【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

99 豪華絢爛の宴

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 一歩、きらびやかな宮殿に足を進めた。

 正に、豪華絢爛ごうかけんらんの世界。美しい精霊をかたどった彫刻が並ぶゆるやかな下り階段の先には、とてつもなく広いホールになっていた。
 磨き抜かれた、大理石を思わせる床は緻密なモザイク模様で、紳士淑女の花園のようにいろどりを添える。
 黄昏たそがれの金の陽光を拾い集めたかのように輝く、壁と柱と天井。
 等間隔に吊り下げられたシャンデリアの数は、ぱっと見ただけでは幾つあるのか数えられない。

 ゆったりとした音楽と、さざ波のように広がる談笑の声。
 それらがホール全体を眩しく輝かせていた。

 入り口で金の刺繍を縫い込んだ礼服に身を包む、ひときわ身なりの整った使用人が、来訪者の名を高らかに告げた。

「アーヴァイン・ヘンリー・ホール様ならびに、リク・カワバタ様、ご来場でございます」

 さぁあっ……っと、人々の会話が途切れ、上段に居た俺たちを見上げた。
 目を見張る者。頬を染め、微笑みを浮かべる者。鼻で笑うようにして唇の端を上げる者。様々な年代の男女が、それぞれの思惑をもって俺たちに目を向ける。
 けれど、誰が何を考えているかなんて関係ない。

 ヴァンがそっと背中を押す。
 案内の従者に続き、俺は落ち着いた足取りで階段を下りていく。
 途切れることなく流れる音楽を思い出したように、来賓者の囁くような話し声が戻ってきた。

 街の人たちと開いたお披露目会のように、駆け寄って抱きしめ、お祝いを言う人はいない。貴族が集うここでは、いきなり話し掛けるのはマナー違反、ということなのかな。

「なるほど……黒曜石オブシディアンはこのこと」

 数歩離れた場所から、扇で口元を隠した婦人や寄り添う紳士の、ぎりぎり聞こえるか聞こえないかの声が耳に届く。

黒玉ジェット……いえ、あの瞳が輝きは、正に黒瑪瑙オキニスですわ」
「あのアーヴァイン様のお目に叶ったのだ、一筋縄の者ではなかろう」
黒金剛石ブラックダイヤモンドの異名をお持ちとのことよ」
「ご覧になって……黒き星ブラックスター透輝石ダイオプサイトよ。あぁぁ……うるわしいこと。目が離せませんわ」

 ……この宝石にたとえるの、久々に聞いたな。
 なんて思いながらも顔には出さない。
 歩く速さは変えず、左右に開く人の道の中を真っ直ぐに進む。その先に待っているのは、きっとこの宮殿の主――ヴァンのご両親だろう。

 と思ったその時、俺と同じくらいの年頃の子を連れた親子が、すっと前に進み出た。
 俺の歩みが止まる。
 父親と思われるあご髭の紳士は、俺に……というより、半歩後ろを歩いていたヴァンに向かい、大げさなくらい丁寧な動きで頭を下げた。

「ホール侯アーヴァイン様、お久しゅうございます。ここ数年、お忙しくされていらっしゃるのか、夜会でもお顔を見ることができず、寂しく思っておりました。ああ……覚えておいででしょうか。これこの通り、以前ご紹介させて頂きました愚息チャールズも十八となりまして――」
「エイムズ卿」

 声をかけたのは、にこやかな笑顔のジャスパーだ。
 俺は背中にあたるヴァンの手から、不愉快の冷気を感じて苦笑いする。

「あぁ……えぇっと、デイヴィス伯ジャスパー様」
「まずは御当主に挨拶いたしたく、歓談はまた後程」
「えぇ、そう、そうでしたな。私としたことがお会いできた嬉しさに思わず声をかけてしまいました。このように素晴らしい会にどうするだけで、もう、心も浮き立つというもので――」

 これは長くなりそうなパターンだ。

 俺はぼーっとした顔で見つめている、チャールズと紹介された息子に顔を向けた。
 こういう人が家族だといろいろ大変そうだな、なんて思うのに、息子の方はじっと俺を見つめたまま、心ここに在らず、といった感じだ。
 父親のこういった態度に慣れているのか、それとも夜会のような場にあまり慣れていないのだろうか。それは俺も同じだけれどね。

 俺は「お疲れ様」という気持ちで、口元を笑みの形にした。
 瞬間――。

「ああっ!」

 かくり、とチャールズ君の膝が砕けて、その場に座り込んでしまった。
 慌てたのは喰いぎみに話し掛けて来ていた父親の方。名前を呼んで肩をゆするも、顔を真っ赤にしたまま俺を見上げている。
 チャールズ君は口をぱくぱくさせて何か言おうとしているみたいだけれど、声にはならない。
 んん? これは……やっちゃったかな。

「行こう」

 ヴァンが背中を押す。
 俺はチャールズ君に視線だけを流し、エイムズ親子の横を通り過ぎた。
 ちらり、と振り返ると使用人たちが駆け寄っている。だったらきっと、大丈夫かな。

「リク、今のは力を使ったね」
「そんなに強くは無かったと思うけど。首に守りの魔法石もつけているから、俺の能力は抑えられているはずだし」
「なら、あの子の耐性が低かったのかな」

 くっくっ……と、ヴァンがおかしそうに笑いを堪える。
 魅了チャームの魔法を使った、という程でもないのに。きっと着ている礼服の魔法石が、俺の力をうまい具合に増幅させている部分もあるのだろう。
 うぅん、悪いことをしてしまっただろうか。
 でもあのままでいたら、いつまでも足止めされそうだったし。

「面白いことになりそうだな」

 一歩後ろを歩くジャスパーやゲイブも、笑いを堪えている。
 何となく、ヴァンがこのお披露目会で何をやらかそうとしているのか、見えてきた気がする。
 まぁ……俺は、後のフォローをしてもらえるのなら、いいよ。
 というか、この二年間、ヴァンにコントロールを叩きこまれた魅了の力がどこまで使えるのか、ちょっと試してみたい気持ちもある。

 数歩前を歩いて案内をしていた従者が立ち止まり、一歩横に下がった。
 その向こう、一団高くなったひな壇に設えた豪華なイスに座る人と、その横に立つ人たち。身なりと年齢から予想がつく。
 答え合わせのように従者が告げた。

「アールネスト公ルーファス殿下、並びにミレン侯ナジーム様でございます」
「そして僕の両親と兄たちだよ」

 うん、ラスボスが一気に勢ぞろいだ。





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