【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

100 存分に力を見せてやるといい

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 場の空気をごまかすように、優雅な曲が流れている。
 広いホールには百や二百で済まないほどの来賓らいひん者が集っていた。どの人たちもゆったりとした仕草や表情で、和やかな声を交わす。その会話を拾えばどれも他愛たあいのないものだろう。

 一番の興味の元は俺たち――いや、異世界から来た俺だ。
 誰もが俺の一挙一動を注視している。
 口元は意味の無い言葉を囁きながら、耳はこれから何が起こるのかと興味深げに様子を伺っている。そんな空気と視線を、思わず笑ってしまいそうになるほど感じながら、俺は目の前の人たちに顔を向けていた。

「久しいな、アーヴァイン」

 最初に口を開いたのは、一番貫禄かんろくのある、この宮殿の主人のような紳士だった。ヴァンが答える。

「父上もお元気そうで」

 そうか、やっぱり、この人がヴァンのお父さんなんだ。
 うん……目元が似ている。キリっとした眉とか、耳の形も。すごいなぁ。親子か。……とすれば、その隣に立っている年配の夫人がお母さんかな。
 こちらも貫禄がすごい。

 綺麗な卵型の顔。明るい緑の瞳と、美しく結い上げた、ゆるやかなウェーブのクリームイエローの髪。豪華な宝石の首飾りも当然のように胸元で輝いて、落ち着いた色合いのドレスなのにこの場の誰よりも輝いている。
 お兄さんたちの年齢を考えれば、歳は五十代半ばかそれ以上のはずだ。なのに肌の張りと艶は三十代といっても疑わないぐらい。
 一言で言って、すごい美人。
 すっと伸びた背筋と全体的な雰囲気、髪や瞳の色を見るにヴァンはお母さん似だ。体格は骨格のしっかりしたお父さんに似て、二人のいいところを集めた感じ。

 そしてその二人の隣に、ヴァンが十歳ぐらい歳をとったような、とてもカッコイイ人が立っていた。髪や瞳の色は少し濃いめだけれど、一瞬、あれっ? と思うほどに似ている。
 あの人がヴァンの二人いるお兄さんの、どちらかなのだろう。

 ヴァンのお父さんがニヤリと笑って――あぁ、この笑い方も似ている、とにかくそんな余裕の笑みで軽く自分の顎を撫でた。

「もう、この家には来ないものだと思っていたよ」
「僕もそのつもりでした」
「ほぅ……では、なぜ心変わりを?」

 ふっ、と俺の横に立つヴァンが口元で笑った。

「自慢をしようかと思いまして」

 ヴァンのお父さんが俺の方に視線を動かし、瞳を細める。
 それを俺は真っ直ぐ見つめ返していた。
 この宮殿の主人で、地位の高い侯爵で、溢れる魔力の威圧感から察しても、とにかくなのだと分かる。分かるけれど、不思議ととは感じなかった。

 だって、ヴァンのお父さんだよ。
 俺に父親がいないせいかもしれないけれど、不思議な存在、という感覚しかない。

 うん、だ。

 きっとヴァンみたいに優しくて、強くて、時々怖くて、でも悪戯するような可愛いところもあって、好きが空回りすることもあるような。
 なんだろう……。
 威厳も貫禄もあるのに、包み込むような柔らかさもある。
 ヴァンはお父さんと喧嘩別れしていたらしいけど、俺はお父さんのこと嫌いじゃないな、って感じている。

「なるほど……」
「えっ?」

 俺は何も言っていないのに、ヴァンのお父さんは口の端を上げた。
 隣の夫人――ヴァンのお母さんも瞳を細める。

「一筋縄ではいかないようですわね」
「え、えぇ……?」
「アーヴァイン」

 お父さんがヴァンに視線を向けた。

「その貴石、見い出す眼力があったことは褒めてやろう。見事な磨きようも。しかしながら路傍ろぼうの石ではないと着飾ったうえで本性を覆い隠すなど、殿下を前にしながらいささかか失礼ではないか?」

 うん、言っている意味がよく分からない。
 意訳するなら、見つけて育てたのは偉いけどまだ何か隠してるだろ? ということかな?

 失礼ではないかと言われた王子は深くイスに腰かけたまま、優雅に足を組んで面白そうに親子のやり取りを眺めている。その斜め後ろに立つ騎士も同じような顔つきだ。
 来賓者の騒めきが消えていく。
 音楽も。
 張り詰めた空気が漂い始める。
 ヴァンは余裕の表情で笑った。


「リクの、本性をご覧になりたいと?」

 
 あぁ……この声。絶対に楽しんでいる。
 獲物が罠にかかった……っていう感じの声だ。この後の流れも予想がつく。

稀有けうな才能を持つ子です。ご覧になられた方々が腰を抜かすのではと心配いたしましたので。皆様をお守りするために、配慮しておりましたものを」
「ほほぅ……」
「既にお一人。その上で、見せよ、と仰いますか?」

 うっわぁ……喧嘩売ってるよ。
 俺の魅了の力を見せて腰を抜かしても知らないよ、ってことだよね。また倒れる人がいても、フォローはそっちでしてね、という。

 ヴァンとお父さんって、性格が合わないのかな。それとも合いすぎるのかな。
 お父さんの目元が「来るなら来い」みたいな感じでわらっている。ヴァンの負けず嫌いって、お父さん譲りなのかも。おもしろい。

 悠然と足を組んでいた王子様が、一度膝を正してか身を乗り出した。

「うむ、見たいな」

 この国の第二王子の一言で、来賓者がざっと身体の向きを正し、軽く膝を落とした。

 赤に近いぐらいの褐色の髪色に、金が交ざった琥珀こはくの瞳。きめの細かい白い肌。でも不健康な青白さは無い。
 身なりはそれなりに豪華ではあるけれど、それを普段着のように着こなしているから派手な印象が無い。というか、ちゃんと鍛えている人の体格だ。たぶん剣の腕もそれなりにある。
 座っているから身長は分からないけれど、低くは無いと思う。
 歳はどのぐらいなのだろう。俺よりは上に見えても、そんなに離れていない感じがする。

 そんな印象の王子様は、珍しい物を目の前にぶら下げられて興味津々、という感じだ。クラスに一人か二人いそうな、イベント事が好きなヤンチャなお兄ちゃん。

 そんな王子様が、「見たい」と言った。
 こうなっては「見せるな」とも「見せられません」ともできない。 
 ヴァンがそっと俺の耳に口を寄せる。

「リク、殿下が御所望だ」
「うん」
「ならば存分に、力を見せてやるといい」


 そう言って、ヴァンは守りの魔法石がついた、俺の首のチョーカーを外した。





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