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第2章 届かない背中と指の距離
番外編 バスケットゲーム 1
しおりを挟む俺たちが暮らす、ベネルクの街の郊外にある森。
丘を登れば「還りの地」と呼ばれる聖地の麓で、ゲイブがマスターを務めるギルドの基地はあった。
と言っても近くに大きめのロッジもあるし、テントというよりはグランピング――これはジャスパーの希望だったらしい立派なのもあって、新人の実地訓練を兼ねていると聞いていたのに、遊びに来た、と言った方が正しい。
先日、俺の魔力暴走事件がなければ、キャンプファイヤーでもして盛り上がったんじゃないかっていうぐらいだ。
「リク、楽しんでる?」
夕食後に一息ついて温かいお茶を貰っているところで、ゲイブが声をかけて来た。
俺のそばには剣の手入れをしているザックと、他のギルドの人たちと雑談しているマーク。少し離れた場所で居眠りしているジャスパー。広場の少し先では、やっぱり人気者のヴァンが新人たちに頼まれて、魔法の練習をしている。
俺は、そんなヴァンをぼんやり眺めていた。
「うん、のんびりしている」
「調子悪くした後遺症は無さそうね」
力の調整もしてもらって、夜の時間だけれど今はとても落ち着いている。
隣に腰を下ろすゲイブに俺は頷いて答えた。
おネェ言葉のゲイブは、体格の大きい人が多い異世界人の中でも引けを取らない、背も高くて筋骨隆々のマッチョ。重量上げとかボディビルダーというよりはプロレスラー的な、戦士としての体型だ。たぶん俺とは全然人種が違う。どんなに鍛えたってこうはなれない。
けど、この世界の人ともまた雰囲気がちょっと違う。
明るい肌色が多いアールネスト王国の人たちにはあまり見ない、浅黒い肌と色あせた茶の髪。瞳の色は金に近くて、思うより彫りの深い顔立ち。すごく、不思議な雰囲気がある。
生まれはアールネストではないのかな……ぐらいに思っていた。
先日魔力が暴走して礼拝堂に運び込まれた時、ゲイブは「あたしがこの世界に落ちて来た時はもういい大人だった」と話していた。
その言葉を聞いた時、まさかと思いながら、俺はまだ起き上がれる状況じゃなかったし、その後ヴァンと二人きりで……いろいろ、思いをぶつけたり吐き出したりしていたから、ゲイブとゆっくり話をする時間もなく過ぎていた……。
過ぎてしまっていたのだけれど……今なら、聞いてもいいだろうか?
「……ゲイブ」
「なぁに?」
「その、嫌なら答えなくてもいいけど」
「うん?」
「その……ゲイブは……もしかするとゲイブも、異世界人、なのか?」
ちらり、と俺を見る。
その表情に不機嫌な色は無い。むしろ「あら?」と軽く驚いているぐらいだ。
「リクにはまだ話していなかったかしら」
「うん。……この間ジャスパーたちと話しているのを聞いて、初めて知ったというか……この世界に落ちて来た時って言っていたから」
盗み聞きしたわけじゃないけれど、でも、これもやっぱり盗み聞きかな? と思って「ごめん」と小さく続けた。
「別に隠していたわけじゃないわ。言い広めたころで得にも損にもならないから、話題にしていなかっただけで」
「じゃあ……」
「もう二十数年にはなるかしら、あたしはセントルイス、ミズーリ州の出身よ」
「……って、アメリカの?」
「そう」
言いながらにっこり笑う。
「リクはジャパニーズでしょう? トーキョー?」
「いや、そこよりちょっと西の……」
「そう」
今更出身地の話しをしたところで自慢できる観光話なんかない。それはゲイブもわかっているのか、突っ込んで聞いてこなかった。
「あたしも廃墟となった建物……古い工場だったの。幽霊がでると噂のね。地元のワルガキと忍び込んで、穴に落ちた。それがこの世界と繋がっていた歪みの入り口だったのね」
古い記憶を呼び起こすかのように、ゲイブは遠くを見つめる。
「この世界に落ちて来た直後、何物かに襲われた。魔物だったのでしょう。――異世界と繋がるほど空間が歪むのは、強力な魔法石が干渉し合うせいだ……というのは聞いたことがある?」
「ヴァンから」
「そう。そういう場所はね、もちろん魔物も寄って来る。奴らは魔法石や強い魔力のあるものを好んで喰らうから」
魔物が魔法石を食うのは聞いていた。
そうして更に、身体に魔力を蓄えていくのだという。
「そして落ちて来た数人の中で、あたしだけが生き残った。魔法院で意識を取り戻して全てを知った時は、この世界に来て既に半年余りが過ぎていた」
「じゃあ、元の世界に戻る道は」
「既に無かったわ。そこからずいぶん、魔法院の奴らにはいいように扱われて、まぁ……結果的に利用価値は低いと判断されたのでしょうね。ヴァンのお祖父様の力添えもあって、あたしはやっと自由を得たのよ」
ふふふ、と微笑む。
「あたしの名前、ガブリエル・ジョー・ギャレットのセカンドネーム、ジョーは、ヴァンのお祖父様、ヘンリー・ジョーセフ・ホールから頂いたものなの。ヴァンとはただの師弟というだけでなく、この世界で生きる道筋を整えてくださった、恩義のある方のお孫様でもあるのよ」
だからか。俺が誘拐された後、魔法院に引き取られるのを阻止して屋敷から連れ出した。ヴァンに手助けしたゲイブが「あたしはいつでもヴァンの味方よ。魔法院なんてクソくらえだもの」なんて言っていたのは。
「そう……だったんだ」
俺は声を落として呟く。
何となく、言葉にするほどではなくても感じていた違和感の理由がわかった気がする。ガブリエルなんて変った名前なのも。
「ベースキャンプなんて言い方、ちょっと不思議な感じがしていた」
「まぁ、そうね。長くここに居る間に、あっちの世界の知識やらなにやら、こっちに伝えた物も少なからずあるから」
「他にも?」
「リクがよく行くパン屋で、カップケーキやクッキーは食べたことない?」
「あるよ。あそこのマカロンはジャスパーのとこのシェリーちゃんの大好物だ」
「あたし、スイーツ作りが趣味なのよねぇ」
……この世界にも、同じようなお菓子があるのに驚いていたけど。
「ゲイブが作り方、教えたとか?」
「さすがプロ。あたしが作るより美味しくって、最近は買ってばかり」
もしかすると護身術の訓練と言いながら、柔軟や体幹を始めとした基礎訓練を重視するのも、もとの世界での知識が生かされていたのだろうか。
「知らなかった」
「あえて言っていなかったから、知らなくても当然よ」
ゲイブはなんてことないという口調で笑っている。こんなに身近に同郷……とはいっても、地球の反対側の国だけれど、同じ異世界から来ていた人がいたなんて。
それにしても……。
「ゲイブがこっちに来た時はいい大人だったと聞いたけど、それから二十数年ってことは……ゲイブの歳は――」
この世界に来たのが二十歳だったとして、今は四十代の半ば?
「はぁい、そこで計算しない」
「パッと見、三十代のはじめぐらいにしか見えないよ?」
二十代後半だと言われても違和感はない。
「若々しいでしょう?」
「うん。やっぱり鍛えているから?」
「いいえ、それがあたしの能力なの?」
俺は首を傾げる。
ゲイブが顔を近づけ声を潜めて言った。
「リクの能力がほぼ魅了に全振りなように、あたしは、自身の体力と治癒力に全振りの能力者なのよ」
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