【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第3章 成人の儀

103 毒気を抜かれる

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「兄上」
「ヴァンは黙っていなさい」

 有無を言わせない。
 前に出て庇おうとするヴァンを軽く退しりぞけ、俺の方に向く。威圧感はさきほどのお父さんと変わらないぐらい強い。
 そうだよね。
 これだけの宮殿の主人であるホール侯爵の長男で、ヴァンのお兄さんだ。甥っ子のクリフォードの話から、家督かとくを継ぐあらゆる能力と権限を持っていると聞いた。
 そんな人が、「可愛いヴァン」なんて言う、っていうことは……。

 ヴァンは、お兄さんにめちゃくちゃ愛されている……ってこと。

 以前、お父さんと同様に、お兄さんとも確執かくしっがあるような話をしていた。それはもしかすると、お兄さんの好きが溢れて噛み合わなくなってたんじゃないかな……という気がするのだけれど、違うのかな。

「才能ある者を見つけたというが、なにも手ずから関わらなくともよいはずだ。ヴァンには侯爵家の一員として、しかるべき役目がある。使用人もいないような小さな家で不便な暮らしをしていい者ではない」
「兄上、その件については何度もお話したでしょう」
「ヴァンも冒険ごっこはもう満足しただろう」

 睨むように視線を流す。
 ヴァンが本気でムカついてる気配がして、俺は思わず声をあげた。

「あの! 俺、ヴァンを誘惑しましたすみません!」

 一瞬、その場が空気が固まった。
 お兄さんが、「何だこいつは」とい顔で俺を見る。
 ヴァンも驚いたような顔を向ける。
 俺は、ひるまない。

 元々これだけ豪華な暮らしをしていた貴族なのに、あの小さな家に留まり続けている理由は――本人が望んでいたとしても、俺のせいもあるのは確かで。だからヴァンのことを大切にしている人には、ちゃんと言わないと。

「やはりお前がたぶらかしたのか」
「そうです」
「魅了で」
「たぶん……そうです」
「何をした」
「一緒に居てって、泣いてお願いしました」

 お兄さんがすごい微妙な顔になった。
 元の世界に戻る最後のチャンスを振り切って、俺、ヴァンのそばにいたいって大泣きした。今思い出しても、恥ずかしくて死にそうになる。

「ヴァンを泣き落としたと?」
「えぇっ……っと、そうです」
「それに、ヴァンが応えたとでも?」
「……はい」

 だよね、という顔でヴァンを見ると、ヴァンも微妙な顔になっていた。
 えっ……ち、違うのかな。

「それから、ヴァンに何をした」

 威厳を保つように、声を低くしてお兄さんがきいてくる。
 それから……というのは、この世界で暮らすようになってからのことだろうか。

「部屋の掃除をしました」
「は……?」
「あ、いや、その前にこの世界での暮らし方を教えてもらって、俺、あまり食事とかきちんと取ってなかったから、ご飯食べさせてもらって……そのお礼というか。それからも店番もできるように魔法石のこと、少しずつ勉強して……」

 相変わらず石を使っての魔法は初心者レベルだけれど、石がどんな状態でどのぐらいの魔力を持っているのかは分かるようになってきた。ヴァンにも見込みがあると褒められたことがある。

「ちょっと待て、ヴァンが食事を与えたというのは……使用人に作らせた物ではなく」
「はい、スープとか」
「アーヴァインか料理を?」
「ヴァンの作るスープはとても美味しいです!」

 両手を握って力説する。
 野菜とか肉とかいっぱい入った、栄養のあるスープはジャスパーの奥方にレシピを聞いてマスターしてものだ。美味しいパン屋のパンや、ボリュームのある肉も好きだけど、俺のことを考えて作ってくれる温かいスープが、一番嬉しくてすごく幸せな気持ちになる。

「俺っ……この世界でも元の世界でも行き場が無かったのを、ヴァンが守ってくれました。何かと引き換えじゃなくて、無償で、俺のこと大切にしてくれて。俺は俺のままでいていいって、いつも言ってくれて……」

 俺はヴァンに何ができるだろう。
 ヴァンが俺にしてくれたことを考えたら、尽くしても尽くしても足りない気がしてならない。誘拐されたり暴走したり、たくさん心配かけたのに。
 ……なのにヴァンはいつも優しくしてくれる。
 俺を、欲しいとも言ってくれる。

 目の奥がじんと熱くなる。

「俺にできることなんか、たかが知れてる。けど……できることは何でもやろうと思いながら今日まで来ました。魅了も使いこなせるように、たくさん練習して。俺……ヴァンのことが――」

 かあぁあっ……と顔が、いや、耳まで熱くなる。
 でも、ヴァンのお兄さんにはちゃんと言った方がいい。 

「……えぇぇっ……と、す、好きだから……」

 ルーファス王子には簡単に言えたのに、なんか、ヴァンにそっくりなお兄さんには、恥ずかしくてうまく声が出ない。

「だからいっぱい誘惑して、その、たぶん誑かしたりもして。えぇっ……と、あと、その……他にもいろいろ、いろいろ……と……たくさん……」
「くくくっ!」

 笑いを堪えきれないといった感じで、クリフォードが俺の肩に手を乗せた。

「リク、誘惑はともかく、誑かすは意味が違うよ。リクは別に、アーヴァイン叔父様を騙したりあざむいたりはしていないだろ?」
「え、あぁ……そうか。うん」
「ね、父上。僕が言ってた通り、この子、面白いでしょう?」

 だめだ。冷静なふりでいたけれど、やっぱり俺、けっこうテンパっている。恥ずかしい。
 息子のクリフォードに言われたヴァンのお兄さんは、眉根を歪めた。歪めて、肩手のひらで頭を押さえた。

「ヴァン……」
「何?」
「これはどういうことだ」
「兄上は殿下とのやり取りを見ていなかったのですか? それに散々、説明したはずですよ。信じなかったのは兄上です」
「だが……本当に……」
「リクは可愛いでしょう?」

 ふふん、と生意気な顔で笑って見せる。
 俺の知らないところでヴァンはお兄さんと話をしていたのに、今日の今日まで俺たちとのカンケイ? を信じてもらえずにいたということ……かな。
 どうすれば俺がヴァンを好きで、ヴァンは俺に応えてくれたのだと分かってもらえるのだろう。それともやっぱり、身分も違う俺がヴァンのそばにいるのも許せないのだろうか……。

 と、その時、ヴァンの肩を抱くようにして身を乗り出した人が現れた。

「兄さん、いい加減、認めたらどうです?」
「ハロルド!?」
「初めまして。僕が二番目のお兄さん、ハロルド・ユーバンク・ホールだよ」

 俺に手を伸ばしたかと思うと、いきなりおでこにキスしてきた。






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