【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

文字の大きさ
59 / 202
第2章 届かない背中と指の距離

58 話すまで帰しません

しおりを挟む
 


「何か軽く食べましょう。リク様!」
「ここしばらく食が細かったと聞いています。この店なら普段と違う物もあるので、楽しめますよ」

 二人にかわるがわる言われては、食欲が無いとも言えない。
 俺は困ったように笑いながら、「じゃあ……少しだけ」と答えて店内に入った。

 ――そこは、高い天井の広い空間だった。

 向かって左側はひしめくように丸テーブルが並べられて、料理や酒を前に、四、五人ずつが座っている。ざっと見ただけでも六組ぐらいはいるだろうか。狭いテーブルの間を、若い給仕がせわしなく行き来していた。
 ビアガーデン……のイメージに近いな、なんて思う。
 今は窓からの明るい日が入っているけど、夜になったら柱に備えてあるロウソクやランプが灯されて、もっといい雰囲気になるんじゃないだろうか。

 右側はエントランスホールというかロビーというか、広い空間があって、やつぱり数人が集まりながら雑談をしていた。ヴァンが迷宮探索の時に着ていくような長いローブの人もいれば、軽装鎧に剣だけの人もいる。数はは多く無いけれど、鈍く光るゴツイ板金鎧プレートアーマーの人も。
 そのロビーの奥には受付カウンターがあり、やっぱりせわしなく動く職員……といっていいのかな、そういう人たちがいた。
 ゲイブのギルドで、似たような恰好の人は目にしたことがあるけれど……こうして見ると壮観だ。

 左右の壁際には、吹き抜けの中二階に続く階段がある。
 階上はコの字型のロフト状になっていて、左側はやはり食事や酒を楽しむ人たちのテーブルが並んでいるのが見えた。対して右側は手すりに寄りかかった――胸元を大きく開けた女の人たちが、獲物を探すような視線で階下を覗いていた。
 その内の一人が俺の視線に気がついて、軽く手を振る。
 なにか見てはいけないものを見たようで、俺は慌てて視線をそらした。

「リク様、こっちです!」

 気がつくとマークが左の階段下で手を振っていた。
 俺の半歩後ろに立つザックが、「どうぞ」と俺の背中を押す。

「ザックやマークはよく来るの? こういうところ」
「ここ、飯が美味いんですよ! 安くて量も多いし!」
「リク様は初めてですか?」

 ザックにきかれて俺は頷く。
 本当になんというか、ファンタジーな映画のセットみたいだ。
 マークは席が決まっているとでもいうように、迷いなく階段を上っていく。その向こう、奥まったテーブルに見覚えのある人たちが座っているのを見つけ、俺は思わず足を止めた。

「なんで……ゲイブとジャスパーが?」
「よぉ、来たな」

 軽く手を振る。
 立ち止まった俺にマークは戻ってきて、背中を押しながらテーブルまで連れて行った。

「まぁまぁ、どうぞどうぞ」
「もしかして……皆で待ち合わせしていたのか?」
「偶然ですよ、偶然!」

 丸テーブルの奥、壁際の席に促されて座る。
 右側にはジャスパーとゲイブが並び、すでにチーズと干し肉のようなツマミと、アルコールの匂いがするコップが置かれていた。
 左隣にはマークが、その向こうにザックが座る。
 両側を固められて、これって……簡単に席を立てない配置じゃないか……。しかも……隣が、近いし。

「ここまで来る元気があって、良かった良かった」
「この間、ジャスパーが調整してくれたから」
「でもちょっと痩せたんじゃない? ほら、肉でも何でも好きな物頼みなさい。ここはお金持ちのお兄さんの奢りよ」

 ぽん、とゲイブがジャスパーの肩を叩く。
 喜ぶマークに、顔をひきつらせたジャスパーが「年下に奢らせる気かよ」と言い返していた。

「リク様も……どんな物がいいですか?」

 注文を聞きに来た店員を前に、ザックがきいてくる。
 そう……言われても、何があるか分からない。

「任せるよ……俺は、飲み物があればいい」
「分かりました」

 隣でマークが、「鶏の丸焼き!」と声を上げるのに頷きながら、幾つかの品を注文していく。それをとがめる様子も無く、ゲイブもジャスパーも無骨な木のコップを傾けている。
 俺は……小さくため息をついた。

「俺をここに呼び出した理由は何だ?」
「怒っているのか?」
「怒っているわけじゃない。最初からそう言ってくれれば……」
「来たのかな?」

 テーブルに肘をついて、顎を支えながらジャスパーはにっこりと笑う。
 俺はもう一度小さくため息をついた。

「まぁ……いいや。率直に聞こう。リク、ヴァンに秘密にしていることは何だ?」
「え……?」

 思わず身体を引く。
 けれど、背後は壁とマークの席で、どうしようもない。

「別に……」
「何も無いとは言わせない」
「言わないと、言ったら?」
「いつまでも帰れない、かな……」
「そんな!」

 夕暮れまでには帰ると言ってきた。
 夜は魔物や賊がうろつく時間帯だ。いくら護衛を付けていたとしても心配する。それでなくても散々心配かけているのに。

「ザックやマークが叱られる」
「その時は、ギャレット様やジャスパー様につかまって、帰してもらえなかったっていうので、大丈夫ですよ」

 あはは、と笑いながらマークが言った。ゲイブも同じだ。
 俺は呆れたように口を開く。
 助けを求めるようにザックを見ると、真剣な表情で返された。

「俺も、一人で抱えていないで、言ってしまった方がいいと思います」
「ザック……」
「俺にどうにかできるものじゃないかもしれません。ですが何か解決の糸口ぐらいは見つけられるかもしれない。少なくとも俺は、リク様の味方です」

 味方です。
 そういうザックの顔に、俺はうつむいてしまう。

 魅了は……俺の力は相手の心を虜にしてしまう、自由を奪ってしまうものだ。
 だから、これも……俺が言って欲しいと思って、言わせている言葉かもしれない。今この時点で、すでに皆は危険な状態にあるのかも知れない。
 それをどうにかするには、自分の力でコントロールするしか無くて。
 コントロールする方法は何も知らない。

 自分一人ではどうにもできないと、最初から分かっていた。

 それなのに……聞くことができない。

 聞く方法が分からない。

 いや違う、聞いていいかどうかが分からない。

 そうじゃなくて……言えって言っているんだから、そのまま、事実を言えばいいのに言えない。という感覚が先に立つ。

 俺は何を……怖がっているんだ。

 嫌われることか。

 捨てられ、要らないと言われることか。

 そばにいられなくなること……だろうか。ヴァンの……。

 それは……それだけは、嫌だ。

「リク様……」

 ザックが俺の名前を呼んだ。
 顔を上げる。
 今、俺はどんな顔をしているのだろう。

 逃げ出したい。けれど、逃げられない。

「みんなは……」

 かすれた声を絞り出す。

「みんなは……俺といて、大丈夫……なのか?」
「んん?」

 ジャスパーが眉間に皺を寄せて顔を傾げた。

「んー……意味が、よくわからない」
「……おかしくなったり、しないのか?」
「だからどういう意味だ?」

 ひとつ息を吸う。覚悟を決める。

「俺、人を狂わせる……魅了の力があるんだろ?」

 皆が動きを止めた。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

処理中です...