109 / 202
第3章 成人の儀
106 護衛として
しおりを挟むストルアン・バリー・ダウセットを見送った俺は、小さくため息をついた。
豪華な調度品に囲まれて、煌びやかな衣装や贅沢な料理を出されても、簡単に気を許してはいけない場所だ……ということを、改めて再認識させられた。
ヴァンがこれでもかと守りを施していたのも、決して大げさじゃなかったということ。
「毒だなんて……万が一、死んじゃったりしたらどうするんだよ」
「まぁ、時にはそういうこともあるけれど、そこまで本気なら徹底的に返り討ちされる覚悟もしているだろうし。こういった場では悪戯に留めるのがマナーかな」
「そんなのが……マナーとか……」
甥っ子のクリフォードは全然気にしている様子が無い。
食事に薬や毒を盛られても、それを「ちょっとの悪戯」程度に捉える感覚が俺には分からない。やっぱり俺は、庶民の暮らしの方が好きかも。
そう思う心を見透かすように、クリフォードは冷ややかな視線を向けて来た。
「ある程度の地位にある者なら、多少の手出しは自衛して然るべきだからね。むしろそれで相手の力量を探ったりもする。罠にはまる方がマヌケだといわれかねない。アーヴァイン叔父様が暮らしてきたのは、そういう世界だよ」
「うん……」
ヴァンと一緒に居たいのなら、欺き合う貴族の世界のことも知っていかなければならない。
……そう思っても、いろいろなことが一度に起りすぎて、頭の中がいっぱいいっぱになり始めている。
「成人したとはいえリクは少し特別だからね。今しばらくは叔父様に守ってもらうより仕方がない。その点でも、リクの護衛君はまずまずの評価かな」
そばで控える護衛のザックとマークに視線を向けた。
ザックがグラスを取り上げなかったら、今頃俺はどうなっていたのだろう。数歩離れた場所で手を出さずに見守っているゲイブは、「よしよし」という感じで頷き返している。
「二人は本当に頼りになるよ。いろんな人と挨拶したけれど、俺には誰がどのぐらい気をつけなくちゃいけない相手なのか分からないし……それどころか、たくさんいすぎて、もぅ誰が誰だったか覚えきれていない……」
ヴァンが俺のそばを離れて来賓者と挨拶をしている間、俺の方にもいろんな人たちが挨拶に来た。皆、軽く会話を交わす程度で次々と入れ替わり立ち代わりしていくから、ほとんど名前を覚えていない。
「後で、お披露目会で挨拶した者です……なんて言われても、分からないかも」
「それなら大丈夫ですよ」
肩を落とす俺に、マークが笑いながら言った。
「リク様に近づいてきた人たち全員の顔と名前、覚えていますから」
「えっ……?」
自慢げな顔のマークに、俺は目を瞬かせる。
「って、十人とか二十人って数じゃなかったけれど」
「そういうの、俺、得意なんですよね。さすがに使用人の顔と名前はまだ半分くらいしか覚えてないですけど、来賓者は一通り」
「へぇ……確か二人は兄弟だっけ?」
クリフォードがザックとマークに興味を持ったような顔を向ける。
「はい。ギャレット様のギルドで修錬を積んできました。兄のザックは周囲の動きを読んだり、危機を察知するのが上手くて、俺はそれがどんな奴だったのか覚えているのが得意なんです。剣の技能ばかりじゃないですよ」
「すごい……二人とも、いつの間に……」
ゲイブの所で日々、いろいろと鍛錬を積んでいたのは知っていたけれど、そんな特技まで伸ばしていたなんて。
「リク様がアーヴァイン様の元で学んでいる間、俺たちも護衛としての技能を伸ばそうと頑張ってたんですよ。いざって時に役に立たなかったら、リク様をずっと守らせてもらえなくなりますから、なぁ? 兄貴?」
「あ……まぁ……」
視線を逸らしたザックの頬が赤くなる。
能力も高くてこんなに信頼できる人たちが更に努力していたなんて。もし二人を外すなんてヴァンが言ったら、俺は絶対嫌だって言う。
「大切な友人でもあるんだ。護衛っていうだけじゃなくて、ずっといて欲しい」
「もちろんですよ、リク様!」
マークがニッと明るく笑う。
「ザックも!」
「……リク様がお望みであれば、俺は、生涯お守りいたします」
「あはは、そんな固く考えないで――」
「来賓者との歓談は落ち着いたかな?」
やっと緊張がほぐれて来た気持ちで笑い返した時声がした。一瞬、ヴァンかと思って振り向いたそこにいたのは、クリフォードのお父さんでもある、一番上のエイドリアンお兄さんだ。
何だろう、改めて間近で見るとヴァンに似すぎてドキドキする。
「父上の方は、もうよろしいのですか?」
「ハルに任せてきた」
あの明るい二番目のハロルドお兄さんと、ヴァンは一緒にいるのか。
「そうでしたか。こちらはあまりに次々と来て煩かったので、てきとうなところで追い返していました」
「そう。リク君は、疲れていないかね」
「え……あ、はい。大丈夫です……」
十歳以上歳が違うから、見ればヴァンと間違ったりはしないのに、顔つきとか、ふとした瞬間が似すぎていて変に緊張してしまう。というか、将来ヴァンはこんな感じの素敵なイケおじになるのかと思うと、たまらない。
ヤバイ。どうしよう。
……顔がまた熱くなってきた。
「そろそろ、休んだ方がよさそうだね」
エイドリアンお兄さんが、そっと俺の背……というか腰の辺りに手を添えた。こういう気遣うような仕草もヴァンに似ていて気恥ずかしくなる。
「ヴァンの方の挨拶が終わらなくてね、もう少しかかりそうなんだ。ここずっと疎遠でいたから、貴族たちばかりでなく、昔の学友にも掴まっていてね」
「王都の学院の人たちですか?」
クリフォードが父親にたずねる。
「そう……彼はひときわ優秀だったから、先輩や後輩たちにも慕われている。今日のことはあちこちに噂が広がっていたようで、リク君への興味もそうだが、ヴァンに会って話を聞きたいとね……ヴァンの所に行きたいかい?」
エイドリアンお兄さんの視線の先を見ると、さっきから全然減らない人だかりが、入れ代わり立ち代わりで囲っている。
俺がそばに行けばヴァンは嫌な顔ひとつしないで、皆に紹介してくれるだろう。けれどそれだと周りの人たちが俺を気にして、気軽な話ができなくなる――と、思う。
少し寂しくはあっても、ヴァンにはヴァンの付き合いを大切にしてほしい。
「いえ、俺はここで」
「そう……」
また一組、二組と、タイミングを見払っていた来賓者が俺に声をかけて来た。
さっきはつい「大丈夫」と答えたけれど、うん、やっぱり少し疲れて来たかもしれない。まだしばらく、ヴァンは俺の所に戻って来れないと分かって、気を張り続けているのがしんどくなってきたというか。
そんな俺にエイドリアンお兄さんは気づいていたらしい。宮殿の主人でもあるヴァンのご両親に挨拶をしてから、一足先に今夜泊まる部屋へと案内された。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる