【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

文字の大きさ
100 / 202
第3章 成人の儀

97 宮殿の入り口

しおりを挟む
 


 心地よい揺れの馬車の中で、俺は、そのまま本当に眠ってしまったみたいだ。

「リク、リク……」

 軽く肩を揺らされてまぶたを開ける。
 車窓からの日は西に傾き、やわらかな黄金こがね色に染まり始めていた。

「あ……俺……寝ちゃった?」

 目をこすり顔を上げる。
 ずっとヴァンの肩に寄りかかったままでいたみたいだ。
 浄化魔法だろうか、手のひらで軽く顔を撫でる仕草でさっぱりさせてもらってから、俺は座り直して隣のヴァンに顔を向けた。
 夢も見ないで眠った。すごい、すっきりしている。

「ごめん、重かったよね」
「リクは可愛いから。平気だよ」

 大したことじゃないと答えるヴァン。重かった、に対する返答にしてはちょっと変な気がするけど。まぁ……いいか、と俺も笑う。
 向かいの席では呆れたように笑うジャスパーが、軽く腕を組みながら声をかけてきた。

「これからお披露目っていう馬車の中で、それだけ熟睡できるのもすごいよな。実はけっこう神経図太いのか?」
「けっこうじゃなくて図太いよ。俺、戦闘モードの時は負けないし」
「ははは、頼もしいな」

 優しくされると戸惑うのに、敵意を向けてくる者には負けない。たぶん俺は負けず嫌いで、意地っ張りなのだと思う。
 とはいっても、これからのお披露目会で皆が皆、俺に敵意を向けてくるわけじゃない。

 貴族でもない異世界の、成人したての子。
 危険なのか、明確な敵になるのか利用できるのか、それとも無視しても問題ない程度の小者なのか……。
 今回のお披露目会は、それを見定める――検分けんぶんする、という意味合いが強いのだろうな……というのが、ヴァンやジャスパーの会話から想像できた。

 相手がどう思うと関係ない。
 ここまで準備してくれた人たちのために、俺は俺らしく振る舞うだけだ。

「リク、門が見えて来たよ」

 ヴァンの言葉で、俺は窓の外に視線を向けた。
 郊外の、整備された広い道を走っていた馬車は、両側に門番をしたがえた広い――それこそ馬車が三台から四台は同時に通り抜けられそうなほどに広い門を、悠然ゆうぜんと通り抜けたところだった。
 俺は窓辺に顔を近づけて、真っ直ぐに伸びる道と遠くまで広がる景色に声を上げる。

「わぁぁ……」
「広いだろ?」

 ジャスパーが楽しそうにきいてくる。
 うん、広い。
 広いという言葉で簡単に終わらせていいのかと思うほどに、広い。

 ずっと遠くまで見渡せる平坦な庭は、左右対称に造られているのだろう。複雑な幾何学きかがく模様に植木を刈り取って、広大な緑の絨毯じゅうたんのように広がっている。更にその向こうには噴水があり、人工的に造られた小川もある。
 馬車が進むに従って、幾人いくにんかの着飾った婦人や紳士がのんびりと庭を歩く姿が見えた。
 その人の大きさから見て、この庭園は端から端まで目測でも千メートルから二千メートル……で済むだろうか。きっともっと広い。
 そして、その更に向うにある、巨大な建物が夕陽に輝いている。

「宮殿……?」

 俺は思わず呟いた。
 馬車の足並みは落ちていないのに、門を通り過ぎてからいっこうに近付く気配を感じない。横に伸びた荘厳そうごんな建物は、かつての世界のテレビやネットで見た、世界遺産クラスの殿、そのもののきらびやかさがあった。

 尖塔せんとうがいくつも突き出た、縦に伸びたお城……じゃなくて、正に宮殿。
 博物館とか美術館とか言うような……とにかく、人が住むような建物には見えない。

「……ここが……」
「うん、僕の実家」

 さらりと、答えるヴァンは苦笑している。
 ジャスパーがおかしそうに続く。

「昔、ヴァンのお祖父じいさんが、時の国王様から頂いた離宮だってよ」
「え……じゃあ、元は王城だったってこと? 王様からのプレゼント?」
「お祖父様じいさまはこの国を護る大結界構築の基礎を築いた方だからね。その功績を称え、頂いたものだと聞いたよ」

 すごいなぁ……。

「じゃあ、ヴァンは……ここで、育ったの?」
「うん」
「迷子……に、なりそう、だね」

 ぽかんと口を開けて言う俺に、ヴァンはくっくっと肩を揺らして笑う。

「そうだね。新人の使用人はよく迷子になって泣いていた」
「ヴァンは優しいから、道案内とかしてあげたんだろ?」
「逆に、嫌な奴は迷わせたり」
「ははは」

 意外と悪戯するのが好きなのだと、今ならわかる。

 あぁ……でも本当に、何もかもが規格外だ。
 徐々に馬車の速度が落ちて宮殿の入り口に近づいていく。そこには二頭から四頭立ての馬車が幾つも停まり、着飾った人たちが巨大な建物の方へと向かっていた。
 俺たちはそんな馬車の横を通り過ぎて、この馬車のために空けておいたと思われる、正面の階段に一番近い場所へとつく。

 使用人と思われる人たちが数人、出迎えるように近づきドアを開けた。
 ヴァンが「いよいよだよ」という視線を向けるのに頷いて、俺は馬車から下りる。 

「お待ちしておりました。アーヴァイン様」
「うん」

 俺に続いてヴァンとジャスパーが馬車を下りる。
 横に広い、白亜の石段が目の前にあり、ずっと向こうにある扉まで魔法石の明かりで照らされていた。空は黄昏たそがれから茜色になり宮殿を染め、高い初夏の空には一番星が輝き始めている。
 夢みたいに美しくて、優雅な世界だ。
 そこで行き交う人々の心の中が、嘘と嫉妬と様々な野望で渦巻いているというのが……俺には想像できない。

 白髪のきっちりとした老紳士が、ヴァンに声をかけた。

「長旅でお疲れではございませんか?」
「この程度では疲れないよ。じぃ」
「はい」
来賓らいひんの様子は?」
「既に多くの方がお集まりでございます。皆様、アーヴァイン様の雄姿並びにいとし子様のお披露目を、心よりお待ち申し上げてございます」
「うん」

 執事だろうか。下げた頭を上げ、俺の方を向いてから優し気に微笑んだ。

「長い道中ながら、お健やかなご様子。安心いたしました。ホール家に仕えます私たち、心より、お迎え申し上げます」
「ありがとうございます」
「既に、護衛の方々も控えてございます。どうぞこちらへ」

 そう言われ、案内された先に見知った顔があった。
 ヴァンの剣の師匠ゲイブと、俺の護衛についていたザックとマークだ!





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

処理中です...