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第2章 届かない背中と指の距離

59 その理由が分からない

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 口を開いたのはゲイブだった。

「リク、それ、誰から聞いたの?」
「……クリフォード、っていうヴァンの甥っ子から」
「あぁぁ……そこがあったかぁ……」

 額に手を当てながらジャスパーが頭を抱えた。

「ジャスパーは知っていたんだ」
「う……」
「ゲイブもザックたちも?」

 苦笑で返したのはゲイブ。ザックは真剣な面持ちで小さく頷いた。ただ一人、マークだけがきょろきょろして、テーブルを挟む人たちを見渡している。

「え、何? リク様って魅了があったの?」
「マーク、声がでかい」
「あ……」

 兄、ザックにたしなめられたマークは、口に手をあて周囲に視線を向けた。
 昼はとうに過ぎて夕食には早い。一番人が少ない時間帯なのだろう。二階の奥まった席に座る俺たちの周りには、客も給仕もいない。
 俺はあらためて深く息を吸ってからたずねた。

「皆は今、俺といて大丈夫なのか?」
「それはリクの魅了に、あたしたちが狂わされていないか? という心配?」

 俺は頷いた。
 ため息をついた右隣の席のジャスパーが、俺の方を向いて聞く。

「今の俺が、お前の魔力で狂わされている状態か?」
「分からない。初めて会った時からそうだったのなら、正常な状態のと違いを比較できない」
「どうしてそう思うの?」

 ジャスパーとゲイブ、代わり代わりにたずねられて俺は唇を噛んだ。

「皆が……優しい、から……」
「え?」

 聞き返したのはマークだった。

「どうして、皆が優しいと狂わされている、になるんですか?」
「どうしてって……」

 真っ直ぐに見つめるマークから、俺は視線をそらした。

「だって……俺、人に優しくされるような人間だとは、思えない……から」
「リク様」
「だってそうだろ? 異世界人でちょっと珍しい……それこそ標本サンプルとしての利用価値はあっても、優しくしなきゃいけない理由なんてない。なのに、この世界に来て出会う人皆が皆、俺に優しいんだ。……そんなの変だよ」

 ザックの低くとがめるような声に、俺は思わず吐き捨てた。
 言いながら、何故かどんどん悲しくなってくる。

「行き場が無くて可哀想だって……憐れんで、助けてくれたのだとしても、それならそれで魔法院とやらに預ければ厄介事は終わるはずだ。なのにそうしなかった。ヴァンは魔法院には渡さないとまで言った。それは俺が、ヴァンのそばにいたいと思っていたからだ」

 一気に吐き出してから、息をつく。

「俺の魅了でおかしくなっていたんだって……言われたなら、納得できる」

 テーブルの上で、祈るように組んでいた指先が白くなるほど力をこめる。
 自分の言葉で、自分を切りつけているような気持ちになるのは何故だろう。事実を再確認しているだけだというのに。
 重い口を開いたのはジャスパーだった。

「リク……それ、ヴァンに言ったか?」
「言っていない。ここずっと……話とか、できる状態じゃなかったし……」
「よかった……」

 息を吐く。

「もしそんなこと言われたなら、ヴァン、泣くぞ……」

 何故、という思いが顔に出たのか、ジャスパーがため息をついた。

「リクが相手に対して、心から感謝しているとか慕っていると思って言った言葉を、無理に言わせた言葉だと返されたなら、どう思う?」
「どう……って」

 俺は何も言えないまま見つめ返す。
 お前の言葉は嘘だと拒絶しているに等しい。そう……思いはするのだけれど。
 戸惑う俺にゲイブはぐい、とコップの酒を傾けてから軽い声できいてきた。
 
「ねぇ、そもそもリクは魅了を、相手の意識を奪って意のままに操ることのできる力、なんて思っていない?」
「……違うのか?」

 聞き返す。
 
「相手の心を虜にして、自由を奪ってしまうって聞いた。皆、俺に夢中になって、言いなりになってしまうって……だから、危険な力だって……」

 ジャスパーが眉間を抑えながら言う。

「まぁ……危険は危険だけど、そこまで人を自在に操るなんて、簡単にできるものじゃないぞ」
「……え?」
「だってリクはまだ、魅了の使い方を知らないだろ?」
「使い……方?」

 知らない。
 そもそも、使なんてものがあるのか?

