【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

70 今は弱い俺が誓うこと

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 ヴァンに寄りかかったまま気持ちを落ち着けている内に、少しうとうとしてしまったみたいだ。気がつけば窓からの光は低く、天井の高い礼拝堂の奥まで伸びていた。

「あ……おれ……」
「うん」

 身体を起こすと、ヴァンが目に落ちていた前髪を払う。
 そんな仕草ひとつが嬉しくて。なんだかもぅ……さっきまでとは正反対の精神状態だったはずなのに、単純というかなんというか……恥ずかしい。

「落ち着いた?」
「うん……俺、すごい泣いたよね……目が熱い」

 泣きはらして瞼とか真っ赤なんじゃないだろうか。

「わんわん泣いていたよ」
「はずかしいなぁ……」
「僕しか見ていないから、平気だよ」

 そう言ってヴァンは手のひらを俺の瞼の上にそっと添える。
 囁くような声の呪文が聞こえたかと思うと、瞼や目の周りの火照ったような感覚が消えた。

「今の……魔法?」
「治癒という程でもない。少し冷やした程度だから」
「ヴァンがそういう力使うの、あまりないよね?」

 体内の魔力の循環を調整してもらうことはあっても、小さな傷くらいならいつも放っていたから、治癒系の魔法は使えないのかと思った。
 けれど、考えてみるまでも無く大魔法使いと言われているぐらいなんだから、得意なものや苦手はあっても、ヴァンに使えない魔法なんかないのかもしれない。

「あまり簡単に魔法で傷や病気を治すと、身体が本来持っている治そうとする力を奪うことになってしまう。だから必要最低限でいい」
「今の俺のは……?」
「最優先に対処しなくてはならない重要事項だよ。リクの泣きはらした顔を見るのは、僕だけでいい」

 軽い冗談で微笑んで、俺の瞼に口づける。
 なにその俺様基準と……くすぐったいような感覚に、俺も笑い返した。

「良かった。ちゃんと笑えるね」
「……ヴァンがそばにいてくれたから」

 言って、もう一度ぎゅうっと抱きしめた。
 心の底に溜めていたものを全部吐き出したせいか、すごくスッキリしている。守られている、という安心感で、身体の芯が温かい。
 これからやっていかなければならないことはたくさんあるし、またきっと波のように不安が押し寄せて来ることもあるだろう。けれどその度に、泣いてすがって慰められて、俺はまた立ち直るのだと思う。

 ヴァンが、弱い俺でもいいと言ってくれた。
 最初から強い人間なんていない。
 俺は、俺のままでいていい。俺の弱さも何もかも、ヴァンは知っていてくれている。

「今……何時だろう……もう、夕方だよね」
「そうだね」
「皆、心配しているかな」
「僕がそばにいるのだから心配などさせないさ」
「すごい、自信」

 笑いながら言うと、ヴァンも「ふふ……」と声をこぼす。
 そして俺の首もとに指を伸ばした。

「この傷は、早く治してもらわないとな」
「え?」
「無理に守りの魔法石を外そうとして、ひっかき傷だらけだ」
「えぇぇ……?」

 そう言えば、石が邪魔だと首のチョーカーを引きちぎろうとした記憶が、あるような、ないような……。それでザックに強く手首を掴まれた。見れは手首も少し赤くなっている。
 俺の視線に気づいてヴァンが、瞳を細めて言う。

「こちらもね」
「ごめん……」

 ヴァンがくれたものを、無意識にでも外そうとしていたとは。

「それだけ必死だったということだから、怒りはしないよ。次は暴走してからではなく、予兆があった段階で僕に教えて」
「分かった。んん……首の引っ掻き傷、そんなにひどい?」
「そうだね」
「魔法じゃなく、自戒じかいをこめて自力で治そうかな」
「だめだ」

 珍しくヴァンがきっぱりという。

「目が覚めたらきちんと診てもらう予定だったのだから、首の傷も手首の方も、きれいに治してもらいなさい」
「え……だって、今、魔法の治療は必要最低限でいいって言ったじゃないか」
「これも必要な治療だよ」
「こんな傷の一つや二つで死なないよ?」

