風の忍者と炎の姫

あさまえいじ

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飛鳥の目的

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「ああ、もう‥‥鬱陶しい!」

 飛鳥は炎を操作して、鳥の妖魔を燃やしていく。
 周囲の妖魔は、今日の朝に戦った妖魔よりも魔力量が少ない。ギリギリ妖魔になった程度の力しかない。その程度の妖魔なら飛鳥の炎が触れただけで燃え尽きる。

 (でも、ちょっと厄介だな。‥‥アタシ、そこまで制御が上手い方じゃないから、叔父様に見られたら無駄が多い、と怒られそう。)

 飛鳥の魔力量は先の測定時に169を叩き出した。その魔力量からすると、炎を生成するのに必要な力が10程度の消費が必要だ。
 10で作った炎を細かく分けて放っているから魔力消費としては実質1ずつくらいしか減っていない。
 
 (纏めて固まって攻撃してくれたら、消費も少なくて済むし、ラク出来るんだけどな。)
 
 内心で辟易しながらも眼前に群がる妖魔を焼き尽くしていく。淡々と、だが油断なく、炎を放つ。すると飛鳥の周囲にあった炎が全て尽きてしまった。だが、飛鳥は即座に更なる炎を生み出すために、自身に流れる魔力を活性化させ、言霊を紡ぐ。
 
「『我が盟友たる炎の精霊よ、この世の不浄を焼き払うために、汝の力を貸したまえ』」

 炎が飛鳥の声に応えて、生まれ集まる。

 (光輝く力の象徴、それが炎。熱を発し人を温め、光輝き闇を照らす。文明の発展は炎の発見から始まったなんて、昔兄さんに教わったな。『炎は始まりであり、成長であり、進化であり、終焉である』兄さんの言葉だった。)

 飛鳥は、集まる無数の炎を見て、あの日の事を思い出していた。



□□□



『兄さん‥‥ねえ、起きてよ兄さん!!!』
 
 雪の降る夜、京都の炎城家本家の門前で一人の男―――炎城えんじょう 将悟しょうごが倒れていた。
 炎を扱う炎城家の次期当主であった炎城 飛鳥の兄『炎城 将悟』の体は氷の様に冷たかった。
 もう動くことのない将悟に飛鳥は縋り付いて泣いた。
 この場には、動かない将悟とその亡骸に縋りつく飛鳥と、もう一人この場にいた。月明かりに照らされ、二人を見下ろしていた男の姿が映し出された。
 年の頃は飛鳥の兄である将悟と同じくらいで、短い黒髪、切れ長な眼、整った顔立ち、背丈はそれほど大きくなく飛鳥と変わらない程、浅葱色の羽織、燃えるように赤い二振りの刃、そして‥‥燃えるように赤い瞳を持った男だった。

『悲しむ必要などない』

 見下ろしていた男が言葉を発した。

『その男の死は決まっていたことだ。あるべき運命、ただそれだけだ』

 男の言葉を聞き、縋り付いていた飛鳥は顔を上げた。

『そんな、わけ、ない!!』

 飛鳥はその男の姿を見て、睨みながら涙を流していた。

『にい、さんが、殺されなきゃいけない理由なんて、あるもんか!!!』

 気づけば飛鳥はその男に炎を放っていた。
 相手は飛鳥よりもずっと強かった兄である将悟を葬った男だ。冷静に考えれば、飛鳥の力がその男に通じる訳がない。そのことを飛鳥は冷静であれば分かっているはずだった。
 だが、目の前で兄を殺され、冷静さを失っていた飛鳥にそのことを理解することは出来なかった。
 飛鳥が放った炎は男に直撃した。だが、その炎はすぐに霧散し消え失せた。そして、その場にはまるで何事もなかったかのような男がいた。
 いや、実際に目の前の男には飛鳥の炎など児戯に等しかった。それでも尚、飛鳥は炎を放とうとすると、男が口を開いた。

『やめておけ、その程度の炎では俺には届かない』

 男は冷淡な口調で淡々と事実を述べているだけだった。
 だが、飛鳥はその男の言葉に耳を貸さず、再度炎を放った。

『やれやれ‥‥身の程を知れ!』

 飛鳥が放った炎は男が言葉を発しただけで制御を失い、男の周囲に浮かんでいた。

『ええ、そんな!?』

 飛鳥が炎に裏切られた。自身の魔力で作り上げた炎は飛鳥の意志に従い動いていた。これまでも、そしてこれからも変わらないと信じて疑わなかった。だが、この瞬間、その信頼が脆くも崩れ去った。

『力無き弱者が強者に抗う等、愚かなことをこの上ない。よくよく覚えておけ、この世は力を持つ者が正しく、力無きものが間違いだと言う事を。故に今のお前の行動は全て‥‥‥‥間違いだ!!』

