【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

64 臆病になっているのは僕の方だ 2

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「僕は……いろいろこじらせてしまったからな」

 リクの寝顔を眺めながら、一人呟き、苦笑する。

 十八で成人の儀を終え、家同士があらかじめ決めていた婚約者と、子を成すための契りを交わした。
 高い魔力を備えた者たちが、能力の高い子供を作り上げる。
 これはあらゆる才能と富と権力を与えられた者に対する義務だ。互いにそう分かっていたが、心は添えなかった。
 最初の者がダメなら次の者と。
 生まれた時から怪物級モンスタークラスと言われるほど、高い才能を有していた僕の血を、なんとしても受け継がせたい。父上と魔法院は結託して、半ば実験動物のように当てがっていった。

 途中から、何人目か数えるのも馬鹿らしくなった。

 最初は、心も添えるようにと頑張っていた。
 けれど数を重ねる内に……この制度システム自体に嫌悪感を持ってしまった。だから途中から幻覚の魔法で夢を見せ、僕は朝までソファで本を読んで過ごした。

 本人にもそうと知られないよう術を掛けるのは簡単だ。
 罰せられるならちょうどいいぐらいに思っていた。やがて、それは父上の知るところとなった。

 ホールを名乗る資格は無いと言われた。
 僕も捨ててしまいたかった。
 その間を取り持ったのが、今は亡き祖父と次兄ハロルドだった。僕は城のように豪華な屋敷を出て、ゲイブがいたこの街にたどり着いた。

 正直、もう女性は十分だ。
 心から愛そうという気も、子をしたいという気も起きない。ただのモノとしてしか見られなくなっている自分は、人として壊れているのだろう。
 それをどうにかしたいという気も起きない。

「ホール家は兄たちが継げばいい」

 所詮しょせん末弟まっていだ。
 大結界に従事し、国を護る仕事についている以上、何もしていないとは言わせない。多少のワガママは許されていい。僕は僕のやりたいように生きる。

「リク……」

 夢を見ているのだろうか。閉じた瞼が微かに震える。
 僕と深くかかわるようになった切っ掛けは魅了のせいだが、防御ガードしてよくよく観察した後も、リクへの興味は尽きなかった。
 助けを求めながら意地を張る。
 怯えながらも受け入れようとする。
 何より、信じられないほど素直で疑うことを知らない。目的のためなら、自分が傷つくのもいとわない。

「目が離せないじゃないか……」

 いつかの折、ジャスパーに言われたことがある。「リクの気持ちに気づいているなら、応えてやることはできないのかよ」と。その時僕は、「今はできない」と答えていた。

「子供とはいえいい年なんだぜ。辛いと思うな」
「あのぐらいの年頃によくある好奇心だ。不必要にけがす必要はない」

 ジャスパーが苦笑する。
 貴族や聖職者は厳格に守るしきたりも、家を出たなら無視すればいい。暗にそう言っていたのだろう。けれど問題はそこじゃない。

「一度でも手を出したなら歯止めがきかなくなる」
「やっぱりネックはお前かよ。いいじゃないか、最後までヤらなくたって、多少満足させるぐらいのことはできるだろ?」
「だから、その程度で抑えられる自信が無いと言っているだろ。壊してしまいそうだ」
「心底、惚れてるな」
「手遅れだって話は前にもした」
「不器用だよ……ほんと」

 どちらともなくため息をついた。
 日に日に大きく、強くなっていく想いを止める手立てはない。後悔しないためには、決して手を出さないということだけだ。
 
「何をどうやったって、受け止める方は負担が大きい。ましてや同性の大人相手なんて、恐怖しかない。暴力でしかないだろ」
「リクはお前を拒絶しているわけじゃないだろうに」
「僕のことを好きだったとしても、簡単じゃない」
「……まさかお前」

 ジャスパーが怪訝な顔を向けた。

「誰かにヤられたことあるとか」
「無いよ。全部返り討ちにしてやった」
「未遂はあるのかよ。殺さなかったよな?」
「とりあえず殺してはいない。社会的には何人か……」
「こっわ……手を出した奴も勇気あるよなぁ……」

 情けない声で「まぁ、子供の頃のお前、可愛かったし」と呟くジャスパーに僕はわらう。欲望を持った大人がどれほど狡猾こうかつか知っていたはずなのに、今は僕がそちらの側に立っているとは。

「でもさ、一度じっくり話し合った方がいいと思うぜ。リクは思いつめやすいんだし。誘拐された時のこと覚えてるだろ?」

 あの日のことを思い出すだけで、胸がえぐられそうなる。
 ひたすら「ごめんなさい」と泣いていた。悪いのはリクをさらった奴らだ。リクは何も悪くない。そう心の中で繰り返しながら、怒りに声を出すことすら出来なかった。
 ゲイブがいなければ皆殺しにしていただろう。

「話をする機会が来たら、ちゃんと聞くよ」
「お前だって本気なんだろうから、下手にやせ我慢するな。反動がくるぞ」
「だから……」
「大切にしすぎて腐らせるなってこと」

 ジャスパーの言葉が、いつまでも頭の中で繰り返される。

 僕を信頼して、無防備に眠るリクが腕の中にいる。

 たいせつにしたい。だから手は出せない。


 ――そう思い、リクに対して臆病になっていたことを、僕は後に後悔する。
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