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第3章 成人の儀
71 成人の儀
しおりを挟む高い天井の店には、街の顔見知りが集まっていた。
幾つもひしめく丸テーブルには湯気の立つ料理に溢れ、酒を満たした杯もある。初めてこの店に来たのは二年ほど前、まだ俺が十六歳の時だ。
この異世界に迷い込んだのは十五の時。もとの世界では十一月と呼んでいた、日々、寒さが厳しくなってきた季節だった。
あの日から二年半が過ぎた……。あっという間……だった気がする。
異世界と繋がっていた暗い地下道で、最初に出会ったのが王国の三大結界術師であり怪物級の大魔法使い、アーヴァイン・ヘンリー・ホールだったのは運命としか言いようがない。
そのアーヴァイン――ヴァンに保護され、もとの世界に帰る道筋も見つけてもらった。
見つけてもらいながら、俺は、この世界に留まることを選んだ。
ヴァンのそばにいたいと。大切に守られて、人のあたたかさを知り、いつしか俺はヴァンを特別に想うようになっていたんだ。
――けれど俺は心も身体も子供で、不安定で、何度も落ち込み迷った。
魅了という、厄介な魔法の性質を抱えていたこと。
自分の性質を知った後も、時に暴走して周囲の者を傷つけ、自暴自棄にもなった俺は、自我が無くなっても構わないから封じて欲しいと、ヴァンにすがって泣いた。いっそ命を奪って欲しいとまで思いつめた。
けれどヴァンは、あきらめなかった。
自分を信じることができないでいる俺に、強い意志で言い切った。「アーヴァイン・ヘンリー・ホールの名に懸けて、リクを護ると誓った。絶対に、リクを傀儡になどさせない」と。
あのヴァンの言葉に応えなければ、嘘になる。
暴走を起こした夏の終わりの日から一年半以上……二年近くに及ぶ間、ヴァンに厳しく鍛えられた。そして、今日、元の世界で言うならは六月の誕生日に十八となり、俺は成人の儀を受ける。
「ここに一人の青年、リク・カワバタは数多の試練を越え、健やかなる魂と肉体を以て成長し、成人を迎えたこと、私――レイク・ウォルター・デイヴィスが宣言する」
ジャスパーのお父さん、レイクさんが祝福の言葉を唱えた後で、成人の儀の締めくくりを告げる。その瞬間、広い店の中に詰めかけていた人たちが歓声を上げた。
皆、口々に「おめでとう!」と声を掛け合い、乾杯が上がる。
俺は周囲の人たちにもみくちゃにされながら、「ありがとう」を返す。
「おめでとうリクくん。よくここまで頑張ったね」
「ありがとうございます、レイク様。これもお力添えを下さったおかげです」
魔力のコントロールが上手くいかなくて、発作のように暴走しかけたり体調が悪化した時、ジャスパーやレイクさんの力を借りた。本当に二人のサポートが無かったら、今俺は、この場にいることなんかできなかったんじゃないかと思う。
その横からレイクさんの孫でもある、小さな女の子たちが花束を手に進み出て来た。
「リク様、ご成人おめでとうございます」
「ましゅ」
「ありがとう。シェリー、エミリア」
片膝をついてお祝いの花束を受け取る。
金色の髪を揺らす可愛いジャスパーの娘シェリーは、もう五歳だ。遊びに行くたびに俺の膝によじのぼって、お菓子で口のまわりをぺたぺたにしていた小さな子供も、今ではしっかりとした言葉を話すリトルレディーになった。
その妹エミリアは一歳半を過ぎたところ。何でもお姉ちゃんの真似をしたがる年ごろで、歩けるようになってから目が離せないのだとジャスパーは笑っていた。
俺も生まれたばかりのエミリアを初めて抱いた時の緊張と感動は、今も忘れない。
「素敵な青年になりましたわ」
「ありがとう、シャーロットさん」
「それにしても身長伸びたなぁ」
奥方シャーロットさんと、まじまじと眺めるジャスパーの言葉にテレなら笑い返す。
うん、身長はすごい伸びた。そばに立つヴァンの横に並んで、ほらほら、と自分の頭の辺りに手を乗せる。
