【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

17 動物にもよく好かれるって?

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「ヴァンおじたま!」
「こんにちは、シェリー」

 膝丈の水色のスカートを揺らして駆け寄って来た、淡い金色の髪の小さな女の子を、ヴァンさんは軽々と抱き上げた。きゅーっと首にしがみ付いた少女は、先ほど言っていたジャスパーさんの娘なのだろう。
 続いてイスから立ち上がった女性が、軽く膝を曲げて挨拶する。

「妻のシャーロットと、娘のシェリーだ」
「どうぞ、ロロットとお呼びください」

 にっこりと微笑む女性は、目の前の少女をそのまま大人にしたような愛らしさと、優雅な雰囲気をもっていた。それこそ絵画からそのまま出てきたような美しさだ。
 俺はわずかに緊張しながら向き直った。

「おれ……いや、は、かわ――」

 この世界では、名前が先で苗字が後のようだ。だったらそれに合わせた方がいいかな。

「リク・カワバタといいます。あの、ジャスパーさんに足を診て頂いたと聞きました。ありがとうございます」

 改めてお礼を言って、「これ、お土産です」とカゴを差し出す。いつの間にか側に控えていたメイド服の使用人が受け取り、軽く膝を折り曲げる一礼で部屋を出ていった。
 なんだか、何から何まで、映画のようだ。

「ありがとう。ふふふ……ジャスパーの言っていたとおりね。とても素敵な黒曜石オブシディアンの瞳。それに少女のように愛らしい顔立ち」
「しょ⁉」

 驚く顔で隣に立つヴァンさんを見上げると、抱き上げられていた少女と目が合った。琥珀こはく色の瞳を大きく開いて、俺を見つめている。

「おじたま! おじたま!」
「うん、リク、というんだよ。シェリー」
「リク!」

 ばっと飛び下りるかのように、シェリーが手を伸ばした。慌てて俺は腕を広げて、抱きとめる。
 二歳……いや三歳くらいだろうか。小さな子供を抱きあげるなんてそうそう無い。鼻も唇も指も、全てのパーツが小さくて、ふわふわで柔らかい。
 そんな少女が不思議なものを見るように、俺の髪や顔に手を伸ばしてつまんだり、ぺしぺしと撫でたりしている。

「リク!」
「はじめまして。よろしくね」
「リク!」
「うん」
「リク!」
「う、うん……」

 ど、どうすればいいのだろう。

「リク!」
「あの……」

 助けを求めるようにヴァンさんを見上げると、口に拳を当てて必死に笑いを堪えていた。ジャスパーさんとシャーロットさんも、驚いた顔から、少し困ったような笑い顔になる。

「リクは子供にも懐かれるだろうとは思っていたが、予想以上だね」
「ヴァンさん……」
「さぁ、シェリー、リクお兄さんが困っているよ」

 そう言ってヴァンさんが手を伸ばすも、シェリーはいやいやをするように首を横に振って、ますます俺にしがみ付く。小さな子の力だから、苦しくはないけれど困った。このまま抱っこしていていいのだろうか。
 そうこうしている内に先ほどのメイドが、ワゴンに載せたティーセットを持って部屋に戻ってきた。良い香りのお茶と甘いお菓子の匂いがする。

「えぇっと……シェリーちゃん、みんなでお菓子を食べようか。イスに案内して入れる?」
「おかし!」

 シェリーも美味しい匂いに気づいたようだ。素直に床へと降りると、俺の指を掴んで引っ張っていく。そして夫人が座っていたイスの近くで、「ここ」と空いたイスをポンポンとたたいた。

