【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

52 力のこと知らないのか?

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 結局あの後、「ひさしぶりにお風呂に入れてあげよう」と言われて、帰宅してすぐ軽く汗は流していたのに、身体の隅々まで洗われてしまった。
 特に念入りに髪を洗ってもらっていた時は、気持ち良すぎて眠ってしまいそうで。
 この世界に来たばかりのころ、お風呂の使い方がよく分からなくて、ヴァンに入れてもらったのを思い出す。あの時もとても丁寧に髪を洗ってくれた。いい匂いのする液体状の石鹸とか香油で。

「リクの髪は絹のようだよね」
「ほ……そい?」
「細いというより、しなやかで艶があって……宝石を糸にしたみたいだ」
「ふふっ……」

 時々、すごいセリフを恥ずかしげもなく言う。聞いている俺の方が恥ずかしくて、くすぐったくなってくる。でも、嫌な感じはしない。

「ヴァンが……そう、した……」

 ほぅ……と、ため息みたいに深く息を漏らしながら、俺は呟く。
 手入れなんてまともにしていなかった。ごわごわで、ぱさぱさで、艶なんかなかったのに、少しずつ、ヴァンの手で作り変えられてきた。
 それも、嫌じゃない。
 このまま全部任せていたら、俺はどんな姿に変っていくのだろう。

「俺のこと……好きにして、いい……よ」
「うん……」

 うつらうつらしながら、すごく嬉しそうに俺を見下ろす顔が嬉しくて、俺はされるがままになっていた。




 翌朝。
 魔物討伐のための衣装を着たヴァンを眺めながら、俺は湧きあがる不安を押し止めていた。今回は地下道やその下に広がる迷宮まで、少し範囲は広いらしい。

「迷宮探索……俺はまだ一緒に行けないよね」
「危険だからね」
「いつか俺も強くなったら、ヴァンといろんなところに行ける?」
「そうだね……」

 俺の不安を察したのか、念を押すようにいう。

「日が沈む前には必ず帰る」
「うん。どこにも行かないで待っている。しっかり店番しているよ」

 棚の埃を払ったり石を磨いたり。次は風の魔法に挑戦しようと思っているんだ。今の俺でも出来ることはたくさんある。けれど、ヴァンは言う。

「居てくれるだけでいいんだよ」

 微笑みながら、俺の額にキスをする。いつもの挨拶だ。
 迎えの仲間が来て家を後にする姿を見送り、俺は肩を落とした。
 今度は何日も家を空けるわけじゃない。数時間後には帰ってくる。俺の首にはヴァンが贈ってくれた強力な守りの魔法石もあって、この家にいるかぎり絶対に安全なのだから。
 よし、気持ちを切り替えよう。

「あ……そういえば……」

 今日はゲイブの所に行かないけど、ザックやマークが遊びに行くかもしれないと昨日言っていた。茶菓子ぐらい用意しておこうかな……。ローサさんが置いておいてくれたおやつがあったはずだ。
 そう思いながらドアをくぐった背中に、声がかけられた。

「アーヴァイン叔父様は出かけたみたいだね」

 振り向いたそこに、ヴァンの甥っ子クリフォードが、護衛を引き連れて立っていた。
 何このタイミング。
 というか……わざとじゃないだろうか。ニヤリ、と笑う顔に嫌な予感がする。

「……ヴァンに用があるのでしたら、呼び止めますが。今から追いかければ間に合うと思うので」
「いや、君に会いに来たんだよ。リク」

 俺? 俺にいったい、何の用があるっていうんだ。

「魔法石を見たいな、店に入れてよ」
「俺じゃ詳しい説明ができません」
「別に」

 鼻で笑うように言う。

「君程度の人間から、石の講義を受けようなんて思っていないよ」

 うっ、わぁー……。久々だ。この感じ。
 いっそ追い返そうかと思ったのに、クリフォードはするりと店の中に入ってしまった。店の品に手を出すなら、その時は意地でも追い出してやる。

「怖い顔しないでよ。いちおう、お客様だよ、僕」
「あいにく俺は愛想のいい店員ではありませんから。魔法石いしはどれも繊細なものなので、傷つけられないよう注意を払っているだけです」
「君、接客の仕事向いていないね」

