24 / 202
第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
23 なんでもしたい
しおりを挟むひどく幸せな夢を見て、ふと、目を覚ました。
肌触りのいいシーツの感触。高い天井。カントリーハウス調の壁や家具。テーブルに積み重なった本と鉱石と、よくわからない歯車仕掛けの機械。窓からは低い角度で入る柔らかな日差し。鳥の声。
朝だ。
ここは、ヴァンさんの家の寝室だ。
「あれ……?」
たしかヴァンさんに連れられて、雰囲気のいいレストランで食事をしていたはずだ。とても美味しくて、ふわふわした気持ちになった……その辺りから記憶が無い。
もしかしすると、俺、食事の途中で寝ちゃったとか?
「うわぁ……どれだけお子様なんだよ。俺……」
頭を抱えて上半身を起こしかけた。そのすぐ横に、人が眠っている。
「……っ⁉」
ヴァンさんだ。
ヴァンさんが……寝ている。
「寝てるとこ、初めて……見たかも……」
ラフな部屋着をはおる程度に着て、片腕を枕代わり眠っている。
たぶん日焼けしないタイプなのだろう明るい肌色に、絹糸みたいな艶のあるクリームイエローの髪。同じ色の睫毛。長いなぁ……。意志の強そうな凛々しい眉と、しっかりした顔の輪郭。
はだけたシャツの隙間から見える、厚い胸元。
見惚れるほど……カッコイイ。
いつも俺の方か先に眠り込んで、目を覚ました時には起きていた。
食事の準備とか、俺が起きた時には全てがそろっているように整えていていてくれた。いきなり知らない子を迎え入れて、いろいろ大変だろうに。
穏やかな呼吸の寝顔を、じっと見つめる。
疲れているのかな。
俺にできること、何かないかな……。
元の世界に戻るまでの間、働かせてくださいと言ったのに、今のところ何もできていない。あれこれお世話されてばかりだ。
「言ってくれれば、なんでもするのに……」
なんでもしたい。
出来ることは限られているだろうけど、それでも、こんなに優しくしてもらった。大切にしてもらった。そのお礼は返したい。返せないままで別れることになったら、切なすぎる……。
「ん……」
ヴァンさんの瞼が微かに動いて、身じろぎをした。
鼻を鳴らすような甘い声音に俺の心臓が跳ねる。思わず息を止める。
それでもじっと見つめる視線を外せない。
「ヴァン……さん」
俺の方を向いて、ゆっくりと瞼を開いていく。
綺麗な、すごく綺麗な――エメラルドグリーンの瞳だ。その宝石に譬えたくなるような瞳が、焦点の定まらないまま俺を捉えた。
捉えてゆっくりと腕が上がり、俺の頭を包み、引き寄せる。
引き寄せてそのまま唇と唇を――。
「あぁ……」
あと少し、というところでピタリと引き寄せる腕が止まった。そして、二、三回瞬きをしたかと思うと顎を上げて、俺の鼻先にキスをした。
ちゃんと目が覚めたのか、いつもの笑顔で瞳が細められる。
「起きていたのかい?」
「う、うん……いま……」
「おはよう」
ニコッと笑ったかと思うと起き上がる。
そのまま頭をかきながらバスルームに行ってしまった。取り残された俺は拍子抜けしたような感じで、鼻を指先でこすりながら口をへの字にする。
びっくりした。本当に、口に、キスされるかと思った。びっくりした。
ただの挨拶なんだろうから、唇だろうと鼻だろうと、どこだっていいんだけどさ。
「別に……口でも、よかったのに……」
胸がツキリと痛む。
何が別にいいのかよく分からないまま、俺はへの字にした口を元に戻せないでいた。
軽く朝食をとってから、俺が寝ている間に届いていた服を開いた。
やっぱり肌触りは最高でサイズもぴったりだ。貰い物や古着じゃない、自分のための新品の服……というだけで、特別扱いされている感覚が半端ない。
「うん、いいね」
とりあえず着てみた、特別変ったデザインでもないシンプルなシャツですら、ヴァンさんは嬉しそうに笑っている。あれかな、自分の稼ぎで弟や甥っ子に服をプレゼントする、兄や叔父の心境……みたい感じなのかな。
「服をしまう場所も……たしか、このチェストはあまり使っていなかったはずだ」
ヴァンさんが引き出しを開き、適当に入っていた服や布を入れ替える。
意外に衣類は多く無いみたいで、俺一人分のスペースは直ぐにできた。
「あの、そんなに……そこまでしなくても」
「箱に入れたままというわけにもいかないだろう」
いや紙箱でも、何なら段ボールでもいいんだけど。ヴァンさんとしては、そういうわけにもいかないのかな。
「ヴァンさん……俺、何かできること無いですか?」
ここに来て何日目になるだろう。その間、ヴァンさんは店を休みっぱなしだ。
俺が寝ているフリをしていた時に来ていたジャスパーさんが、店が休みだとお客さんが困る、みたいなことを言っていた。ヴァンさんの店の石は質がいいし、鑑定も精度が高いと。
ヴァンさんは平気でも、俺のせいで店が開かないのかと思うと落ち着かない。
「俺は、その放っておいてもらって構わないし。水くみとか、部屋の掃除とか……簡単な雑用ならできると思う」
「うん、そのうち少しずつね」
俺の頭を撫でながら、眩しいものを見るようにして微笑む。
「そのうち店番や、朝食のパンを取りに行ってもらったりすることもできるから、慌てなくていいよ。今はゆっくりしたらいい……」
「……でも」
「そんなに何かしたいのかい?」
少し困ったような笑みになる。
あ……俺、差し出がましかったかな。
知らない子に家の中を引掻きまわされたら、そっちの方が迷惑か。
「いえ、その……ごめんなさい」
「怒っているわけじゃない」
「俺、魔法も使えないのに……すみません」
何もしないでじっとしていた方が、迷惑にならないだろうか。
どうしたらいいのだろう。
何か一つでも返したいと思うのに、全部が空回りしている。ありがとうの気持ちを態度で示したい。けれど、今の俺にできることは何もない。
「んん……それなら、魔法の練習をしてみる?」
「えっ?」
「難しいものは習得に時間がかかるけれど、ほら、これとか」
ランタンに入れて光を点した魔法石だ。一度試して、一瞬だけ光らせることができた。
「これは初歩的な練習によく使うものだから。自分で明かりが点せれば、暮らしの中でも何かと役に立つだろう」
「やる! 教えて!」
思わず拳を握って返すと、ヴァンさんは笑いながら「立って」と俺を促した。
20
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる