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第2章 届かない背中と指の距離
55 不調
しおりを挟むヴァンに、リクの様子を診てもらいたいと呼ばれたのは、夏も盛り、暑さが一番きつくなる頃だった。
大結界再構築の勤めに関連して、ヴァンが重度の魔法酔いになりながら無理を押して帰宅したのは、先月の中頃。復活してからは、しばらく足が遠のいていた。俺も診療所だとか、親父の手を借りた関係で「修行し直せ!」とお叱りを受け、とにかく忙しくしていたせいもある。
だからまさか、こんなことになっているとは思わなかったのだが……。
「ジャスパー」
魔法石を扱うヴァンの店のドアを開けると、珍しく家主が一階店舗のカウンターにいた。普段は奥の作業場だったり二階や三階で調べものをしていて、店先にいることは少ない。
そもそも、この店が開いていることも少ないのだが。
「よぉ、リクの調子が悪いんだって?」
軽い声でたずねると、思ったより深刻そうな表情でヴァンが階段の上を見上げた。
いつもは元気なリクが、にこやかな笑顔で出迎えてくれていたのを思い出すと、どうやら本当にあまり良くない状態なのか。
「風邪? それとも夏バテか?」
「それならそれで、対処のしようもある」
「じゃあまた魔法の練習をし過ぎて、酔ったとか」
「ここずっと、魔法は使わせていない」
ヴァンは治療系魔法の専門家ではないが、知識はある。そのヴァンが判断に迷っているというのはどういうことだろう。
「まぁ、とにかく診てみるわ」
「頼む」
そう言葉少なく言ったまま、ヴァンはカウンターから動かない。診察に付き添うかと思ったのだが……。
違和感を覚えつつ二階に上るも、リビングにリクの姿は無い。そのまま三階の寝室まで行くと、ベッドでぐったりしている黒髪の少年が目に入った。
眠っているのだろうか。
窓は開け放たれて、心地いい風が流れている。
夏の盛りとはいえ耐えられないような室温ではない。おそらくヴァンが窓に術を施し、冷えすぎない程度に風の温度を下げているのだろう。
ベッドに横たわったリクは、顔を赤くしながら目を瞑っていた。
呼吸が早い。
少し、痩せたようにも見える。せっかくこの半年しっかり食べるようになって、同世代の体格に近づいてきたというのに。
声をかけるべきかと様子を見ていると、俺の気配に気づいたのかリクが瞼を開いた。
「ジャスパー……」
「よう、調子悪いんだって? また頑張りすぎたか?」
笑いながらベッドの縁に座ると、反射的にリクは身体を離した。
強張った表情。
ハッと気づいて、ぎこちない笑顔で身体を起こした。
「うん……な、夏バテ、かな……って」
俺は真剣な面持ちで表情を改める。
確かに、様子がおかしい。
「ヴァンが心配してたぞ」
「……だよね、わるいこと、してる……」
「そうじゃなくて。まぁ、いい。ちょっと診せてみな」
そう言って手を伸ばすと、わずかに身体を固くする。
俺の屋敷に遊びに来た、初対面の時でもこんなに緊張はしていなかった。なんだか、嫌な予感がする。
リクは俺が手を引っ込めないのを見て、戸惑いながらも視線を落とした。
今までも何度かやっていたように、おでこと、魔法石が光るチョーカーをつけたうなじに手を添わせ、頭を包むようにする。
瞬間、俺は顔をしかめた。
何だろう……この、ぐちゃぐちゃした魔力の流れは。まるで水と油がねっとりと絡まり合い、うねっているみたいだ。魔法酔いの滞りとは違うにしても、正常な状態じゃない。
「いつから?」
「……え?」
「調子悪くなったの」
「あぁ……数日前、ぐらい、かな……」
視線を合わせずにリクは答える。
「魔法は使っていないんだよね? 誰かに魔法をかけられたりも」
「うん……ここずっと、家からも、出てないし……」