「この世界に来た時はヴァンの胸ぐらいだったのが、鼻だよ。今はヴァンの鼻ぐらいだよね!」
二年半で、間違いなく二十センチは伸びた。
特にこの一年の伸びがすごくて、膝関節が痛いぐらいだった。
「このまま行けば、近いうちにヴァンの身長を超すことだって――」
「いや、それは無いな」
「うん、無い」
「さすがにアーヴァイン様の身長を超すのは無理だと思います」
「無理無理」
まわりで話を聞いていた護衛のマークやザック、ゲイブとギルドの人たちが口をそろえて言い出した。いや確かに、ヴァンは百八十センチは軽く超えてる身長で、たぶん俺は今、百七十届くかどうかの高さで。
「無理言うなよ! まだ伸びるかもしれないじゃないか」
「リク様はそのぐらいで止まっていた方が可愛いですよ」
「可愛い言うな」
「あまり大きくなると、ヴァンが抱きにくいんじゃない?」
「うっ……」
にっこり、とゲイブが笑う。
瞬間、俺の顔が熱くなる。
いや……俺が……その、ヴァンのこと……恋愛感情的な意味で好きだというのは、親しい人たちにはバレていること……だけどさ。
声を潜めて俺はうなった。
「こここ……こんなところで、抱きにくいとか……言うなよゲイブ」
「ふふふっ、やっと成人したんですもの。リクの願いに応えてくれるといいわね」
やーめーてー。
あえて意識しないようにしていたのにしていたのに。顔が熱くなるというか、変な汗が出てくるというか。振り返ると俺を見ている、今日のヴァンは静かに微笑むばかりで表情が読みにくい。
成人のお祝いを、喜んでくれているとは思うのだけれど。
たぶんまた、耳まで顔を赤くしているだろう俺に、ギルドで知り合った仲間たちが「飲め飲め!」と杯を押し付けてきた。
「あぁあ……ありがと、でも俺、たぶん酒弱いから」
「なにぃ、俺様の祝いが受け取れないのか!?」
「酒よりも飯食いましょ! この日のためにマージナル王国から魚を取り寄せたんですよ!」
「リク様ぁ~! 南から仕入れた珍しい果物もありますわよ!」
「ちょっとぉ、リク様をひっぱらないでよ! この日のために焼いたお菓子、今日こそは食べて頂くのですから!」
「うわぁ、ヴァン助けてよぉ……」
なんかもぅ、いろんな人に引っ張られて……なさけない声を上げても、ヴァンは面白そうに眺めてばかりだ。代わりにゲイブが笑って言う。
「あきらめて皆の祝福を受け入れなさい」
「受け入れるよ!」
もとの世界の成人式とはかなり違うけど、こんなふうに大人になった俺をたくさんの人が祝ってくれるなんて、二年半前の自分には想像できなかった。暗くうすら寒い部屋で、いつ孤独死するか分からないような暮らしをしていたのだから。
笑顔にあふれる中で、歌って笑って、お腹いっぱい食べて。
そして俺の傍らでは、いつもヴァンが見守っていてくれている。
魔力の面で不安定な俺のために、いつ何が起きてもいいように。ヴァンがそばにいられない時は、必ず誰かを守りにつけてくれるほど。
だから俺は安心して、新しい世界に手を伸ばすことができたんだ。
「ヴァン……ありがとう」
「んん?」
やっと皆のお祝い攻撃がひと段落して、杯を片手にイスに座っていたヴァンの隣に行く。居酒屋というよりはビアガーデンのような開放的な、ロウソクの明かりに彩られた店内を眺め、俺は照れくさくもお礼の言葉を口にした。
「ヴァンがずっとそばにいてくれたから、俺はこんなに幸せでいられる」
「ふふ……」
ちらり、と俺を見る、照れくさそうにヴァンが頬杖をつく。
「だから、ありがとう。この世界で生きるための全てをくれて」
こつん、と頭を寄せると、いつものように頭を優しく撫でてくれる。
そしてそのままヴァンは鼻先を寄せて、俺の髪に口づける。……嬉しい。と同時に、たまらなく切ない。
全てをくれたと言いながら、本当はもうひとつ、欲しいものがある。
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