ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第一章 境界を越えて

新しい居場所

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嵐が過ぎ去り、ようやく緊張から解放される一同。それを最初に知らせたのは、アルトの深く長い溜め息であった。

「はぁ~……やっと帰ってもらえましたね。ギランさん、発端は貴方なんですから、ちゃんと反省して下さいよ?」

「ンなこたぁ、ンなこたぁどうでもいい……それより、ヴァルツ!テメェ、よくも俺様の金をっ!支払いがどんだけ残ってると思ってんだコラッ!」

ようやく落ち着いたかと思えば、いきなりギランが大爆発。自業自得だろうに、上階のヴァルツへ向かって拳を振り上げながら怒髪天の勢いで騒ぎ立てている。

しかし、そんなギランに対して肝心のヴァルツはどこ吹く風。まるで小汚ない物でも見るかのような冷ややかな眼差しで彼を見下ろしていた。

「ところで、団長。そろそろ改めて説明をしてもらいたいんだが……彼は、一体何者なんだ?この辺りでは見掛けない顔だが……」

「わっ……」

コーラルは薫の両脇に手を入れて軽々と持ち上げ、ちょこんと椅子に座らせると、ガウルによって破かれた上着の代わりに自分の上着を羽織らせた。

獣人は人間よりも体温が高めなのか、彼の体温が残る上着は太陽を目一杯浴びた毛布のように温かい。肌触りはやや固めだが、これも存外悪くなかった。

「あん?ああ……そいつは俺様が今回の仕事先で拾ってきたカオル、ってんだ。まぁ、ちょっと変わった事情持ちなんだが……」

「変わった事情……?」

「えっと、実は……」

改めて、薫はコーラル達に事情の説明を始めた。経緯は不明だが、自分が住んでいた世界とは全く異なる異世界に迷い込んでしまったこと。そして、盗賊に捕まっていたところを偶然居合わせたギランによって救われたこと。

自分の置かれている状況の全てを話し終えた時、無表情を崩さないヴァルツの表情は読めないが、コーラルには明らかに動揺と困惑の色が見てとれた。

「確かに雰囲気に多少の違和感はあったが……まさか異世界からの迷い人とは。団長、それは確かなのか?」

「確認の手立てがねぇんだ、俺も詳しいことはわかんねぇよ。カオルを拐ってきた盗人どもなら何か知ってるかもしれねぇが、奴等は今頃檻の中だ。だが、俺様の磨き抜かれた審美眼は、カオルはマジの異世界人だって言ってるぜ」

自信満々のギランだが、誰もが皆、彼のように簡単に信じられるはずもない。コーラルの理解は絶望的かと思われたが、考えるように腕組みをしていた彼はおもむろに顔を上げた。

「ふむ……まぁ、確認のしようがなければ仕方無いな。団長がそう言うのならば確かなのだろう。わかった、私も信じるとしよう」

「そ、そんなあっさりと……」

何一つ根拠の無いまま、コーラルは自信だけはたっぷりなギランの言葉に納得したように頷いた。薫としては信じてもらう他ないのだが、こう簡単に信用されると逆に不安すら覚えてしまう。

コーラルの言うとおり、ただ単に迷い込んだのならば良い。だが、結果には必ず過程が伴うものだ。思い上がった予想だが、何かしらの目的を持つ何者かが、その達成のために薫を呼び寄せたという可能性も全く無いわけではないのだ。

そして、恐らくギラン達は全てを承知で仲間として迎え入れてくれたのだろう。だが、それを諸手を上げて喜べるほど、薫は図太くはなかった。

「でも……いいんですか?得体の知れない僕なんかを、その……受け入れて。後で、厄介事に巻き込んでしまうかもーーーうわわっ!?」

「なっ!?黙って甘えときゃいいのに、こんなこと言いやがるほど気の小せぇお人好しが俺達を騙すと思うか?そもそも、この最強無敵の俺様を騙そうって命知らずがこの世にいるか?」

