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第3章 成人の儀
104 三人兄弟
しおりを挟む突然のことで声が出ない俺から、ヴァンが強引に兄を引きはがす。
ひやりと、冷気をまとったように怒りの気配に、俺は顔を引きつらせた。
「ハル兄……何を、やってるんです?」
「怒るな怒るな」
「先程、容赦しないと言ったばかりなのですが」
「怒ったヴァンもまた、可愛いねぇ」
低い声で睨みを利かして言うも、へらっと笑う次兄ハロルドには、全く効いている様子が無い。
顔つきはヴァンに似ているけれど、やや女顔で体格も細い。とはいえヴァンに並ぶ高身長で、決して華奢という感じじゃない。その二番目のお兄さんは軽い口調で、共に顰めっ面をしている長男と三男の間に入った。
「軽い挨拶だって。可愛いんだからいいじゃないか」
「絞めますよ」
「ヴァンは本気でやるからなぁ。お詫びにお兄ちゃんの熱い抱擁を……」
「要りません」
ハロルドお兄さんってキス魔なの?
ヴァンはお兄さんの顔面を、思いっきり手のひらで押しのけた。その隣で、長兄エイドリアンは大きくため息をつく。
いつものことなのか、ハロルドお兄さんは俺の方に向いて言った。
「ごめんねぇ、このお兄ちゃん怖くてびっくりしたでしょ?」
「あ……いえ……」
びっくりはしたけれど、エイドリアンお兄さんはヴァンに似ているせいか怖いとは思わない。むしろ、困ったというか……悲しい気分になったというか。
「兄上もいい加減弟離れしなよ。息子のクリフォード君が呆れて見ているよ」
「僕は気にせずに、叔父様のことになったら父上が壊れるのはいつものことですから」
「だって。息子の方がよく分かっているよ」
さらりと答えるクリフォードに、エイドリアンお兄さんとヴァンは同じ顔で顰めた。
「ほら、ヴァンがここまで念入りに手をかけるということは、それでけ本気だってことでしょ? 可愛い弟が取られたからって、焼かない焼かない。ねぇ?」
軽い人だ。全然貴族っぽくない。というかキス魔といいボディタッチの多さといい、いい雰囲気になった時のヴァンそのままだ。
うん……三人兄弟で並んだ姿、すごくいいな。
皆カッコイイし、壮観というか。その中でもヴァンが一番カッコイイ!
くすっ、と笑うとヴァンがしかめっ面で俺の方を見た。
「リク、何がおかしい?」
「いや……兄弟っていいなって思って。ヴァン、お兄さんたちにすごい似てるから」
えへへ、っと笑いながら言うと、一歩離れた場所で眺めていたジャスパーとゲイブが大笑いした。俺……また、何か変なこと言ったかな?
笑いを堪えながらジャスパーが口を挟んだ。
「そうそう似てるんだよ。ホール家の三兄弟ってさ、昔から有名で」
「そうなんだ」
「長男と次男を足して二で割ったのが三男っていう。いや、もぅこの三人がこんなふうに顔を合わせることなんか、ないんじゃないかと思っていたよ」
それは……お父さんとの確執が関係していたのかな。
ゲイブが俺のそばに寄って、そっと囁いた。
「リクが引き合わせたのよ、ヴァンと家族を」
「え……?」
「国を護ることと魔法の研鑽以外、全ての興味を失っていた……というか、どうでもいいみたいな感じになっていたヴァンが、リクと出会って変ったの。リクにとって恥ずかしくない大人でありたいと、思い直したのでしょうね」
そんなこと、ヴァンは一度も話したこと無い。俺にだから、言えなかったことなのかな……。
数歩離れた場所からハロルドお兄さんが声をかける。
「ねぇ、ちょっとヴァンを借りていっていいかな? なにせここ数年、夜会にも顔を出さなかったものだから、ヴァンに会いたい人たちがたくさんいてさ」
「兄上、俺はリクのそばを離れる気は無いのだが」
「まぁまぁ、あまり連れ回しても疲れてしまうだろ?」
来賓者との挨拶を、お兄さんたちと終わらせて来るというのだろうか。
甥っ子のクリフォードが俺に代わって答える。
「リクの方に挨拶に来る者たちは、僕が相手しよう」
「あたしもいるわ。ザックとマークも控えているから大丈夫よ。ヴァン、気になるならさっさと済ませて帰ってらっしゃい」
ゲイブはちらりと、数歩離れた場所で待機していた護衛のザックとマークに、視線を送った。
俺のお披露目会とはいえ、ヴァンには貴族としての付き合いがあるということだろう。それを邪魔するつもりはない。むしろこの二年はほぼ俺に付きっ切りで、魔法のコントロールの訓練だ何だと手を掛けてくれていたのだから。
「ヴァン、行って来て。俺はここにいるから」
「リク」
思いっきり不本意だ、という顔をする。だけどここでごねていても時間の無駄だと思ったのか「さっさと終わらせて来る」と言って、ジャスパーを伴いながら、来賓者の波の中に入って行った。
思わず、ほっ……と息をつく。
クリフォードは俺の方を見て、片方の眉を器用に上げた。
「驚いた?」
「うん、驚きっぱなし」
衣装や馬車のこと一つとっても、驚きっぱなしだ。何よりヴァンがあんなに兄たちに慕われて、注目を浴びて、人々の輪の中心にいるのだという事実を再確認して、すこし戸惑っている。
とても……遠い世界の人のような。
やっぱり俺が隣に立ちのは不釣り合いなんじゃないか……とか。
約束した通り、ヴァンは直ぐに戻ってきてくれるだろうけれど……俺だけが独占していい人じゃない。立派な人だというのは誇らしい反面、少し……ほんの少しだけ、寂しくも感じた。
「これもアーヴァイン叔父様の一部だよ」
「分かっている。俺の知らないヴァンの顔や立場があることぐらい」
分かっているけれど、なんか……独占欲、強くて嫌だな……。
俺が何でも自分で出来るようになったら、ヴァンは俺から離れていくんじゃないか……っていう気がしてくる。
偉大な魔法使いとして本当は忙しいのに、俺のためにいろいろ我慢させているんじゃないのかな……とか。ヴァンにきいても、「そんなことない」と答えそうだけれど。
なんだろう、このグラつきは。
ざわつくような感覚は……。
何でも自分でできるようになりたかったはずなのに……。
次々と挨拶をしてくる来賓者に笑顔で応えながら、どこかで妙な緊張感が生まれていく。
今の関係に甘えていないで、いつまでもヴァンの気持ちを俺の方に向けさせていたい。ヴァンに頼られるような大人になりたい。
もっと……俺にできることはないだろうか……。
ふと声をかけられて顔を向けた。
そこには二年半前に会った、魔法院のストルアン・バリー・ダウセットがいた。
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