 男の言葉に同調するように、制御を失った炎が今度は飛鳥に牙を剥く。

『きゃあああああああああ!!!!???』

 飛鳥の悲鳴が轟いた。
 それは飛鳥の身は炎に包まれたことによる痛みが引き起こしたもの‥‥‥‥ではない。実際のところ飛鳥に炎によるダメージはない。炎城一族は炎に強い。自身の身を媒介に炎を生み出す一族が自身の生み出した炎に焼かれることはない。他の魔法使いや妖魔が放った炎でも、圧倒的な力の差でもない限りは自身の体が焼けることはない。
 悲鳴を上げた原因、それは‥‥‥‥信頼が壊れたからだ。
 炎を操り、共に生きてきた者が突然敵として襲い掛かってきた。精神的な衝撃、それが飛鳥が悲鳴を上げた正体だった。
 男は指を弾き、パチンッと、甲高い音が鳴らした。すると、飛鳥を襲っていた炎が霧散して消え失せた。

『‥‥‥‥少しは理解できたか?』
『‥‥ぁ‥‥』

 飛鳥は声を出せなかった。
 自身の根底を揺るがされ、精神に強烈なダメージを受けた。
 そして、理解させられた。目の前の男と、今の自分との果てしない距離を。勝てない、と本能が認めていた。

『‥‥くっ!』

 だが、飛鳥は歯を食いしばって、フラフラになりながらも懸命に自身の足で立ち上がった。
 その様子を見て男は、感嘆の声を出す。

『ほう、まだ立つか‥‥それでこそ‥‥』
『はぁ、はぁ、はぁ‥‥』

 飛鳥には男の言葉が聞こえていなかった。
 頭の中は男との力の差、その衝撃で何も考えられなかった。目を離せば、その瞬間にも‥‥そればかりが頭にあった。だが、飛鳥はそれでも尚立ったのは、逃げるよりも立ち向かうことを選んだからに他ならない。

『そうか‥‥そうか‥‥』

 男は何度も頷いた。そして、笑った。

『今のお前では俺に勝てない。だが‥‥』

 男が魔力を解放した。その瞬間、これまで感じたことがない程の圧力を感じた。

『!? あ‥‥ぁ‥‥』

 先程まで感じていた距離、それは幻想だった。
 本来の距離はもっと、もっと‥‥何処までも、遠かった。
 思い知らされた、理解させられた、この男は飛鳥が敵うはずがない圧倒的な強者だったと。
 飛鳥はその場にへたり込んでしまいそうだった。意識が飛びそうだった。だが、抗い続けた。歯を食いしばり、意識をつなぎ止め、立ち続け、男から目を逸らさなかった。

『ハハハハハ‥‥』

 男は笑った。心底愉快そうに高らかに笑うと、魔力の圧力が収まった。

『まさか、今ので意識はおろか膝さえつかんとは、見上げたものだ』

 男に先程までの恐怖を感じなかった。それは男の目に優しさを感じたからかもしれない。

『さて、お前は気概を見せた。なら、お前の気概に敬意を表し、一つだけ質問に答えてやろう。さあ、聞きたいことはあるか。‥‥といっても、聞きたいことは一つだろうな』

 男は将悟に目を向けると、飛鳥は毅然と男を見据え、問い質した。

『兄さんは何故‥‥何故‥‥』
『殺されたか? いや、俺が何故殺したのか? それとも、何故死んだのか? このどれかだろう。まあいい、どれであっても答えは同じだ。炎城 将悟には貸したものがあった。だから、それを返してもらっただけだ』
『貸したもの、返してもらった? それは‥‥』
『悪いが、質問は一つだけだ。‥‥だが、一つだけおまけしてやる。『炎城 大悟』に聞けばいい』
『お父さんに?』
『そう。あの男は全て知っている。その時、こう聞けばいい。『総ての始まりから借りたモノはなんだったのか』。それに答えられたら、将悟がそうなった理由も分かるだろう。‥‥だが‥‥』

 男は右腕の袖を捲り、ブレスレットに付けられていた赤い宝玉を引きちぎると、飛鳥に投げ渡した。

『もし答えなかったら、その時は俺が教えてやる。それを持っていれば、いずれ引き合う』

 男は愉快そうにそう言って、飛鳥に背を向けて去ろうとしていた。

『ま、待って!』

 飛鳥が呼び止めた。男は足を止め、振り返った。

『まだ何かあるか?』
『名を、聞いていない‥‥』

 飛鳥は名を聞いた。ただ、飛鳥自身どうして名を聞いたのか、意味が分かっていなかった。
 だが男は小さく笑みを浮かべ、名を告げた。

日輪ひのわ 総司そうし

 この後、飛鳥は父に質問をしたところ、顔色を変えて口を噤んだ。
 父は決して口を開かなかった。飛鳥は幾度となく聞いたが、いつも同じだった。その内飛鳥は父と話す機会すらなくなった。飛鳥と父との間のやりとりは全て飛鳥の叔父が仲介した。一族の次期当主となる儀式の際も取り仕切ったのは当主である父ではなく、叔父であった。
 母は兄が死んでから茫然自失となり、そんな母に掛ける言葉もなかった。だが、母は只管に謝っていた。何に謝っていたのかは分からない。あの日何が有ったのか、母は見ていないが、何故か日輪 総始が関わっていることを知っていた。
 次期当主となった後も飛鳥には何も知らされることはなかった。父と母に対する不信感、それが積もり積もって飛鳥は『近畿』を離れた。答えを知る男―――『日輪 総始』のいる、関東にやって来た。


□□□
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