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第3章 成人の儀
72 もうひとつの欲しいもの
しおりを挟むヴァンが欲しい。
抱いてほしいと――そう、口に出して言ったのは、最初に暴走を起こした夏の終わりのあの時だけだ。その時ヴァンにハッキリと、「それはできない」と言われている。
まだ大人になっていない俺では応えてもらえない。
それは、この成人の儀を区切りとして許されることなのか、それとももっと抽象的な意味で「心も身体も大人になってから」ということなのかは分からない。後者なら、それはいつになるのか想像もつかない。
ヴァンに認めてもらえる大人になれるよう、今日まで頑張ってきた。
魔法の練習ばかりじゃなく、身体も鍛えて身長だって伸びた。
けれどきっとそういう、見かけのことばかりじゃないはずだ。どんなことがあってもへこたれない、強い精神……というのも必要なわけで。そっちの方は相変わらず、落ち込んだり悩んだりで……やっぱり自信がない。
こうして俺を祝福してくれる多くの人やヴァンを見ていると、やっぱり俺はまだまだ子供なんじゃないかって気がしてくる。
「よぉ、リク、疲れたか?」
ヴァンの隣で、ぼんやりと盛り上がる人たちを眺めていたら、ジャスパーが声をかけて来た。
「夜出歩くのは控えていたっていうのに、これだけ人が多い場所に長くいると、魅了のコントロールもきついだろ」
「うん……まぁ、そうだね」
魔力は夜に強くなる。
今日も魅了を抑える守りの魔法石は首元につけているけれど、この場に居続けるには、けっこう気を張っていなくちゃいけない。
「ここに宿はとってるのか?」
「いや、取ってはいない……はず」
隣に座るヴァンを覗き見る。
食事や酒を楽しめるこの店は宿も併設している。日が沈むと魔物や盗賊の危険が増す世界だから、護衛をつけるとか腕に自信が無い限り、夜出歩く人はいない。遅くまで飲み食いするとなれば、宿を取るというのが慣例になっていた。
ヴァンはその辺りの魔物など一撃で倒せる強さがあるから、夜中だろうと関係なく出歩けるんだけれどさ。
「予約は入れていないけれど、泊まっていきたい?」
「あぁ……いや、やっぱり家の方が落ち着くかな……」
「ということだから、もう少ししたら帰るよ」
「そうか」
小さな子供と一緒に来てくれたジャスパーは、目をこすり始めている娘を抱きあげ「俺たちは先に失礼するよ」と挨拶をする。それを店先まで見送った俺は、落ち着かない気持ちで暗い空を見上げた。
雲が出てきている。
雨の匂いもするから、今夜は天気が崩れそうだ。
俺の背に立つヴァンが囁くように声をかける。
「そろそろ、僕たちも帰るかい?」
「あぁ……うん。でも俺、一応主役なのに、先に帰ってもいいのかな?」
こういう場のでの礼儀というか作法はよくわからないけれど、やっぱりできるだけ長く居るものなんじゃないかな……と思う。どうなのだろう。
「夜中を通して騒ぐのが楽しいというなら止めないけれど、成人したばかりの子に無理をさせる大人はいないよ。それに皆、リクの事情は分かっている」
俺に魅了があるかどうか、までは知らなくても、厄介な体質の身体を抱えているということはわりと知られている。だから……俺が本格的に調子を崩すまで、無理を言う人たちはいない。
「そっか……じゃあ……」
「馬車を呼んでもらうよ。最後にゲイブたちに挨拶してこよう」
頷いて、俺たちは盛り上がる人たちの方へと足を向けた。
店を出る時に降り始めた雨は、家に着く頃には大降りになっていた。馴染みの御者は家の前まで馬車をつけてくれたけれど、足元はびしょびしょだ。
「どうぞ、気をつけて」
「ええ……ありがとうございます」
そう答えて遠ざかる馬車を見送るのもそこそこに、ヴァンと二人、店舗兼自宅に入る。
今日も一階の店は数多くの魔法石や薬草と小さな魔法具に本が並び、雑多なものでひしめき合い、俺たちの帰りを待っていた。
「やっぱり濡れてしまったね」
「本格的な夏になる前の嵐かな」
あはは、と笑いながら二階に上る。