ヴァンのことだ、簡単な光の魔法すら止めているのも想像できる。
「……俺、何か病気?」
「いや、魔法酔いに似ているんだけれどな。めまいみたいなの、あるだろ?」
「うん……」
力無くうつむく。喉元の、守りの魔法石がやけに光る。
俺はもう一度、今診た魔力の流れを思い出してみる。
全く心当たりがないわけではないが、今それをリクに直接伝えるのは止めた方がいいように感じる。これは、保護者のヴァンに相談だな。
リクが不安そうに俺を見る。
「……どう?」
「やっぱり夏バテかな。リクは頑張っていたから。ヴァンの看病だなんだで気を張っていたのがひと段落ついて、疲れになって出たんだよ。熱は無いんだろ?」
リクが頷く。
さっき触った時も熱くは無かった。それでも顔は火照ったように赤い。汗も滲んでいる。なのに体温は低めだ。
口には出さないが、かなり辛いんじゃないだろうか。
「魔力の流れを調整しておくから、あとは美味いもの食べて、ヴァンにいっぱい甘えて休めば良くなるよ」
「甘え……なんて……」
リクが困ったように笑う。そんな表情にも引っかかりを感じながら、俺はリクの魔力の流れを整え、「お大事に」と言って後にした。
階下で待っていたヴァンは、俺が下りて行くと開口一番「どうだった?」と聞いてくる。
「たしかに変だな。魔法酔いに似てるが違う」
「それは俺も感じている。そもそも、ここしばらく魔法は使わせていない」
「だよな……」
ううぅむ、と唸る俺に、ヴァンが促した。
「良くない状態なのか」
「良くは無い。が……すぐに命にかかわる状態じゃない。というか……こういう状態の症例はあまり覚えが無い」
「はっきり言ってくれ」
「人のような魔力の流れじゃないんだよ」
ヴァンの眉間がよる。
「どういう意味だ?」
「例え話として、魔物のソレに似ている」
「……魔物? リクは人だぞ。異世界人ではあるが……」
「いや、だから俺も困惑しているんだ。一番近いのは、発情した魔物を無理やり封じている状態……に、似ている……」
俺を睨む、ヴァンの視線が怒気を含んでいる。
「怒るなよ。リクを侮辱しているわけじゃない。あの子が異世界人だというのも原因のひとつかもしれない。なぁ……ヴァン、リクの首につけてる、あの守りの魔法石、外したらダメなのか?」
「守りの魔法石?」
「チョーカーの先につけたやつ。あれ、リクの力を抑えている効果もあるんだろ?」
ヴァンが難しい顔で、カウンターのイスに深く座り直した。
意図せず魅了を発動させて、周囲の者に影響を及ぼす可能性を抑える。あの石にはそんな効果もあるというのは察しがついていた。もちろんメインは、リクに手を出そうとする輩を返り討ちにするものだろうが。
「外そうにも、リクに近づくことかできない」
「リクに?」
ヴァンが近づけない……だって?
「避けられていると言った方がいいだろう。夜も二階のソファで眠ると言い出したから、ベッドで寝るように言いつけた」
「代わりにヴァンがソファで眠っているのか?」
「それは別にかまわない、昔もよくやっていたことだ」
本を読みながら寝こけて朝まで、ってあったよな。
それにリクがあの状態なら、ベッドで休ませた方がいい、けど……。
「うぅん……」
「ジャスパー?」
「日を改めて、リクをちょっと借りるわ」
「何をする気だ?」
ヴァンにしては珍しくイラついてるなぁ……と思う。それだけ心配なんだろうけどさ。わかってるのかなぁ……リクは。
「ちょっと気晴らしさせるだけだ。何日も部屋にこもっていたら、気も滅入ってくるだろ? 少し調整かけたから、数日は体調も楽だろうと思うし」
だからお前もあまり心配するな、と肩を叩いて俺は店を後にした。
さてと……いろいろ仕込みをしてみるか。
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