【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

54 気づかれないように

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 夢と、うつつの間を漂っているようだ。

 俺は、危険な力を持っている。これ以上ヴァンや、俺を大切にしてくれた人のそばにいてはいけない。人と距離を取った方がいい。どうにかして自力で対処法を見つけることはできないか――。

 けれど同時に、じわじわと湧き上がってくる感情がある。



 この魅了ちからがあれば……思い通りにできるかもしれない。



「バカなことを考えるな」

 ベッドに突っ伏して枕に頭を押し付ける。
 自分の、あまりに身勝手な感情に、気持ちが悪くなってくる。
 どれだけヴァンが俺のために走り回ってくれたと思っているんだ。大結界の大切な勤めを終えて、しっかり休養しなければいけない身体だったっていうのに、無理に帰ってきてくれたことを忘れたのか。
 夜中の間、ずっと、高熱に喘ぐヴァンの姿を……。

 でも……。
 あの、ヴァンの無茶な行動すら、俺の魅了の影響だったとしたら。

 ぞっとする。

 もしそうなら、俺の力はヴァンの命すら奪いかねないんじゃないだろうか。

「どうしよう……」



 ヴァンの甥っ子の、あのクリフォードって人が、嘘をついているという可能性はないだろうか。



「あの状況で嘘をつく理由がない」

 クリフォードの言葉が、俺の魅了の影響を受けているのだとしたら。

「……影響を受けていたなら、俺にとってもっと都合のいい言葉になるはずだ。不愉快だとまで言っていたんだから……」

 他にも何か言っていたような気がするけれど、思い出せない。 

 いやでも……なんで急に、あいつは俺に風の魔法を教えてくれたんだ?
 どう見ても俺に対して良くない印象をもっている感じだったのに、邪魔をしても手伝う理由が無い。
 ……ということは、それすらも俺の魅了の影響だったのか?

「だから……あついが嘘をついていた可能性は……」

 混乱しすぎて、思考があちこちに飛んでしまう。
 考えなきゃいけないことと、考えてもし方が無いことと、湧き上がってくる思考とで、頭の中がめちゃくちゃになっている。

 気持ち悪い。
 喉が渇く。
 ベッドから起き上がろうとすると、めまいがした。

 今日はそんなに強く、何度も魔法を使っていない。誰にも魔法をかけられていない。魔法に酔っているわけじゃないのに、ぐらぐらする。
 これも魅了と関係しているのだろうか。
 喉もとの、ヴァンがくれた守りの魔法石が……なぜか、うっとおしい。

「あ……」

 階下からドアの開く音がした。
 気がつけば夕暮れ時だ。ヴァンが帰って来たんだ……どうしよう。
 平気なふりをしないと、また……心配させてしまう。階段を上る足音が一度二階で止まって、ゆっくりと三階に上ってくる。起き上って「おかえり」を言おうと思うのに、身体が重い……。

「リク?」

 俺の姿を見つけたのか、そばのテーブルに荷物を置いたヴァンが、ベッドに横になっていた俺の方へと歩いてきた。
 その声と、姿を見ただけで……何故か、胸の奥がじくじくと痛む。

「ヴぁ……ん」
「大丈夫か?」
「ん……」

 ヴァンがベッドの縁に腰かけ、俺の頭を撫で、瞼にかかっていた前髪を払う。いつもの、なんでもないしぐさのはずなのに、胸が痛い。

「ギルドに立ち寄ったザックたちから聞いた。クリフォードが来ていたらしいが、彼と何かあったのか?」
「ちが……」

 そっか……ザックとマーク、知らせに行ったんだ。でもザックたちは、クリフォードとの会話は聞いていないはずだから……。
 あいつが悪いわけじゃ……ない。

「何も……」
「本当に?」
「本当……だよ」

 俺は薄く、口元で笑って見せる。

「……風魔法を教えて、もらったんだ……すごいんだ、成功したんだよ……」
「リク?」
「あいつ、口調はきついけど……悪い人じゃない、ね」

 へへへ……と笑って見せる。

「魔法……また、使いすぎた?」
「……いや、一回だけ……。だから魔法酔いじゃ、ないと思う。今度はヴァンがいる時に来るって……」
「他には?」

 一瞬……クリフォードの言った魅了のことが、喉まで出かかった。
 なのにまたという感覚が先にたつ。

 もし、今……魅了のことを話して、ヴァンと離れて暮さなければならない、ということになったら……。いや、危険を考えるのなら、その方がいいに決まっている。今、言ってしまった方がいい。
 それなのに……俺は、視線を逸らす。

「なに、も……」

 ヴァンがじっと俺を見つめる。そして小さく返す。

「そう……」

 呟いてからヴァンがベッドのふちから立ち上がる。

「……探索してきて、疲れただろ? 今、食事の用意をするよ」

 できるだけ笑顔で言いながら、俺は身体を起こそうとする。
 けど、だめだ……ぐらぐらする。なんだろう。この気持ちの悪さ……本当に、全然心当たりがない。

「食事の準備はいいから、リクは横になっていなさい」
「でも……」

 言いかけた俺の言葉には答えず、ヴァンは二階に下りて行った。
 しん……とした静けさが、部屋を満たしていく。泣きたい気持ちになってくるのは何故だろう。魔法ところか、自分の感情すらコントロールできなくなっている。

 ヴァンに相談したい。

 けれどそれが、ヴァンにとって危険な行為だったらどうしよう。

 どこまでが大丈夫で、どこからが危ないのか。
 これ以上、迷惑をかけたくない。ヴァンはギルドも街の人も……いや、国中の人が頼りにしている、偉大な魔法使いなのだから。

「……魔法院……に、行った方がいい……のかな……」

 俺のことを標本サンプルだと言った、魔法院の顧問官で三大結界術師の一人、ストルアン・バリー・ダウセット。あの人なら何か方法を知っているだろうか。
 俺を、「自由にすることはできない」とも言った。
 それも俺の、魅了の力に関係した意味合いをもっていたのだろうか。
 アイツにたずねることすら、危険な行為だろうか。



 欲しい。



「やめろ……考えるな……」

 俺の中にあるという、魅了の力は絶対に抑え込まないとダメだ。
 気づかれないように。
 誰にも影響を与えないように。自分の意志で、コントロールしなければ。





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