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しおりを挟む「……あのー、大変恐縮なんですけどー……これはー、一体?」
「散歩」
「えっとー?…誰の?」
「ポチの」
「ポチっていうのはー…?」
「ルーって呼ばれてる精霊」
「ですよねー」
今は人間に擬態させているので、単純に可愛らしい童女が少し歳上と思われる幼い顔立ちの少年従僕を連れて歩いているようにしか見えるまい。
散歩だからな。ラギアが首輪とリードつけた方がいいとは言ったのだが、本人が絶対逃げないと宣誓したので勘弁してやった。
「…アノクって奴の代わりをラギアさんがやるんじゃなかったんですかー?」
「ああ。させるとも。だがラギアは昨日まで王国内にいたのだ。今すぐ此処に来たら不審に思われるだろう?」
ラギアが来るまでの繋ぎだ繋ぎ。
何故ルーを連れて魔導国の王都を練り歩いているのかと言うと、…マルシュヴェリアルを捕まえるためだ。控えめに言って、我とルーの顔立ちは奴のストライクゾーンど真ん中。本人が我らを見かけなかったとしても、奴の"手足"は恐らくそこら中に居るはずなので確実に伝わってくれるだろう。そうすれば、奴の方から会いに来る。
「マルシュヴェリアルの元眷属なら分かるだろう。彼奴は自分の"目"と"手足"を広げられるだけ広げておく主義だからな」
このルーもといポチも、たまに呼ばれて着せ替え人形扱いされる時以外は各地に散らされていた"目"の1つだった。まあ自分で納得していての事らしいので、我は以前も何も言わなかったが。
「ラギアが到着して我と合流すれば嬉々として近づいてくるだろう。それまでに我の素性でも洗ってな」
「……」
「怖がるな。前と変わらんだろ」
「そうでしたねー」
うむ。だから相変わらず碌でもねえなと思うのはやめてやってくれ。……我も思うけど。
「ラギアは明日到着予定だ。それまで耐えろ」
「はーい。…まあー、それはべつに良いんですけどー…。……それよりー、後ろからずーっと着いて来てるアレ、放置でいいんですかー?」
アレ?と、ポチに言われて後ろを向けば…
「おい!…やっとこっちを見たか!さあ早く僕の侍女になれ!」
さてと。
前を向き直し、気を取り直してポチの散歩の続きだ。
「…いいんですかー?」
「あんなに不躾な知り合いは我の記憶に居ない」
「…(そりゃーそーでしょーねー)」
それから暫くかなり喧しく付いてくるので、ストーカーに準じるものと我の中で認定。よし。殴ろう。
再度振り返った我に、折れかけていた心が回復したのか顔色を明るくした小僧を見て、夜中まで無視すればよかったと思わんでもなかったが、鬱陶しいものを付けて歩く趣味はない。
…そろそろ潰すか。
深くため息をついて、心底面倒臭そうに渋々と、小僧に向き直った。
「……これはこれは。いつぞやの、私を見窄らしい下賤な平民と罵ってくれた殿下ではございませんか」
「下賤なとは言っていない!」
「顔が言ってました」
「顔が!?」
…いかんいかん。落ち着け。我。おちょくりたくて仕方がないが、まだ人目も多いからな。
「いつまでついて来るおつもりでしょう」
「お前が僕の侍女になるまでだ!学長達が話しているのを聞いた。お前時の魔法が使えるんだろ?リビルド兄上がまだ手に入れていない手駒を逃す僕ではない!お前を手に入れて、この僕が次の王になる!この僕が!」
…うむ。煩い!長い!なによりどうでもいい!
「アリスさまー、あの困ったさんどうするんですかー?」
耳打ちしてきたルーに殴るに決まってるだろうと返す。割と大きな声だったが、どうやら幸せな脳みそをしている王子には聞こえなかったらしい。
「…殿下。私を従わせたいと言うのなら、自分が私を従えるに値する人間だと証明するのが先でしょう。
私は、誰かの下につくのは御免ですし、無能なガキを主人と仰ぐなど以ての外。力も無いくせに妄想を膨らませているようですが、片腹痛い子供の戯言ですね」
あくまでも淡々と、分かりやすい作り笑いを浮かべて述べるのがポイントだ。
「お前、僕を誰だと思っている!?それにお前は僕に何をしたのか分かっているのか!」
……面白いくらいに引っかかってくれるな、この小僧。
「それ含め、罪人と罵られようが、罰を受けることになろうが、私は私の認めた人間以外には付かない。不敬上等ですよ。私に勝てない弱虫が、軽率に王になると宣うことこそ不敬では?」
「っ…言わせておけば…!……ふ、ふふふ…はーはっは!そこまでこの僕に言ってのけた奴はいないぞ!いいだろう!僕の実力を見せてやろう!お前が一発でもボクに入れられたら潔く諦めてやる!この間の事も無罪放免だ!」
「その勝負の最中に殴った事を後から追求は?」
「しない!」
「聞いたな?ルー」
「はーい。大丈夫ですよー、ちゃーんと聞いてましたー」
証人?も無事得て、言質もとった事だし、これで事前準備は万端だな!備えあれば憂なし!
料理長は言っていた、相手をボロボロにする前に、相手をボロボロにしても咎めないという言質を取っておくのが1番と。ラギアは言っていた。自尊心が強いタイプは多少煽って、挑発に乗り大きく出てきた時に仕留めるのが定石と。
「では、明日、再度学園の…先日入学試験を行っていた競技場に参ります。昼前に。観客の有無はご自由にお決めいただいて結構ですが、…余りにも哀れな姿を見られたくなければ、よく考えた方がよろしいですよ」
では失礼、と、ルーを連れて我が城に戻った。日も暮れたからそろそろ料理長が一品目を作り始める頃だ。我、いい子だから晩ご飯はお家に帰って食べるの。
『アリス様~、殴るって言ってもー、あの王子にもあのヒトの加護が付いてるんじゃないんですかー?』
「ん?…ああ、問題無い。アレはそうだと知っていれば我には意味をなさん」
『いやー、そうかもしれないんですけどー、そうじゃなくてー…。あのヒトの加護付きの人間に危害が加わったらー、今ぶっ倒れてるアノクって奴と同じでー、呪われちゃうんじゃないですかねー?』
「問題無い」
我が奴を殴る分には問題ない。
何故って。おや?忘れたのか?
我、元魔王。呪いなんざ効かねえの。
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