発展させられ、その事実を知らずに踊る道化共には笑いを禁じ得ない。

これが私なりの復讐なのだ。

「どこかで見ているかしらん…」

魔族、という種が消えていなければ、勇者という存在がいなければ、もっと昔に広がっていたであろう景色に、服飾師は胸が躍った。

復讐したいなら他に手はいくらでもあった。滅びかけのその国を本当に滅亡させる事くらい簡単であったし、殺す事を躊躇したわけでも無い。現にこっちに戻ってきてから、何人かは間引いているし、同じく戻ってきたのであろうかつての親友の虐殺を止める事もしていない。

親友…。ここ数年会っていない。転生しても相変わらず冷たい風貌のいい男。最後に会ったのは確か、冒険者として他国をぶらついていた王子を迎えに行った時のこと。

「元気かしらん…」

かつて我が王に出会ってからすっかり大人しくなった親友だが、困った事に、忠臣が過ぎて、傾倒しすぎていてそれだけは心配だった。

こっちの世界に何とか戻るなり消えてしまった彼。彼なりの復讐が終わった後、彼はどうするつもりなのだろうと。だからどうか強く生きてくれますようにと、我が…我らが主の影を追わないようにと"願って"みたが、結局彼は死んでしまった。恨み辛みが尽きなかった為に転生を繰り返しているようだが、アレはそれさえ尽きたらもう戻って来られないと、彼の近くにもこっそり忍ばせていた手足の情報から薄々思っている。早いところ魔導国に連れて来て、魔族に戻したいところなのだが…。

「ハァ」

いやよねん。と、服飾師はため息をついた。

「あんまり悩むと老けちゃうわん!」

今は息抜きに来たのよ!と意気込んで、そしてふと王都の東地区にある学園都市部が騒がしいことに気付いて、そう言えば今日は学園の入学試験の日だったと思い出した。

今年は不作と言われている。
魔法を扱える素質のある者自体が減りつつあるこの世界で、更に大魔法を行使できる実力がある者などほんのひと握り。流れているとある血が濃い者たちは殆どが国の要職につく公爵家の人間。それが今年は1人も入学しない。

使われる種類の魔法も最近は扱いやすくて適性の現れやすい炎や、水、風ばかり。
光や闇の特性は稀、そして…時の魔法はほぼ失われたも同然。

「(まあ、当たり前なんだけどねん。時の魔法を使えるのは、…我らが主だけ。唯一にして、永遠の王。今1番次の国王に近い王子は時の魔法以外は、その使い手を側近にする事で手に入れたようだけどん…)時だけは、どうしようもないでしょうに…」

それに、全ての魔法を側近に揃えるだけでは"あの称号"を名乗るには分不相応もいいところである。ただ次期国王になるというのであればそれでもよかった。しかし、"あの称号"を名乗ると言うのなら、この自分が手を貸したとしても歓迎する事は到底出来ない。それでも役不足だ。親友は嬉々として殺しにくるだろう。多分戴冠式あたりで。

一応血の濃い王族中心に可能性のある者たちは自分が加護を与えているが、あの親友なら、忠誠心故にその加護ごと命をぶった斬ることだろう。…だから、それをされないよう、仕立て上げなければならない。

『我はもういない』

…唯一王と崇めたひとは、もう戻ってこない。なら、作るしか無い。自分や、彼らが自ずと望んで首を垂れたあの方の後を継ぐのに値する、"あの称号"を冠するに値するものを。

「…あと少しよ、グレちゃん。もう少しで…」

私たちが、再び共に膝をつくに相応しい存在が生まれる。
そうしたらまた、共に配下の1人として、"王"の下で、穏やかな日々を送れる。

いないと、戻ってこないと分かっていて、それでも諦められない気持ちはきっと、自分も彼も変わらない。

「卿!マルシュヴェリアル卿!」

急に部下から通信が入った。

「…あら、どうしたの?」

急に思い出から引き戻されて、彼はため息をついた。

「第三王子が婚約者候補の令嬢に贈るドレスの確認にいらしてます!」
「あらあら。気のお早い殿下ねん。レースと宝石がまだなのにん」
「早くお戻りください!」

部下は相当焦っているらしいが、彼は全くもって急ぐ気はなかった。しかしこのままだと拗ねられそうなので、戻ることにはした。

「はぁーい。あ。それから」
「何ですか!?あの小部屋に殿下と2人でいるとか心臓はち切れそうなんですけど!?」
「小部屋って程小さく無いわよん。8割布で埋まってるけど」
「じゃあ汚部屋ですね!」
「汚れても無いわよん…。あとねん」
「まだ何か!?」

緊張のあまりキレ気味の部下に、どうしても言わなくてはならない事なので、言葉に怒りを込めて言う。

「散々言ったわよね。マルシュヴェリアル卿、じゃなくてマリアンよ」

そしてそのままぶつりと通信を切った。

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