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第3章 成人の儀
101 華となって開いていく
しおりを挟む初めて俺が、自分に魅了という魔法の力があると知った時、恐怖しかなかった。
恐怖と同時に納得した……。
何の価値も無いと思っていた自分を皆が優しくしてくれる。ヴァンが大切に扱ってくれる。その理由が理解できなくて、魅了という、人の心を操ってしまう力の存在を知って、やっと理解できた。
魔法の力で、自分に都合のいいように操ってしたのだと。
だから、皆は俺に優しくしてくれたのだと。
そう思い込んで、どうすれば魅了の力を封じ込めるのかと悩んだ。誰にも相談せずに。相談することすら、相手に悪影響を与えてしまうかと思い出来なかった。
魔法のことなど何も知らない俺が、自力でどうにか出来るわけが無かったのに。
悩んで。恐怖して。心と身体は病んで、皆を心配させた。
俺みたいな危険な者は始末した方がいいと……魔法院に引き渡した方がいいと思い悩んだ末に暴走した。そこまで思いつめながら、それでも、ヴァンの熱が欲しかった。
抱きしめられたかった。
今思えば、本当に自分勝手な子供だったと思う。
俺は俺を大切にしようとしてくれている人たちの気持ちを、何一つ考えていなかったんだから。
ヴァンは言った。「僕はあきらめない」と。
僕は絶対にあきらめない。リクがあきらめたとしても、僕はあきらめない。世界中の全てがあきらめたとしても。アーヴァイン・ヘンリー・ホールの名に懸けて、リクを護ると誓った。絶対に、リクを傀儡になどさせない――と。
弱いからと言って泣く俺に、ヴァンは「その弱さも全て認めている」と言った。
弱くて自分勝手で、それでいてヴァンの熱を欲しがる欲張りで。そんな俺を、ヴァンは全て認めると言った。
最初から強い人間なんかいない。
俺は、俺のままでいていい。俺の弱さも優しさも、俺自身が気づいていない強さも、ヴァンは知っていてくれている。認めてくれる。そのうえで、ヴァンは優しく微笑みながら言った。
魔法は修錬でコントロールできるようになる。僕が、全部教える――と。
どれだけ俺のことを思っていてくれたのだろう。
刹那的なものじゃない。
遠い将来も見据えて、この世界で、しっかりと生きていく道筋を探していた。
元の世界の全てを捨てさせた。だから、この世界で自由に、行きたい所があればどこでも自由に行って生きられるようにする。その為に、ヴァンはヴァンのできる全てを教えると言った。
心も体も、強く、大きくなるまでヴァンは待ってくれた。
――あの日、優しく髪を梳いて、額に口付けたあたたかさを覚えている。
「守るよ……僕の、たいせつな人なのだから」
その言葉を胸に、俺は、魅了の力に向き合った。
確かに魅了の力は、人の心の自由を奪い意のままに操ることもできる。むしろその使い方ばかりが、人々の間に知れ渡り恐怖されてきた。
けれど魅了の力はそれだけじゃない。
例えば、夜。
夜の闇は人々に恐怖を抱かせる。
利かない視界の向こうに、どんな恐ろしいものが潜んでいるか分からない。魔物か野盗か……飢えや寒さか。帰り道を見失うことで、身動きができなくなる。命を落とすことも少なくない……。
夜の闇はそういったものを連想させ、心の自由を奪う。
反面、夜は昼の光の中では見えなかったものを、見せてくれる。
誰かを迎えるために灯された明かりや、空一面に輝く星を見るように。
俺が安らげるように、部屋に灯されたたくさんの光の魔法石があった。
郊外の原野では視界いっぱいの星があった。声を上げて見上げる俺の背には、いつもヴァンが寄り添い守ってくれていた。
どちらも夜の闇の中でことなのに、受ける思いは全く違う。
魅了もそれに似ている……と知った。
人々を心を縛り意のままに操ることもできる。
同時に使い方次第では、表の意識を払って自由にすることもできる。その果てに見たものに、人々は惹きつけられるのだろう。
首から守りの魔法石が外される。
俺を守ると同時に、不用意に人々を魅了し、翻弄してしまわないようにするためのもの。けれど今は大丈夫だ。
ヴァンがそばで見守ってくれている。
力が、解き放たれていく。
俺は伏せた瞼をゆっくりと開いて行った。
呪文は唱えない。
魔力を乗せた瞳で、ただ見つめるだけだ。
ただそれだけで魅了となり、大気までもが反応して足元から軽く風が巻き起こる。ふわりと周囲に広がり、空気が煌めいていく。
取り囲む人々から「ほうぅ……」と声が漏れた。
大切な人と、灯した明かりを見つめるような。
輝く星の夜空を見上げた時のような。
そんな心地を魔力に乗せて広げ、伝え、感じさせ、思い出させる。そこに切ないほど惹かれる想いがある。
心が解けていく。
意のままに操るのとは違う。けれど、目が離せなくなる。
虚飾に満ちた暮らしの中では見つけられないもの。
魂から溢れてくる力。
俺にしか使えない、魅了の魔法。
アーヴァイン・ヘンリー・ホールという人が教えてくれた力が、華となって開いていく……。
取り囲む人々から感嘆の声が漏れた。
イスから身を乗り出すように見つめていたルーファス殿下が、口の端を上げて笑う。
「なるほど、これはおもしろい」
俺は王子を真っ直ぐに見つめ返した。
そこに嫌悪や恐怖は無い。惹かれ、夢中になっていたとしても、自由を奪うものではなかったからだ。ただ面白いものを見た、と笑う姿に、俺も笑い返した。
ヴァンがそっと、俺の首元に守りの魔法石を戻す。
取り囲んでいた人たちから、再びため息のような声が漏れた。
王子が声をかける。
「その封じは必要なのか?」
「リクの魅了は人によって強すぎる場合もございます。念のための守りです」
「そうだな、魅了は扱いが難しい」
ヴァンが答える前で、俺もほっと息をつく。
うん。かなりコントロールできるようになったとはいえ、意図した通りに力を発動させるには、まだ集中力がいる。いずれこの守りの魔法石を使わずに済む時が来たとしても、しばらくは練習が必要だ。
「そこまで使いこなし、かつ夢見るような心地を味わわせる者など見たことが無い。お前の言う通り、この世に二つとない稀有な力と見た。これなら陛下の前に出しても遜色は無いだろう」
「ありがとうございます」
「故に、俺が欲しいと言ったら?」
「残念ながら――」
ヴァンが口の端を上げる。
「ご覧のとおり、リクを完全に制御できるのはこの私より他にいません。気まぐれに触れれば怪我をします。殿下とはいえ……くれぐれも手を出さぬよう、お気を付けください」
ぴしゃりと、王子の望みを断った。
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