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第2章 届かない背中と指の距離
61 方法はあるんだよ
しおりを挟む契り……以前、ザックたちから聞いた子づくりの行為。つまり――。
「セックスってこと」
ゲイブがストレートな言葉で言った。
俺は思わず息を飲みこむ。
「え? 何言ってるの? だって同性じゃ無理でしょ」
「無理なんだ」
「方法はいろいろあるけどね」
「ど、どういうこと?」
「ほんとーに知らないんですか?」
マークとジャスパーの言っている意味がよく分からない。
小学生の頃から友人は少なくて、中学に入ってからは露骨に周囲に避けられるようになっていた。クラスの人と性的な話をする機会は皆無だったんだ。パソコンやモバイルを持てるほどのお金もなくて、大人の雑誌は興味が無かった。
正直、学校の保健で習った範囲でしか知らない。
たぶん……人よりかなり、いろんな部分で無知なのだろう自覚はある。
ザックが小さく息を吐いて説明する。
「つまり、同性同士でも契りを交わす方法はあるけど、生理的に受け付けられるのかどうか? って話です」
「まぁ、そうだね」
ジャスパーが苦笑しながら頷いた。
「方法って……いったい……だって、え? どうやって?」
「リク様本当に知らないんですか?」
「知らないよ!」
「うっわぁ……カワイイ」
「からかうなよ!」
声を抑えつつ言い返すと、マークがさらりと答えた。
「モノを咥えるか尻に突っ込むってヤツです」
「く……」
…………えっ?
「マーク! お前はまた、言い方を、考えろ!」
「いでででででで! 兄貴、いでぇえええ!」
ザックがマークの頭をわし掴みにする。その目の前で、俺は今の言葉を頭の中で反芻していた。
「……って、まさか……え……? アレを?」
「まぁ、それが通常の反応だよね」
「愛がないと、乗り越えられないわよねぇ」
呟くジャスパーにゲイブはにっこり微笑んだ。
俺をからかって、てきとうなことを言っているってわけじゃない……のか?
「本当に?」
「まぁ、方法はそれだけじゃないし、別に皆がみんな、そういうカンケイを持つわけじゃないでしょうけれど。でも人間は欲深いものだから、ねぇ……」
人間は欲深い……。
俺に欲が無いかといわれればノーだ。ただ今は、自分の欲がよく分かっていないだけで。
「そういう意味で、好きとは別に、リクは相手が男でも平気かどうかって話」
「分からないよ、皆は平気なのかよ」
「俺は女の子がいいな。リク様は綺麗から特別」
マークに顔を向けるとにっこり返された。
「なんだよそれ。ザックは?」
「いや、俺は……どうかな……」
言いずらそうに言葉を濁す。
「ジャスパーは?」
「女の人以外無理」
「あたしは女も男もオッケーよ」
おネェ言葉でゲイブが微笑んだ。
……あまり、参考にならない……。
「あれだけヴァンにちゅっちゅされてて嫌じゃなきゃ、平気なんじゃない?」
「……って平気……なのかな。男でも、女でも……誰でも……」
キスすらしたことが無いのに、分からない。
ヴァンとは……あの、大結界の勤めから帰ってきた時に、あった……。
熱を出して水を飲んでもらいたいのに全然目を覚まさなくて……一晩中口移し、で……。あぁぁ……でも、あれは必死だったんだ! このまま目を覚まさないで死んでしまうかもしれないと思ったから。
だから……そう意味で、あれはノーカウントだと思う……たぶん。
「リク」
考え込む俺にジャスパーが声をかけた。
なに? と顔を向ける。
俺の顎が、軽く指先で持ち上げられた。
そのまま近づく……ジャスパーの……。
「なっ!!」
「んぶっ!」
反射的に、顔面に手を当てて押しのけた。
「女の人以外無理じゃなかったのかよ!」
「フリだよ」
頬や鼻をさすりながらジャスパーが意地悪く笑う。
俺は唖然とした顔で、ヴァンの親友だという男を見た。
「ちゃんと拒否できるじゃないか。男でも、女でも……誰でも……じゃない。ヴァンだから平気、だろ? いい加減、ちゃんと自覚しろよ」
困ったように笑う。
俺は皆の目の前で、顔を赤くしながらうつむくしかなかった。
あまり遅い時間になってはヴァンが心配すると、お開きなったのはそれから少し後のこと。結局俺は最初に取ってもらった小皿の分ぐらいしか食べられず、ザックたちと店を出た。
ジャスパーは、「ヴァンの顔でも見に行くか」と呑気な声で同行するらしい。
「ねぇ、そろそろいい季節になってきたことだし、皆でキャンプに行きましょうよ。ギルドの新人にも実地訓練をさせたいし。ジャスパーも時間作って」
帰り際、ゲイブに言われジャスパーはしょうがないな、と頭を掻く。
マークは俺の腕を突っつきながら「告白のチャンスですね」なんて笑っていたけど……俺、一応、ヴァンと一緒に暮らしているんだけれどな……。
あぁぁ……帰ったら、どんな顔をすればいいのだろう。
前後をザックとマーク守られながら帰路につく。
横を歩くジャスパーは、黄昏色に染まる街を眺めながら、呟くようにきいてきた。
「魅了のこと……どうして自分一人で解決しようなんて思ったんだ? 手に余るなら助けを求めればよかっただろ?」
俺はジャスパーの方を見ないで、真っ直ぐに道の向こうを見つめる。
最初から自分一人で解決できる問題じゃないことは感じていた。それでもこうして皆に問い詰められるまで、俺は口に出来なかった。
「……問題は、自分で解決するのが当たり前だから」
「でも魔法だとか魔力だとか、リクには分からないことだらけだろう? 分からないことがあれば助けを借りる、という考えは無かったのか?」
「人に迷惑をかけることは、したくない……」
結果的に今、こうして迷惑をかけてしまった。
「んん……子供の頃、自分一人でできないことは周りの大人に助けてもらっただろ? 親とか」
「親?」
思わず立ち止まってジャスパーの顔を見上げる。
ジャスパーは、なんだよ、という顔で俺を見下ろす。一歩後ろを歩いていたザックが立ち止まり、数歩先行くマークが振り向いた。
「あぁ……そうか……」
「リク?」
「そうなのか……」
俺は肩を落としてうつむいた。
「それが普通の考え方なのか」
ジャスパーは顔をしかめる。
ヴァンには話していたことだ。
「……俺、親に頼ったことが、一度も無いんだ」
物心つく前のことは分からない。
けれど、記憶する限り俺は自分から誰かに「助けて」と言った記憶が無い。
頭では分かっている。どうしてもできないこと、分からないことは人の手を借りなければならないと。分かっていても実行できるかどうかは、また別の問題だ。
「父親は知らない。母親も滅多に帰って来ない。自分のことは自分一人で解決するしかなかった。たまたま手を貸す人がいても、それは仕事とかそういうので……」
「リク……」
「だから……そういう発想というか感覚が……無かった。俺はジャスパーみたいに手に余ると判断したなら、躊躇なく親を呼ぶ……ということができない」
助けを求めて振り払われたら、どうすればいいのか分からない。
この世界に来た時、地下道でヴァンと遭遇して出された最初の手も俺は取らなかった。混乱していたというのもあるけど、迷って、ひとりで立ち上がることを選んだ。
結局、怪我をした膝ではまともに歩けなくて、ヴァンに担がれてしまったのだけれど。
俺は人として、何かが欠落している。
ひとのやさしさを受け取ることも、求めることも、うまくできない。
「だから……やさしくされると、どうすればいいのか分からなくなるんだ……」
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