俺はヴァンのコートに守られて頭は無事だったけれど、靴やらズボンのすそは濡れてしまった。せっかく今日のために、新しい服を下ろしたのにな。
「風邪をひいてはいけないから、熱い湯でも浴びておいで」
「ヴァンの方が濡れているじゃないか」
「僕は大丈夫だよ」
まぁ……正直、丈夫さで言ったらヴァンの方が強い。
俺は体質的なこともあって直ぐ身体が冷える。体温コントロールも下手なんじゃないだろうか……。
今月の末、ヴァンには年に一度の大結界再構築の仕事があるから、こんなタイミングで俺も風邪をひくわけにもいかない。お互いに譲り合っていても仕方がないし、「じゃあ、先に」と言って、三階のバスルームに向かった。
「はぁ……」
向かって……一人になって、出てきたのはため息だった。
バスタブに湯を張り膝を抱えて座り込む。
落ち着かない。
もっとハッキリと言えば、めちゃくちゃ緊張している。
ずっとヴァンと二人で暮らしてきて、それは昨日も今日も明日も変わらないはずなのに、成人の儀を終え、一応の区切りとして大人になった。けれどヴァンの、俺に対する扱いは何も変わらない。
まだ子供……という意味なのだろうか。
ヴァンの言う「大人になるまで」は、まだずっと先なのだろうか。
だとしたら、それはいつなのだろう。
もしかすると……最初からヴァンにその気は無くて、はぐらかされているのだろうか。俺のことは大切だと、何度となく口にしてくれているしその言葉を疑ってはいない。けれど、よくよく考えるまでも無く俺たちは同性同士だ。
俺の「好き」は恋愛感情的なそれでも、ヴァンの「大切にしている」はそうじゃない。
「やっぱり……そうだよな……」
シャツやブランケット越しに優しく抱きしめてくれる。
そこがヴァンの精一杯の境界線で、そこから先は考えてもいない……ということ、なのかもしれない。今までおでことか、頬に挨拶のキスはしてくれても、それ以上のスキンシップは何も無かったように。
「あぁぁ……」
しんどい。切ない。
時々、強引に押し倒してやろうかと思いながらも、ずっと我慢してきた。ヴァンに嫌われたら生きていけない。今のままの関係でいれば、これ以上悪くなることはない……と思う。
でも、どうしてもたまらなくなる夜がある。
「うぅ……やばい、のぼせそうだ……」
何やってるんだろ、俺。
もう一度ため息をついて上がり、薄手の部屋着に着替える。髪……濡れたままだけど、テキトーに拭いておけばいいか。
喉が渇いたな……と思いながら二階のリビングに下りていくと、ヴァンはソファに座って本を読んでいた。部屋は淡い光の魔法石で灯されて、キャンドルがつていてるみたいな雰囲気になっている。
「お風呂、長かったね」
「ごめん……ヴァンも濡れていたんだし、早く入りたかったよね」
「服は魔法で乾かしたから大丈夫だよ」
そうでした。
少し濡れたぐらいじゃ、大魔法使いのヴァンには関係ない。
そう思ってソファの前のテーブルを見ると、グラスと瓶を置いてあった。何だろう。手に取って見てみるそれは、ワインボトルみたいで良く冷えている。
「お酒?」
「今日のお祝いにね」
そばのイスを勧められて座る。
立ち上がったヴァンが封を開け、綺麗な蜂蜜色の液体を注いでいった。甘い匂いがする。
「果実と蜂蜜のだよ。甘いから、きっとリクの口にも合う」
「今日のために?」
「そう……」
わぁ……なんか、すごい嬉しい。
これだけで舞い上がってしまう俺って……単純だな。
「あらためて、リク、成人おめでとう」
「ありがとう」
えへへ、と笑いながらグラスを受け取ろうとして、俺は手を止めた。
ヴァンが首を傾げる。
ふと浮かんだ、悪戯心……というか。
こんな……試すようなこと、しちゃいけないような気がする。けれどやっぱりどうしても、ヴァンはこれから俺をどんな風に扱おうとしているのか知りたい、という気持ちが勝る。
嫌われるかもしれない。
……でも、知りたいんだ。
「飲ませて……ほしい」
ヴァンが首を傾げたまま俺を見つめている。
俺は、勇気をふりしぼって言った。
「ヴァンの、唇から飲みたい」
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