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第2章 届かない背中と指の距離
41 カラ元気
しおりを挟む「リク様、調子が悪いんですか?」
俺の護衛、マーク・ジョーンズがきいてきた。
ゲイブの所で始まった訓練は、当初の護身術まで全然到達しないでひたすら基礎練習を繰り返している。
まず筋力が足りないし体力も無い。更に体幹のバランスが悪い……という。
うん、体育なんて学校の授業くらいだった。それももう半年以上前の話。毎朝の水くみじゃ全然足りないってことだよね。
今、重点的にやっていることといえば、バランスを整えたり柔軟とか。もちろん走り込みや、ダンベルのような重りを持ったり腹筋をしたりもしている。
異世界だから何か特別な訓練があるのかと思えば、思いっきり普通だ。もちろん上級者がより実践的な訓練をしているのは、遠巻きに見える。
護衛としてついてくれているジョーンズ兄弟は、そんな俺のトレーニングの時も一緒だ。たぶん超初心者なことばかりで退屈なんじゃないかな……と思うのだけれど、嫌な顔ひとつしない。
「そう……かな、どこも具合は悪くないよ?」
「ならいいんですけど。顔色良くないというか、目の辺りが赤いというか」
俺より二つ年下と聞いた弟マークの言葉に、どき、と胸が鳴る。
夕べも少し……いや、けっこう泣いてしまっていた。
ヴァンが家を留守にして十三日目。まだ、予定の半分も過ぎていないというのに、夜になると寂しくて仕方がない。
「あぁ……その、夕べはちょっと、夜更かししたから、かな?」
「何してたんです?」
「魔法。そう……魔法の練習に夢中になっちゃって。暑い季節になってきたから、風と氷魔法は習得したいのに、相変わらず全然でさ」
「火の魔法も練習していましたよね?」
声をかけたのは兄、ザック。
いつも落ち着いていて、雰囲気がちょっとヴァンに似ている。周囲をよく見ているというか。
「あぁ……火は、なんだが全然ダメで。以前、火傷したことがあるから、魔法石の方が傷付けないように畏縮しているらしい……って、ヴァンが言っていた」
「火傷!? 大丈夫だったんすか?」
「うん、ジャスパーが綺麗に治してくれた。ほら、痕も残ってないだろ?」
そう言って、驚く顔に両手を見せる。
マークは身体がしぼむほど大きく息を吐いた。
「もー、リク様、気を付けてくださいよぉ。可愛い顔してるんだら、火傷とかしたらもったいないです」
「かわ……あ、いや、女の子じゃないし、傷の一つや二つ……」
「一つでもダメですよ!」
力説するマークに、あはは、と笑って見せる。
ザックも苦笑いしているよ。
「俺たち魔力はほぼ無いから、ちょっとでも使えるってだけですげーんですけどね」
「魔法は無理に使うと酔うと聞きます。あまり根を詰め無い方がいいですよ」
マークとザックの言葉に、俺は頷いて答える。
半年前に誘拐されて、強い魔法を無理やりかけられた時の「魔法酔い」は本当に辛かった。ジャスパーの治療でかなり良くなったけれど、数日は頭が重くて夜には熱も出たっけ。
「無理はしないよ。ほら、自己目標って感じ」
「それは偉いわね」
頭の上から声が降って来た。
この冒険者ギルドのマスターにして、ヴァンの剣の師匠でもあるゲイブだ。ジョーンズ兄弟が背筋を伸ばして挨拶をする。
浅黒い肌で、上背のあるプロレスラーみたいな体格なのにおネェ言葉。
口調も軽くてとても強い戦士になんて見えないけれど、一度模擬戦を見せてもらって驚いた。誰もゲイブに敵わないんだもの。
「リクの仕上がり具合はどぉ?」
「はい! 体幹のバランスと柔軟はかなり良くなりました!」
ザックの返答に俺も苦笑いで答える。
「なるほど、筋力と体力はもう少し頑張らないと……ってことね。ちゃんと食べてるの?」
俺の腕を取ってゲイブが眉を歪める。
食べてる。いや、食べるように努力はしている。ヴァンがいた時より、少し量は減っている……かもしれない、けれど。
「暑くなってきたから。でも、ちゃんと食べるようにしているよ」
「そうしてね。ヴァンが帰って来た時、行く前よりひょろひょろになった……なんてことになったら、あたしがどやされちゃう」
ウィンクで笑う。俺は、ははは……と乾いた笑いで返した。
「宿舎の方に、ジャスパーのところの奥方が来ているわよ。差し入れで鶏の包みパンがあるわ。頂いていらっしゃい」
「やった! 俺、好きなんだよな! リク様、行こう!」
手を引くマークの勢いに引っ張られ、俺は日差しの眩しい訓練場から宿舎の方へ連れられて行く。
同い年くらいの子と、こんなふうに過ごすことなんて今まで無かった。兄弟は立場上俺の護衛で「リク様」と呼ぶけれど、全然友達扱いで、俺が最初に感じた心配なんかいらなかったよ。
見送るゲイブとザックに会釈すると、俺はマークと肩を並べて美味しい匂いが漂い始めている建物へと向かった。
◇◇◇
「で? 実際のところどうなの?」
仲の良い友達同士のように、肩を並べて走っていくマークとリクを見送りながら、あたしは隣に残った兄、ザックに問いかけた。
剣の腕はまだまだ発展途上でも、気配りや観察眼では一目置いている。
更にリクの魅了の影響を受けにくい、魔力の乏しい同年代の者として、この兄弟以上の適任者はいなかった。
「完全なカラ元気です。本人、頑張ってはいるようですが」
小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、ザックは答える。
リクと同い年ながら、体格や顔つきは成年男子と変わらない。周囲の牽制という意味でも申し分なかったが、兄弟は思う以上にリクを気に入り、命じた任務以上に親身になってくれている。
「やっぱり、寂しいんでしょうね……」
「自覚をしているかどうか分かりませんが、かなり精神的に参ってると思いますよ。今日も時々上の空で目元も赤かったし。その……アーヴァイン様はいつお戻りになるのですか?」
「予定では半月以上先。まだまだね」
「夜もギルドの宿舎に泊める、ということはできないんですか?」
それはあたしも考えて、ヴァンに提案したことだった。
いくら守りがしっかりしているとはいえ、あの家で夜を一人で過ごすとなれば、いろいろ余計なことを考えてしまう。同い年の子たちとわいわい過ごせば、そんなことも無いだろうと。
けれどヴァンは、その提案を受け入れなかった。
「いろいろ厄介なのよ」
「厄介?」
「あの子の魔力の性質。人も動物も魔物も惹きつけるところがあってね、特に夜は力が強くなる。下手に男どもの多い宿舎に泊めたりしたら、何が起こるか……」
「魅了系ですか?」
「他言は」
「しません。絶対に」
ザックは背筋を伸ばし、断言した。
物分かりのいい子で助かるわね。
首に守りの魔法石を着けていても、絶対に安全とは言えない。野獣の群れにウサギを放つようなものだもの。夜はあの家に帰す。それがヴァンとの取り決め。
「ありがとう。後でシャーロット様と相談してみるわね。さぁ、あなたも食べに行ってらっしゃい」
あたしの言葉でザックは頭を下げ、宿舎の方へ歩いていった。
ため息をついて、あたしはひとり言を漏らす。
「ヴァンが予想していないはずは無いと、思うのだけれどねぇ……」
また少し空模様があやしくなってきたことが、気がかりでならない。
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