「まぁ……無いだろうな」

「無いでしょうね」

「………………」

ギランの剛腕によって形が変わってしまうのではないかというほど力の限り頭を撫でられる薫を見つめ、アルト達は確信へと至ったようであった。

誰もが皆、優しい表情で薫を見下ろしている。ただの厄介者にしかならないであろう自分を、心から受け入れようとしてくれていた。

「…本当に、いいんですか?」

「バカ、団長の俺様がお前を団員にするって言ってんだ。そもそも拒否権はねぇんだよ。ガキが余計な気遣いすんな」

そう言われてしまうと、もはや断るための言葉が見つからなくなってしまう。薫が見上げると、荒っぽい口調とは裏腹に優しげな笑みを浮かべるギランの瞳と視線が交わった。その微笑みに感化されたか、唾と一緒に呑み込みかけた一つの本音を喉奥に留め、薫は遂に言葉として口にする。

「じゃあ、その……遅くなりましたけど、お世話になりまーーー」

「よっしッ、決まりだな!んじゃあ、遅れちまったが改めて自己紹介といくか!」

意を決した薫の言葉に重ねるようにギランが声を上げ、三人は薫を取り囲むように密集した。

「僕とはさっき話したから、今さら名前なんて不要かな?じゃあ、こちらが……」

「コーラルだ。この中では私が一番新参だな。共に、この傭兵団を盛り上げていこう」

「は、はい!至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします!」

おずおずと、薫はアルトとコーラルの二人と握手を交わす。何度か言葉を交わしたアルトの心優しい人柄はわかっているが、見た目は恐ろしげに見えるコーラルも優しそうな人で安心した。

ゴツゴツと盛り上がった筋肉で武装したギランに反し、スラリと引き締まった体格はスマートという言葉がよく似合い、亜人の見た目の区別がつかない薫でも、彼はどことなく精悍な顔付きをしているように感じられた。

「さて、次は……おい、ヴァルツ。お前なぁ、こんな時ぐらいは普通に声出せねぇのか?」

「…………」

呆れ果てたような口調でそう洩らすギランから軽い一撃を受けるも、ヴァルツという名の鷹人は一切動じる様子は無い。ただ腕を組み、鋭い刃のような瞳で薫を見据えていた。

「悪いな、ちょっと変わり者なヤツなんだが悪い奴じゃない。コイツはヴァルツ。ここの副団長だ。言うなれば、俺の右腕だな。最初は何考えてるかわかんねぇと思うが、慣れれば案外わかりやすい奴だ。まぁ、仲良くしてやってくれ」

「は、はぁ……よろしく、お願いしますね……?」

近寄りがたい雰囲気を最大出力で放出するヴァルツに、薫は握手を求めて恐る恐る手を伸ばした。

もしかしたら、無視されてしまうかもしれない。そんな一抹の不安を感じた薫だったが、それも僅か一瞬のこと。ヴァルツは意外にもアッサリと組んでいた腕を解き、薫の握手に応じてくれた。もしかしたら、見た目ほど恐い人ではないのかもしれない。

「…で、この俺が暁の剣の団長のギラン様、ってわけだ!今日からお前も、その一員だ!仲間になったからには、 しっかり働いてもらうからな!」

「が、頑張ります!」

荒事専門の傭兵団で、争いとは無縁な環境で生まれ育った薫が出来ることには限りがあるだろう。しかし、必要なのは戦闘員ばかりではないはずだ。まずは、自分に出来ることを探していかなければ。

