【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

53 俺が操っていた

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「チャーム?」

 聞き返した、その言葉にクリフォードが苦笑する。

「お前は魅了をもっているんだよ」
「え? なにそれ。魅了……って?」
「魔法の力で相手の心を虜にしてしまう。自由を奪ってしまうという奴さ。誰もが君に夢中になってしまう」

 相手の心を虜に。
 自由を奪う。
 誰もが……夢中になってしまう。

 相手を魅了して前後不覚ににする……魔法、ということ?

「それって……危険な……」
「まぁ、危険だよね。不意を突かれたら言いなりになってしまう。動物や、特に魔力の多い魔物なんか一撃だ。そんなことも知らなかったのか? 珍しい動物がやけに懐いたりしていただろ?」

 危険な力。

 動物や、特に魔力の多い魔物なんか一撃……ということは、魔力の強い人も、同じ。

 いぃぃ……ん、と耳鳴りがしてくる。
 クリフォードの声が遠くなっていく……。

 そうか。

 だから、なんだ。

 

 ヴァンを始めとした皆が俺に優しかったのは、魅了の魔法にかかっていたせいだったのか。俺が、皆の自由を……奪っていた。

「まぁ、人は動物や魔物と違って防御シールドできるから、意図的に力を使われでもしない限り、さほど影響はないけれどね。ほら、その身に着けている魔法石で封じることもできるし。って、君? 聞いてる?」

 クリフォードが何か言っているけれど、言葉は耳からこぼれて、意味を結ばない。
 ただ繰り返し、俺の中で繰り返す。
 誰も俺の魔法の性質が何か言わなかった。危険だったからだ。
 危険で、周囲の人に悪い影響を与えていたのだと……。

 この世界に来て皆が優しかったのは、この世界の人たちの人柄なのだと思っていた。思い込んでいた。けれど違う。

 俺が……皆を操っていた。

 だから、優しかった。

 そうでなければ、俺のような人間を誰も相手にするわけがない。何のとりえもない。役にも立たない。親にだって捨てられるような者なのだから。

「無知って、怖いね」

 顔を上げる。

 冷ややかな視線のクリフォードがいる。

「大いなる力を持ちながら、ただ甘やかされて……使いこなせない、使いこなそうとする気も無いのなら、捨てるなり封じるなりすればいいだろう。不愉快だな」

 言い捨てて、クリフォードはカウンターから離れた。

「力を捨てたくないのなら、せいぜい制御コントロールできるよう努力することだね。次はアーヴァイン叔父様がいる時に来るよ」

 護衛を伴い店を出ていく。
 俺は一人残され、呆然と後ろ姿を眺めていた。

 誰も俺に教えてくれなかったのがいけないのか?

 いや、違う。
 俺が弱すぎたから、誰も俺に教えられなかったんじゃないだろうか……。この世界で生きていくには弱すぎて、それなのに皆は助けようとしていた。
 いや、いやそれも、俺がそう仕向けたことなのだろうか。

 無意識に真実から目を背けたくて、誰にも言わせなかった。
 自分に都合のいい言葉だけを掛けてもらうように、仕向けていた?

 そんなつもりなかったなんて……言い訳だ。きっと。

 どこからどこまでが真実なのか。

 どの程度、周囲の人たちは影響をうけていたのだろう。

 聞いても……答えてくれた言葉が真実とは限らない。

 全部俺の都合のいいように、歪めて、操って――。

「リク様?」

 ハッとして顔を開けると、心配そうに顔を覗き込むザックがいた。その後ろにはマークが、ドアの外を気にしながら店の中に入ってくる。
 いつの間に来ていたのか……全然、気づかなかった。

「今、外でアーヴァイン様の甥御様とすれ違いましたが、来ていたんですか?」
「え……あ、あぁ」
「リク様?」

 手を伸ばす。ザックの手を避けるように、俺は一歩、後ろに下がる。

「あいつに、何か言われたんですか?」
「いや」
「様子がおかしいですよ?」

 この言葉は、ザックの本当の言葉だろうか。
 それとも俺が無意識に魅了を使って、言わせている言葉だろうか。
 どちらなのか、見分けることができない。

「なんでも、ない……」
「何でも無くないですよ。顔色が真っ青だ」
「本当に……」

 視線を逸らす。頭の中がぐちゃぐちゃで、気持ち悪い。

「ごめん、ちょっと……休みたい」
「気分が悪いんですか? でしたら――」
「大丈夫だから」

 伸ばす手を押しのける。

「その……すこし、魔法を使って疲れたみたいだ」
「魔法酔いですか?」
「そんなんじゃない。本当に平気だから……今日はもう、店も休みにする。夕方にはヴァンも帰ってくるし……だからザックたちも……」

 距離を取れば影響は抑えられるだろうか。
 どのぐらい。
 言葉を交わすのも、危険なのだろうか。
 分からない。
 ヴァンにきけば教えてくれるだろうか。……いや、でも……教えてくれる言葉は、俺にとって都合のいい言葉で、無理やり言わせているかもしれない。

「せっかく来てくれたのに……ごめん」

 やっと、言葉を絞り出す。
 ザックはマークと顔を見合わせた。

「わかりました。今日は帰ります。ちゃんと休んで下さい」
「うん。分かった。ありがとう。ごめん」

 泣きそうな気持で笑い返すと、二人はそれ以上無理強いせず店を出ていった。
 一人、誰も居ない店で、俺は大きく息を吐く。




 ヴァンが無理に魔法を覚えなくてもいいって言ったのも、俺の能力に関係していたのかも知れない。ひとつひとつ思い起こせば、あれもこれもと、心当たりがありすぎる。
 一生に一度会えるかどうかというウィセルがよく姿を現していたのも、きっと俺の力の影響だ。
 魔力は多いと言われていた。
 あれは厄介な力を持っていることを、暗に示していたのかも知れない。

「それなのに……なんなんだよ……これ……」

 魔法が使えれば、いつかヴァンの役に立つかも知れないと思った。
 一緒に迷宮探索をすることだってできるかもしれないって……無邪気に思っていた。

 今は……自分が、とんでもなく恐ろしいにしか思えない。

「これから……どうすれば、いいんだ……」

 俺がヴァンを狂わせていた。
 優しくされたくて、そうあって欲しいと操っていたのかもしれない。ヴァンの自由を奪って、狂わせて、魅了して、おかしくさせていたかもしれない。



 もし――そうだとしても。



 欲しい。



 この魅了ちからがあれば……。



 ヴァンを……俺のものに、できるかもしれない――。





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