 そう言いながら、両手は後ろに回して石を眺めている。
 二人いる護衛の厳つい男の人の方は外で、冷たい視線の女の人の方は何もしゃべらず、一歩クリフォードから離れた場所で見守る。
 店の品に手を出さないのなら、放って置けばいい。
 俺に会いに来たと言ったけど話をする気は無いし。人がうろうろしているところで、石の手入れや掃除はできないから、ひとまず以前もらっていた風を起こす魔法石で練習でもしよう。
 さすがにこの人を置いて、店先を離れるわけにはいかない。

「首の、叔父様からの贈り物?」

 チョーカーにぶら下がっている魔法石を視線で示して、口元だけで笑う。

「そう……ですけれど」
「ずいぶん大げさなもので守っているんだな」

 石の魔力のことを言っているのだろうか。
 大げさかどうかは知らない。ヴァンが俺の為にと、ジャスパーのツテまで使って探してくれた物。俺の、宝物だ。

「ヴァンの気持ちがこもっているなら――」
「叔父様は無意味に、強い魔法石を身に着けさせたりしないよ」
「じゃあ、必要だから俺に贈ったんじゃないんですか?」
「……そんなに、何から守るつもりなのか。それとも何を……かな?」

 探るような視線。
 遠回しな言葉で、こいつは何が言いたいのだろう。さっぱり分からない。
 無視して目の前の石に集中する。
 風を起こす魔法石は他の石と違って、空気を掴むようでとりとめがない。飛ぶ綿毛や蝶でも追いかけるような感じだ。するすると指の間から逃げていく。

「へったくそ……」

 うっ……やっぱりこいつ、腹立つ。

「この程度、初歩の初歩なのに」
「俺は魔法の練習を始めて、まだ半年程度なので。才能あるわけじゃないし、毎日こつこつやっていくしかないんです」

 子供の頃から英才教育を受けている高貴な人々とは違うんです。

「半年なら、まぁまぁか……けっこうマジメなの?」
「は?」

 顔を上げると、思ったより近くにクリフォードの顔があった。こうしてカウンターに肘をつく姿を見ていると、やっぱりヴァンに似ている。
 人の心の奥底まで見通すような、緑の瞳とか。

「風は……まともに取り合ってても、逃げるだけだからね」
「なに、を……」
「追いかけないで追いかけさせればいいってこと。翻弄ほんろうして、言いなりにさせる。惹きつけて取り込む。押しと引きの駆け引き」

 そう言いながら魔法石を持つ俺の手に手を重ねて来た。
 軽く触れて、思わず俺は石の上にのせていた手を引っ込める。

「ふぅん……逃げるんだ」

 にやり、と笑って挑むような顔。
 俺が気後れして、おどおどと戸惑う姿を楽しむつもりか。

「逃げるかよ」

 石の上に手を乗せ直す。その上にクリフォードの手が重なる。
 目を閉じると、気まぐれに踊る風がこっちの誘いを気にするかのように渦を巻くイメージが伝わってきた。それを無理に追いかけず、むしろ一歩離れて呼び込む。その空いた場所へと、風が流れ込んでくる。
 そのまま俺の思う方向に、流れる先を誘導していく。

「風踊れ……結晶瑪瑙ドゥルジーアゲート

 ふわぁり……と空気が流れた。

「わぁ……」

 小さなつむじ風は俺の髪を巻き上げて、店の高い天井へと抜けていく。思わず目を細める。そのままぶら下げていた薬草の束を揺らし、気まぐれに消えて行った。
 一瞬の出来事だ。
 けれど今まで全くの無反応だった魔法石から、確かに風が流れた。

「やった、できた!」

 ガッツポーズをする目の前で、クリフォードは「ふぅん」と声を漏らして瞳を細めていた。
 口元が笑っている。
 くそっ……思わず、こいつの目の前ではしゃいでしまった……。

「簡単だろ?」
「こつを掴めば……ね」

 負け惜しみで返した。……でも、こいつのアドバイスがあったから成功したようなものだよな。

「お、教えてくれて……ありがとう」
「え……?」
「なんだよ」

 お礼を聞き返すとか、恥ずかしいからやめてほしい。
 きょとんとした顔がますますヴァンに似ていて、ふぃ、と視線をそらすと、クリフォードの手が伸びて来た。そのまま俺の前髪を掻き上げる。

「なっ! 何するんだよ!」
「ああ……なるほどね」

 慌てて手を避けて一歩、後ずさった。
 クリフォードがにやりと笑う。

「それが君の力ってわけか……」
「え、なに?」
「なにって? 自分の力のこと知らないのか? お前は魅了チャームをもっているんだよ」





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