 水浴びしたならしみるだろうな……っていうぐらいだ。

「いや、だめだ。痕が残ったら嫌だから、治してもらいなさい」

 ぽかんとしてヴァンを見上げると、少し不機嫌そうに口を結んでいる。
 俺を心から大切にしてくれる。その過保護なぐらいの気持ちが嬉しくて、俺は「ヴァンが嫌なら治さないと」と、笑いながら返した。




 礼拝堂は、かえりの地を管理している聖職者が詰めている堂で、季節を問わず訪れる人を迎えているのだという。場所柄、魔力を失った魔法石ばかりでなく扱いの難しい石も扱っている。同時に石の魔力にあてられた人や魔物に襲われた人など、緊急の避難と治療にあたる人たちも常駐しているらしい。
 暴走を止めるために、意識を失わせた俺を運ぶにはここが一番適切だったということ。
 むしろそれすら想定して、キャンプ地にこの森を選んだんじゃないだろうか、という気すらする。
 控えの間で待っていたジャスパーたちに迎えられ、俺は改めで自分の無事を伝えた。 

「まぁ……今回みたいなことはいつか起るだろうと思っていたからな。時期の早さと魔力の強さは、想定以上だったが」
「心配……かけたよね……」
「まぁ、一度ガツンとやっとけば、次には心構えもできるだろ」

 そう軽く笑いながら、ジャスパーが首の引っ掻き傷を治していく。
 俺は見守るマークと、何故が俺より酷い状態のザックを見上げた。暴れて引掻いた記憶がある……けど、頬のあざは殴ったあとか?

「ザックのそれ……俺がやったの?」
「いえ」
「兄貴があまりにふがいなかったので、俺が殴りました」

 つらっとした顔でマークが言う。

「ふがいない?」
「俺がリク様を守り切れなかったからです。すみません。俺にはもう――」
「ザックは何も悪くない!」

 護衛の資格は無い、と言われそうで思わず声を上げた。
 たぶん暴走を止められなかったこととか、力づくで押さえるしか無かったことを言っているのだろう。けどそんなの、魔物に襲われた直後のあの状態では、どうしようも無かったことだ。
 俺はヴァンを見上げた。
 二人の雇い主はヴァンだ。ヴァンが資格なしと判断したなら、ザックたちは俺と一緒にいられなくなる。

「ヴァン……あの……」
「リクはどうしたい?」
「もちろん当然、これからも友達で! ……あ、じゃなくて、護衛を続けて欲しい。俺、まだ全然弱いし、また魔物に襲われるかもしれないし、だから!」
「だそうだよ」

 ヴァンが仕方がない、という顔で笑う。

「リクが自分で力をコントロールできるようになるまで、どうしても不安定な状態が続く。今後も似たようなことが起るかもしれない。しっかり頼むよ」

 そうヴァンが言うのを見て、二人はほっとしたように顔を見合わせた。

「任せてくださいっ!」
「ありがとうございます」

 マークとザック、それぞれが声を上げた。

「リク様っ! 俺たちめちゃくちゃ心配したんですからね!」
「うん、ごめん。ありがとう」
「異変があればすぐに言ってください」
「わかったよザック」
「ところで、腹減ってません!?」

 マークがニッと笑って言う。

「昼飯、食いそこなっただろ? ギャレット様や皆が、食事の準備をして待っているそうです」

 俺はそう言えばと思い出す。
 流石にギルドマスターのゲイブは、一足先に戻ったようだ。

「うん、食いそこなった。お腹減った」
「帰りましょう! ギルドの皆も待っています」
「うん」

 礼拝堂の人たちにお礼を言い、俺たちは堂を後にする。
 秋の気配を漂わせる夕暮れの空は綺麗な茜色で、砕けた魔物たちの石の色を思い出させた。

「ヴァン……」
「ん?」
「俺、ちゃんとコントロールできるようになる」

 これは……今は弱い俺が誓うことだ。
 隣を行くヴァンが頷く。

「うん。厳しくするからね」
「うわぁ……」

 思わず声をもらしてから「お願いします」と伝えた。
 ――ヴァンは、ご機嫌な顔で笑っていた。






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