【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

文字の大きさ
107 / 202
第3章 成人の儀

104 三人兄弟

しおりを挟む
 


 突然のことで声が出ない俺から、ヴァンが強引に兄を引きはがす。
 ひやりと、冷気をまとったように怒りの気配に、俺は顔を引きつらせた。

「ハル兄……何を、やってるんです?」
「怒るな怒るな」
「先程、容赦ようしゃしないと言ったばかりなのですが」
「怒ったヴァンもまた、可愛いねぇ」

 低い声でにらみを利かして言うも、へらっと笑う次兄ハロルドには、全く効いている様子が無い。
 顔つきはヴァンに似ているけれど、やや女顔で体格も細い。とはいえヴァンに並ぶ高身長で、決して華奢きゃしゃという感じじゃない。その二番目のお兄さんは軽い口調で、共にしかめっ面をしている長男と三男の間に入った。

「軽い挨拶だって。可愛いんだからいいじゃないか」
「絞めますよ」
「ヴァンは本気でやるからなぁ。お詫びにお兄ちゃんの熱い抱擁ほうようを……」
「要りません」

 ハロルドお兄さんってキス魔なの?
 ヴァンはお兄さんの顔面を、思いっきり手のひらで押しのけた。その隣で、長兄エイドリアンは大きくため息をつく。
 いつものことなのか、ハロルドお兄さんは俺の方に向いて言った。

「ごめんねぇ、このお兄ちゃん怖くてびっくりしたでしょ?」
「あ……いえ……」

 びっくりはしたけれど、エイドリアンお兄さんはヴァンに似ているせいか怖いとは思わない。むしろ、困ったというか……悲しい気分になったというか。

「兄上もいい加減弟離れしなよ。息子のクリフォード君が呆れて見ているよ」
「僕は気にせずに、叔父様のことになったら父上が壊れるのはいつものことですから」
「だって。息子の方がよく分かっているよ」

 さらりと答えるクリフォードに、エイドリアンお兄さんとヴァンは同じ顔でしかめた。

「ほら、ヴァンがここまで念入りに手をかけるということは、それでけ本気だってことでしょ? 可愛い弟が取られたからって、焼かない焼かない。ねぇ?」

 軽い人だ。全然貴族っぽくない。というかキス魔といいボディタッチの多さといい、いい雰囲気になった時のヴァンそのままだ。
 うん……三人兄弟で並んだ姿、すごくいいな。
 皆カッコイイし、壮観というか。その中でもヴァンが一番カッコイイ!

 くすっ、と笑うとヴァンがしかめっ面で俺の方を見た。

「リク、何がおかしい?」
「いや……兄弟っていいなって思って。ヴァン、お兄さんたちにすごい似てるから」

 えへへ、っと笑いながら言うと、一歩離れた場所で眺めていたジャスパーとゲイブが大笑いした。俺……また、何か変なこと言ったかな?
 笑いを堪えながらジャスパーが口を挟んだ。

「そうそう似てるんだよ。ホール家の三兄弟ってさ、昔から有名で」
「そうなんだ」
「長男と次男を足して二で割ったのが三男っていう。いや、もぅこの三人がこんなふうに顔を合わせることなんか、ないんじゃないかと思っていたよ」

 それは……お父さんとの確執が関係していたのかな。
 ゲイブが俺のそばに寄って、そっと囁いた。

「リクが引き合わせたのよ、ヴァンと家族を」
「え……?」
「国を護ることと魔法の研鑽けんさん以外、全ての興味を失っていた……というか、どうでもいいみたいな感じになっていたヴァンが、リクと出会って変ったの。リクにとって恥ずかしくない大人でありたいと、思い直したのでしょうね」

 そんなこと、ヴァンは一度も話したこと無い。俺にだから、言えなかったことなのかな……。 
 数歩離れた場所からハロルドお兄さんが声をかける。

「ねぇ、ちょっとヴァンを借りていっていいかな? なにせここ数年、夜会にも顔を出さなかったものだから、ヴァンに会いたい人たちがたくさんいてさ」
「兄上、俺はリクのそばを離れる気は無いのだが」
「まぁまぁ、あまり連れ回しても疲れてしまうだろ?」

 来賓者との挨拶を、お兄さんたちと終わらせて来るというのだろうか。
 甥っ子のクリフォードが俺に代わって答える。

「リクの方に挨拶に来る者たちは、僕が相手しよう」
「あたしもいるわ。ザックとマークも控えているから大丈夫よ。ヴァン、気になるならさっさと済ませて帰ってらっしゃい」

 ゲイブはちらりと、数歩離れた場所で待機していた護衛のザックとマークに、視線を送った。
 俺のお披露目会とはいえ、ヴァンには貴族としての付き合いがあるということだろう。それを邪魔するつもりはない。むしろこの二年はほぼ俺に付きっ切りで、魔法のコントロールの訓練だ何だと手を掛けてくれていたのだから。

「ヴァン、行って来て。俺はここにいるから」
「リク」

 思いっきり不本意だ、という顔をする。だけどここでごねていても時間の無駄だと思ったのか「さっさと終わらせて来る」と言って、ジャスパーを伴いながら、来賓者の波の中に入って行った。
 思わず、ほっ……と息をつく。
 クリフォードは俺の方を見て、片方の眉を器用に上げた。

「驚いた?」
「うん、驚きっぱなし」

 衣装や馬車のこと一つとっても、驚きっぱなしだ。何よりヴァンがあんなに兄たちに慕われて、注目を浴びて、人々の輪の中心にいるのだという事実を再確認して、すこし戸惑っている。
 とても……遠い世界の人のような。
 やっぱり俺が隣に立ちのは不釣り合いなんじゃないか……とか。
 約束した通り、ヴァンは直ぐに戻ってきてくれるだろうけれど……俺だけが独占していい人じゃない。立派な人だというのは誇らしい反面、少し……ほんの少しだけ、寂しくも感じた。

「これもアーヴァイン叔父様の一部だよ」
「分かっている。俺の知らないヴァンの顔や立場があることぐらい」

 分かっているけれど、なんか……独占欲、強くて嫌だな……。

 俺が何でも自分で出来るようになったら、ヴァンは俺から離れていくんじゃないか……っていう気がしてくる。
 偉大な魔法使いとして本当は忙しいのに、俺のためにいろいろ我慢させているんじゃないのかな……とか。ヴァンにきいても、「そんなことない」と答えそうだけれど。

 なんだろう、このグラつきは。

 ざわつくような感覚は……。

 何でも自分でできるようになりたかったはずなのに……。

 次々と挨拶をしてくる来賓者に笑顔で応えながら、どこかで妙な緊張感が生まれていく。
 今の関係に甘えていないで、いつまでもヴァンの気持ちを俺の方に向けさせていたい。ヴァンに頼られるような大人になりたい。
 もっと……俺にできることはないだろうか……。

 ふと声をかけられて顔を向けた。
 そこには二年半前に会った、魔法院のストルアン・バリー・ダウセットがいた。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

処理中です...