【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

16 初めての馬車と訪問

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 パン屋「ファンの店」のある路地から大通りに出たところで、ヴァンさんが馬車を止めた。
 そう、馬車!
 生まれて初めて間近で見た!

 カボチャを魔法で変えたような、派手な馬車じゃない。雨避けのを備えた二人掛けで、大きな車輪が二つ。馬が一頭。御者は俺たちの後ろに小さな席にがあって、そこから長い手綱を引いて馬を御する。
 御者の席はすごい高い位置にあるものだから、俺が座るわけじゃないと分かっていても、見ているだけで怖い。

 馬はすごく大きく感じた。
 もとの世界でも間近で馬を見たことはないがら比較はできないのだけれど、それでも、大きい……と思う。大きな黒い瞳が可愛くて、でも長い鼻を向けきては、ふんすふんすするものだから、俺はどうしていいのか固まってしまった。

「申し訳ありません、アーヴァイン様。今日のラズはやけに気が散っているようで」

 御者はヴァンさんの知り合いらしい。
 ヴァンさんは笑顔で「見慣れない子を連れているせいだろう」と答えた。俺が異世界人だってこと……気がついて、気になっているのかな。
 俺は馬車に乗るのすらおっかなびっくりで、ヴァンさんに手を取ってもらってやっと席に収まる。馬のラズは客が座ったのを合図に仕事モードに入ったのか、ちゃんと前を向いて歩き始めた。

「高い……ゆ、ゆれる……」
「怖いかい?」
「だ、だいじょうぶ」

 ヴァンさんの腕をがっつり掴み、俺は引きつりながら答えた。
 その手を、上からぽんぽんと叩くヴァンさんは何だか楽しそうだ。しょうがないだろ、初めてなんだから。
 それでもおっかなびっくりだったのは初めの内だけで、ゆっくり歩く馬の艶やかな背中や尾を見ている内に、だんだん面白くなってきた。そうすると周りの景色を眺める余裕も出てくる。

 石畳の街。
 レンガの建物はどれも三、四階ほどで、高層ビルなんかない。もちろん行き交うのは馬車で、自動車なんか一台も無い。街角ではヴァイオリンに似た楽器を弾く人がいて、拍手を贈る人々がいる。
 街の人たちの姿は、どれも今の俺と似たような恰好か、丈の長いジャケットを着たヴァンさんと同じような姿だった。女性のスカートの丈も長くて、こぅ……十八世紀とか十九世紀とか……そういう時代のヨーロッパの印象。
 本当に、テーマパークにでも来たみたいだ。

「物珍しそうだね」
「はい。見たことのないものばかりで」

 それは道行く人も同じらしい。
 俺の姿を見つけた人は、珍しいものを見たような顔で見送る。服装はここの人たちと同じなのだらか、やっぱりこの顔立ちが気になるのかな。

「ヴァンさん、俺の黒髪ってやっぱり目立ちますか?」
「そうだね。ここまで真っ黒な子は、この国にはあまりいないだろうから。けれど町の人が目を止めるのは、髪色のせいではないと思うよ」

 俺は首を傾げる。

「リクが可愛くて、目が離せなくなるんだよ」
「また……もぅ……そういう」

 カワイイとか……顔が熱くなるじゃないか。
 ヴァンさんはすぐに俺をからかう。俺がうろたえるのを見て楽しんでいるんだ。

 恥ずかしくてヴァンさんから視線をらして町の景色を眺めていると、不意に小鳥が飛んで来た。全然人を怖がらないのか、馬車の縁に止まったかと思うとそのまま、俺の腕の方まで来る。

「わ……わ、ぁああぁ……」

 大声を出しそうになるのを必死にこらえた。スズメくらいの大きさで、緑色の模様が羽に沿って入っている。動きもスズメそっくり。
 可愛くて、綺麗で、もふもふだ!
 俺は腕を動かさないようにして、隣に座るヴァンさんをぎこちなく見上げた。

「と、とり、ことり……」

 笑顔で頷くヴァンさん。
 この世界の動物たちは人懐っこいんだな……すごい、感動だ……。
 小鳥たちは一通り俺の腕で遊ぶように跳ねてから、どこかへ飛んで行く。馬車は、目的地にたどり着いていた。




 大きな屋敷だった。
 といっても、前庭があって門を構えているといったタイプの物ではなく、街の中にある、通りに面した横に広い大きな建物。三階建てで、窓の手すりが豪華だ。木製のドアもものすごく大きくて、両面開きになっている。
 俺はまたヴァンさんの手を借りて馬車を下り、ぽかんと口を上げるようにして見上げてしまった。

「昔からの友人の家だよ」
「さっきパン屋で言っていた、ジャスパーさん、のお屋敷ですか?」
「そう、リクの膝を診てもらった。腕は立つよ」

 そういえば、今日はもう全然膝が痛くない。怪我をしていたことも忘れていたぐらいだ。

「だったら、お礼を言わないと」
「そうだね」

 ドアノッカーで扉を叩く。ややしてから、ドアの向こうから以前聞いたことのある声が返ってきた。俺が倒れて最初に目を覚ました時、来ていた人の声だ。
 あの時は思わず寝たフリをしていて、姿は見ていない。

「遅かったじゃないか」

 勢いよく開いた扉の向こうから現れたのは、淡いココア色の髪をした長身の男性だった。
 ヴァンさんも背が高いけど、同じくらいかちょっと高いくらい。瞳は赤茶色。彫りも深く鼻立ちも高い。そのせいかヴァンさんより少し年上の印象がある。
 俺はハッとして、カップケーキを入れたカゴを抱えたまま、大きく頭を下げた。

「は、はじめまして!」
「おー、リクくん。元気になった」
「あ、あの……」
「はじめまして。ジャスパー・レイク・デイヴィスだ」

 そう言って、快く家の中へ招き入れてくれる。

「さぁ、どうぞ入って。妻も娘も今か今かと待っていたんだ」

 俺はヴァンさんに背中を押され、ぎこちない動きで屋敷に入った。
 使用人なのか数人が膝を軽く曲げる仕草で、ジャスパーさんやヴァンさんに挨拶をしては通り過ぎていく。
 すごい、リアルメイドだ。執事みたいな人もいる。
 俺は思わず会釈で応えてしまう。

「リクくん、足の具合はどう?」
「あ、すっかりもう大丈夫です! ……っててて」

 膝を高く上げたら軽く痛んだ。
 ヴァンさんが顔をしかめて俺を見下ろす。ごめんなさい。

「良くなってよかった。でもまだ少しの間は、無理をしないで」
「はい。あの、足を診てくださり、ありがとうございます」
「ヴァンが深刻な様子で連絡してるから何事かと思ったよ。さぁ、こちらだ」

 横に広い階段を上りたどり着いたドアを開けると、そこには明るく広い部屋で、イスに座った女性と小さな少女がいた。





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