「リクさん、どうぞお座りになって」

 シャーロットさんが柔らかく勧めるのに頷き座ると、その膝の上にシェリーがよじのぼって来た。初めて会ったのに、すごい人懐っこい子だなぁ。

「シェリー、お客様が困っているわよ。お膝から下りなさい」
「や!」

 母親がたしなめても、シェリーはいやいやをしてきかない。
 躾けもあるのかも知れないけれど、せっかくの場で悲しい気持ちになるのも……な。

「あの、俺は平気なので。このままでも……」
「いやぁ、なかなかの見ものだな」

 父親の方は大らかなのか、苦笑しながらも「今だけだぞ」と言って娘のワガママを許した。ほぼジャスパーさんとも初対面なこの状況で、俺は……もう、どうしていいのやら。

「すみません」
「リクが謝ることじゃない」
「動物にもよく好かれるって?」

 慰めるヴァンさんに続いて、ジャスパーさんがきいてくる。
 もとの世界でも動物にはよく懐かれたけれど、こちらの世界の方が度合は増しているようにも感じる。

「……物珍しいんでしょうか。ヴァンさんの家でウィセルにも会いました」
「まぁ」

 声を上げたのは、シャーロットさん。

「それは何て幸運なの。ウィセルは一生に一度、目にすることができるかどうか、と言われているのよ」
「……え?」

 一生に一度? 確かに、ヴァンさんも「とても珍しいこと」だと、「まだ二回しか見ていない」とも言っていた。

「そ、そうなんですね。なんかすごく人懐っこくて、夕べも今朝も、起きたらそばで寝ていたものだから……もふもふで可愛いですよね」
「えっ……?」

 今度はジャスパーさんが声を上げた。
 あれ? 俺、何か変なことでも言ったかな。
 まだイスに座らず立っていたヴァンさんを見上げると、いつもと変わらない微笑みがある。けど……こう、なんか変な感じだ。

「僕の家は魔法石をたくさん置いているからね、ウィセルも集まりやすいのだと思うよ」
「まぁ、そうだな……お前の所なら巣窟そうくつになっていてもおかしくない」
「またそれは、大袈裟おおげさだな」
「そうか?」

 二人で軽口を言い合っている。
 なるほど……守り神みたいな生き物で神獣と呼ぶ人もいるのなら、そういう魔法の影響もあるのかもしれない。

「俺も、ヴァンさんの家は居心地がいいです」

 ははは、と笑いながら言う。

「いろいろ、ごちゃごちゃしていて」
「掃除が行き届いていなかったね」
「あぁっ! そういう意味ではなく。その、掃除は俺、元気になったのでやります!」

 慌てて言い直す俺に、ヴァンさんは頭を撫でて笑った。
 ジャスパーさんが少し難しい顔になりながら声をかける。

「んん……ヴァン、少し」
「ん?」
「実は見てもらいたいがあるのだが、いいか?」

 ちらりと、夫人の方を見る。シャーロットさんは「どうぞ」というしぐさで答えた。ヴァンさんも俺の耳元に口を寄せて囁く。

「リク、ジャスパーと仕事の話をしてくる。お嬢様の相手をお願いできるかな?」
「あ、はい」
「それほどかからず戻る。先にお菓子を楽しんでいるといいよ」

 膝の上にシェリーを乗せたままでは、あまり食べられないだろうけれど別にいい。こんなふうに懐かれて、和やかなお茶の席というのは生まれて初めてだから、それだけで俺はもう胸がいっぱいだ。
 シェリーと一緒に手を振って、俺は部屋を出ていくジャスパーさんとヴァンさんを見送った。


     ◇◇◇


 別室は、ジャスパーの書斎だった。
 分厚い壁の部屋。昔ながらの友人と、密談をするにはもってこいの場所だ。召使いの入室も断りドアを閉めるやいなや、ジャスパーは僕に厳しい視線を向けた。

「どういうことだ? ヴァン」
「見ての通りだ」

 腕を組み、僕は苦笑する表情を隠さないで答える。ジャスパーは「笑い事ではないぞ」とでも言うように、問い詰めてきた。

「一度ならず三度もウィセルを見ながら、更にそばで寝ていたなんて普通じゃないぞ。説明しろ」
「説明? ジャスパーなら、もう分かっているんじゃないのか?」

 答える僕へ、ジャスパーは呻くように呟いた。





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