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第3章 成人の儀
86 個人レッスン再び
しおりを挟む洋服店での仮縫いを終えた数日後……俺は、少し悩んでいた。
ヴァンも店主のバーナードさんも似合っていると言ってくれた。仮縫いの段階でも衣装はとても素敵で、仕上がりも素晴らしいものになると思う。だからこそ……やっぱり、俺の方が負けているような気がしてならない。
ヴァンの言葉を信じていないわけじゃない。……けれど、もしお披露目の会場で、魔法のテストみたいなことがあったらどうしよう。
今、俺が石を使ってできる魔法は明かりを灯すことと浄化。風は少し上達したが微風レベルだし、氷の魔法も指先程度のものが出せるぐらい。そして火の魔法は相変わらず上手くいかない。
俺にはかなり豊富な魔力があるとは聞いていても、魅了を含め、使いこなせている実感は無い。
「……せめて、火種をつくるぐらいは……」
家ではヴァンが用意していてくれる石があるから、生活の中での煮炊きに不便は無い。けれどどうしても、俺もできるようになりたいという気持ちは消えない。
ほら、冬のさなかに遭難とかした時に火は必須だろ?
濡れた服を乾かす時とか。
明かりの魔法石が魔力切れになった時、ロウソクを使うかもしれない!
「うぅぅ……ん、生活の必要レベルが低いんだよな」
今、ヴァンは一階店舗奥の工房で、魔法石の調整やら浄化やら、いろいろ作業をしている。そういう時は邪魔したくないから、俺は二階奥の大きな机の前で大人しくしていた。
というかヴァンのいないタイミングを見て、こっそり練習している。
ついつい魔法酔いするまで夢中になる俺を心配してか、いつも無理しなくていいと言われるのが、嬉しい反面悔しくて。
地道に少しずつ練習して、ヴァンを驚かせたい……。
けど。
「はぁ……やっぱり、上手くいかない」
あともう少し、というところで内側からぐっとせり上がってくる熱に怖がってしまう俺がいる。そしてそれを察してか、石の方まで反応が鈍くなる。
「無理なのかな……」
「熱心だね」
はっ、として振り向いたら、俺のすぐ後ろにヴァンが立っていた。
いつの間に二階に上って来ていたの!?
足音や気配とか、全然気づかなかった。
「ヴァン」
「火の魔法かい?」
背中から俺を抱きかかえるようにして、ゆるく、俺の胸の下辺りに手を回す。そして首筋に触れるだけのキスを落とした。
柔らかい。温かい。
軽く、甘い痺れがじんと身体に広がる。
「……どうしてもこれだけ、上手くできなくて」
俺の肩に顎を乗せるようにして、ぴったりとくっついている。
この、ゼロ距離のぬくもりが心地いい。
改めて……ヴァンって実は、けっこう甘えん坊なんじゃないかと思う。そう言えば三男坊で、お兄さん方とかなり歳が離れているんだったっけ。
ゲイブもヴァンのこと「ワガママで頑固な甘えっ子」って昔、言っていたな。
「どうしても得て不得手はあるから、あまりこだわらなくても大丈夫だよ」
「うん、そう……なんだけれど……」
「僕だって治癒系の魔法は苦手だ」
「けど、まったく使えないわけじゃないだろ?」
「まぁ……そうだね」
背中が……じんわりとあたたかく……いや、熱くなっていく。
「どうしても火の魔法をマスターしたいの?」
「うん……せめて、小さな火種程度でも」
納得できないでいる俺に、ヴァンは仕方がないな、とでも言うように微笑む。
「だったら、久々にやってみようか」
そう言って、俺の胸や腹の辺りに大きな手のひらを添えたまま、背中の方ですっと背筋を伸ばした。
「初めて光の魔法の練習をした時のことを覚えている?」
「あ……うん。十五の時の」
あの時は魔法石を包む俺の手の上から、ヴァンが手をそえてくれた。
背中に鼓動や息遣いを感じながら、熱と光を増幅させ、自分自身が魔法石になったような感覚の中で光を灯す。
線香花火の火の塊が、丸く、明るく、集まっていくような、とても綺麗な光と熱だった。
花の蕾が開くようなイメージ。月の光に照らされた大きな白い花の、何枚も重ねられた花弁が開いて、零れる。柔らかな香りまで放つような心地の中で石に明かりが灯った。
今思い起こせば、魔法が成功して嬉しかった……というのもあるけど、背中からヴァンに包まれていたのがすごく心地よかった。
いや……気持ちよかった……。
「あの時のこと、思い出してみて……」
耳の後ろで囁きながら、俺を抱く手のひらから身体を巡る魔力の流れが変わっていく。
身体の中に火を点すかのような力、だ。
直ぐに俺も魔法石を手のひらに包み直し、集中する。けど――。
「んっ……」
一気に点火させていくように魔力に、声が漏れる。
「ヴァン……強、い……」
「そう、少し強引なぐらいに」
炎は摩擦による熱、瞬間的に燃え上がる、とても強いエネルギーだ。
「……んんっ……」
瞼を閉じて、魔法石を持つ指に力をこめる。
じわり、とひたいに汗がにじみ出す。
俺を背中から抱くヴァンの手に動きは無い。なのに、体中を強く揺さぶられ、擦られ、掻きまわされているイメージが頭の中を満たしていく。
火傷しそうなほどの熱。
石に火を点すはずなのに、俺の感覚が引きずられる。
――抑えきれない衝動。
「んぅ……ぁ、っ……!」
鉄を溶かしていくようだ。
「そう、もっと……燃えて」
「……熱、い……」
「もっとだ……」
だめだ。炎はそっちじゃない。
魔法石を起動させようとしているはずなのに、俺が、熱くなっていく。
どろどろに溶けた熱が、身体の内側を焼いていく……。俺自身が燃えて、溶かされていく。
ヴァンの手で……。
どろどろに。
……気持ちいい。
「ぁっ……ぁ……」
「リク、火をつけるのは……そこ、じゃないよ?」
俺の変化に気づいて、耳のすぐ後ろで囁く声。
わかっている。
なのに、止まらない。
俺は魔法石の力を引き出そうとしているだけなのに、力が……熱が逆流してくる。
溶ける。
炎になる。
火が着く。
「……っあ、まっ……!」
ぶあぁぁあっ! っと身体が熱くなった。
目の前の石にではなく……俺の、身体の中に……。
「あぁ……ぁ、ああ!!」
びくんっ、と痙攣して、たまらずに手にした魔法石を取り落とした。
石は内に赤々とした熱を孕みながらも、コトンて音を立てて足元に転がる。そのまま……俺は目の前の机に両腕をついた。
「はあっ! はっ! あっ、あ……はっ!」
膝から崩れそうになる俺をヴァンが支える。
途中で魔法を止めたのに、まだ、身体の中に熱がくすぶっている。炎が……熱が、消えない。
「リク……」
「……ヴァン、あつ……い、なんか、おかしい……」
「うん、リクは火の魔法と相性が悪いのではなく、良すぎるのかもしれないね。良すぎて、外に炎を点すのではなく、身体の内にこもってしまう」
そう言いながら、俺の心臓の辺りを手のひらで撫でる。
「どういう……こと?」
「リクは火遊びをすると、身体の方に火がついてしまう、ということだよ」
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