「ヴァンに聞いたことは無いか? 素質があっても、才能五割、訓練五割って」
「……それは、魔法石の扱い方の話じゃ……」

 ジャスパーの言葉に戸惑う俺へ、ザックが言った。

「リク様はその身に、魅了を発揮する魔法石をお持ちでいるのと同じなのです」

 俺は目をまたたく。
 ゲイブが困ったように笑いながら、かみ砕いて言った。

「要するに、リクは強い魅了の力はあっても今はまだその使い方も知らないし、知らない以上、人を意のままに操るなんてことはできない、って言うことよ。強力な魔法石を持っていても、ただ持っているだけの状態なの」

 それじゃあ……皆が優しくて、今もこうしているのは魅了の影響ではなく……。

「だったら何故、俺に魅了があることを言わずにいたんだ?」
「言えば疑心暗鬼ぎしんあんきになるでしょう? 皆が自分に優しいのは、魅了のせいだって」

 思わず言葉に詰まった。
 ゲイブが微笑みながら続ける。

「だからタイミングを見て、慎重になっていんだと思うわよ。ヴァンは……」

 ヴァンも……。

「ヴァンも……知っている……」
「当たり前だろ。奴を何だと思っている。怪物級モンスタークラスの大魔法使いだぞ。そのための対策もしてきた。コントロールできないまま周囲に影響を及ぼさないよう、リクに守りの魔法石を渡しているだろう」

 ジャスパーの言葉にハッとして、首もとの魔法石を指先で触れた。

「じゃあ……これは……」
「メインはリクに攻撃をしようとするモノから守る……まぁ、奴が言うところの反撃らしいが、同時に魅了の影響を抑える効果もある。誘拐されてひどい目に遭ったリクの姿は、よっぽど見るにえなかったんだよ。だから……ヴァンのいないところでは身に着けるようにと、言ってただろ?」
「言われて……いた」
「自分の目の届かない所で、同じような目に遭わせないためのものだ」

 自分ではうまく外せないせいで、最近はずっとつけっぱなしだった。
 ヴァンは贈り物だと言った。強い魔力を秘めているとは思っていたけれど、多くの意味で俺を守るものだったなんて……。
 ザックが真っ直ぐ俺に向いて言う。

「リク様、魅了は意図的に使わない限り、人への影響は低いと聞いています。大きな影響を受けるのは、小さな子供や動物、特に魔力の多い魔物です。リク様は人より魔物の襲われやすい、という危険をはらんでいるんです」
「魔物に……」
「どんな守りの石だろうと完璧なものはありません。アーヴァイン様が夜出歩かないようにと言っていたのは、そういう意味もあってのことです。そして万が一の時にお守りするのが俺たちです」

 ザックの言葉に、黙って聞いていたマークがうんうんと頷いて見せた。
 ゲイブが続ける。

「ザックとマークは生まれつき魔力が少ないの。だからこそ身を立てるために剣の腕を磨いてきたのだけれど。二人はね、魔法が使えない代わりにリクの魅了の影響も受けにくい、という特性を持っているのよ」
「それじゃあ……」
「少なくとも俺とマークは、リク様がよほど強い意思で魅了をかけない限り、ほとんど影響を受けません」
「これで安心した?」

 ゲイブのウィンクに、すとん……と、肩から力が抜けていくように感じた。
 同時に、だったら尚更、分からなくなる。

「どうして……どうして皆、俺のためにそこまでしてくれるんだ……」

 俺の為にこんな場所と時間まで作って。
 二度と怖い思いをしないよう二重三重に守りをつけて、これだけの手間と労力をかけてくれる。その理由が分からない。

「そんなの、リク様が好きだからに決まってるじゃないですか」

 左隣に座るマークが、首を傾げながら言った。




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