自分を信じ、受け入れてくれた彼らを、裏切らないために。ギランとしっかりと握手を交わし、薫はそう決意を固めた。

「さぁて、食い扶持も増えちまったし、仕事増やさねぇとな。クライヴのところから上客でも引き抜いてくるか」

「だ、ダメですよ!昨日の今日でそんなことやったら、また喧嘩になっちゃうじゃないですか!」

やはり懲りてないらしい。というより、彼の性格を考えればこれが正常と言うべきか。

しかし、その時薫の中に一つの疑問が浮かんだ。

「クライヴさんも、確か傭兵団をやってるんですよね?確か……紺碧の盾、でしたっけ?かなり険悪な雰囲気でしたけど……何かあったんですか?」

薫が何気く口にした言葉。すると、ギラン達は揃ってお互いの顔を見つめ、何とも言えないような表情を浮かべた。

「…まぁ、そうだな。これからもこの程度の小競り合いはあるだろ。お前には先に話しておいた方がいいな。奴等と俺達は……昔、仲間だったんだよ」

「え……っ?」

そういえば、それっぽい事を言っていたような気がする。雰囲気から察するに、かなりデリケートな問題であることは間違いない。新参者の分際で、非常にマズイ部分に触れてしまったのではないだろうか。

「もともと、ここで一緒に働いてたんだ。紅蓮の剣の団員としてね。でも、クライヴさんが急に皆を連れて別の傭兵団、紺碧の盾を結成しちゃったんだ。残ったのが、今いるこのメンバーだけ。今じゃ仕事を奪い合って、顔を合わせるたびに喧嘩ばっかり……ほんと、困っちゃうよ」

「え、えっと……ごめんなさい。何も知らないくせに、こんなこと聞いちゃって……」

「いや、遅かれ早かれ知ることになることだ。キミも奴等には気を付けた方がいい。特に、あのガウルに目をつけられたようだからな」

「そうそう。マジで執念深いからな、アイツ……」

コーラルの言葉に餓狼の眼差し、腕に食い込む爪の痛みを思い出し、薫はぶるりと身震いする。普通の感性の持ち主ではないと思ってはいたが、ギランにここまで言わしめるとは相当なのだろう。

「あの人、そんなに危ない人なんですか……?」

「ああ、目的のためなら手段を選ばない奴だ。クライヴが手綱を握っていなければ、何をするかわからん。重々、気を付けることだ」

聞けば聞くほど、とんでもない人物に目をつけられたものだ。戦々恐々とする薫だったが、雰囲気を一変させるようにギランが手を叩いた。

「さて、辛気臭い話は終わりだ!今日は久々に新入りが入ったんだ、盛大にやるぞ!アルト、わかってんだろうな!」

「はいはい、今日はとっておきのお酒を出しましょうか。じゃあ、急いで用意しちゃいますね」

「……?今から、何かあるんですか?」

キッチンへと向かっていくアルトを、何が始まるのかと見送る薫。そこへ、横からギランが顔を覗き込んできた。

「何言ってんだ、新入りが入ったら宴会に決まってんだろうが!今日はぶっ倒れるまで飲むぞ!主役のお前には、とことん付き合ってもらうからな!」

「え、ええっ!?いやでも、僕お酒は飲んだこと無いですし……」

「マジか!?じゃあ尚更飲ませねぇとな!コーラル、ヴァルツ、テメェらも覚悟しとけよ!」

「やれやれ……また始まったか。だが、たまには無謀な飲みに付き合うのも良しとするか」

「…………」

薫の肩を抱き寄せ、早くも酔っ払っているのではと思うハイテンションで上機嫌に笑うギラン。薫も、せっかく自分のために催してくれる宴会で盃を断るのも失礼だろうと考えた。品行方正な青少年の健全な育成の精神からは少し外れるが、今回はやむを得ないということで納得するとしよう。

キッチンから両腕に様々な酒瓶を抱えて戻ってきたアルトが合流して、彼が腕を振るって作る料理がテーブルいっぱいに並び、宴会は盛大に執り行われた。

しかし、薫がその甘っちょろい考えを後悔するに至ったのは、一杯の盃を半分も口にしない頃であったのは言うまでもない。
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